80 永遠の愛コンテスト ⑧
「わかったわ、リチャード! 私に良い考えがあるの!」
「……はい?」
リチャードが眉間に皺を寄せている。
何、その物凄く嫌そうな顔は!
「……却下です」
「えっ? まだ何も言ってないのに!」
「どうせろくでもないことを考えてるんでしょう」
「ひどい!」
そんな風にわちゃわちゃしてたら、ついに私達の番が来てしまった。
「それでは最後に、エントリーナンバー3番、 エリザベスさんとリチャードさん、一言お願いします!」
司会の男性が拡声器みたいな物を使って、舞台の上から大声で叫んだ。
今世では、電気が無い。
なので、マイクが無い。
大勢の人々の前で叫ぶときは、こうやって拡声器みたいな物を使うことが多いようだ。
リチャードが、私に向かって手を差し伸べてくる。
私はその手を取り、二人で舞台の中央に向かって歩き出した。
「ううう、どうしよう、リチャード」
「ああ、もう、こうなったら仕方が無い……お嬢様、失礼します」
リチャードはそう言うと、急に私の身体をぐいっと自分の方に引き寄せた。
そして、耳元に唇を寄せ、内緒話をするように囁いた。
「お願いです。嘘でもいいから、俺のことを好きだと言って下さい」
吐息が耳にかかり、リチャードの切羽詰まったような声が鼓膜を通して全身に染み渡る。
(うわあああああ! ちょっとリチャード!! なんて、なんていうイケボなの!!)
思わず耳を押さえながらリチャードの方を見ると。
リチャードは至極真面目な顔でこっちを見ていた。
艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳、整った顔立ち。
思わず、息を飲む。
そうだった、ついうっかり忘れてたけど、リチャードは私が好きだった小説の男性主人公。
グッズを買い漁った日々が頭の中に一気に蘇る。
鏡なんか見なくてもわかる。
私は今、絶対に、顔が真っ赤になっているはず。
だって。
こんな破壊力抜群の顔をした前世の推しキャラが、だ。
耳元で、好きだといってくれ、と。
震えるほどのイケボで吐息交じりに囁いてきたのだ!
これで動揺しないなんて、ありえない!
「さあ、それではエリザベスさん、一言どうぞ!」
「…………えっと、私は、リチャードのことが…………だ、大好きです!」
まずい。
興奮のあまり、声が妙に上ずってしまった。
しかも、リチャードのイケボのせいで顔は真っ赤なまま。
こんなに大勢の人の前で取り乱した姿を見せた恥ずかしさもあり、私は思わず両手で顔を隠した。
そして、指の間からチラッとリチャードの顔を覗き見た。
(くっ……もっと大声で堂々と言えれば良かったのに……リチャード、ごめんね)
力及ばず。
心の中でそう後悔していたのだが。
(…………あれ?)
リチャードの様子がおかしい。
目を見張ったまま片手を口に当てて、ふるふると震えている。
そして。
おかしいのはリチャードだけではなかった。
司会の男性も、胸を押さえてうずくまっている。
よく見ると顔が真っ赤だ。
さらに驚いたことに、様子がおかしいのはその二人だけではなかった。
「エリザベス様……! 恥じらう姿がなんて可愛らしい……!」
「頬を染めて震える声で『大好き』だと叫ぶ様子がたまらない……!」
「あああ、マジ天使!!」
「くそっ! リチャードのバカヤロー!!」
「羨ましい! リチャードなんて滅んでしまえ!」
「ちょっと、二人とも落ち着けって!」
聞き覚えのある声が混じっているなと思い、声がした方をよく見ると、ギルバート殿下とカイルが、ラウル・ファルネーゼに必死になだめられていた。
なんであの3人がいるの!?
ブルック先生といい、ギルバート殿下達と言い、そんなに暇なの!?
「……え、ええと、では、お次はリチャードさん、お願いします!」
なんとか立ち上がった司会にそう促されたリチャードは、大きく深呼吸し息を整えた。
「俺は……お嬢様のことを」
「ちょっと待ったあああ!」
突然、ギルバート殿下が大声で叫んだ。
「調子に乗るのもいい加減にしろ!」
「そうだそうだ!」
カイルまでが火に油を注ぐように叫びだした。
「ちょっ……二人ともやめないか!」
ラウルが必死に二人の暴挙を抑えているようだが、2対1では止めきれないらしい。
「うるさい! 外野は黙ってろ!」
「なんだと、生意気な!」
舞台の上から正気に戻ったリチャードが応戦し始めた。
なんかもう、収集がつかない状態になりつつある。
どうしよう。どうしたらいいの!
と思ったその時。
「せっかくの『永遠の愛コンテスト』に水を差すような振る舞いはお控えくださいませ」
「「「その通りですわ!」」」
いつの間にかギルバート殿下に近づいていたマーガレット様とチューリップトリオが、ギルバート殿下達、アルドラ三人組に向かってビシッと指を指しながら言い放つ。
「なんだと! 生意気な!」
ギルバート殿下が悔しそうにマーガレット様達を睨みつける。
すると、マーガレット様が、手にはめたパペットを動かしながら、裏声で喋りだした。
「『ねえねえ、狼さん、なんか馬鹿なこと言ってる人がいるわよ』『本当だね、うさぎさん、せっかくのコンテストが台無しだ』『とっとと帰って欲しいわね』」
それを見たチューリップトリオも、両手にはめたパペットを左右に動かしながら歌うように言った。
「「「バイバイ〜さようなら〜♪」」」
「くっ……!」
馬鹿にされたギルバート殿下は、怒りで顔を真っ赤にしながら、マーガレット様のパペットに手を伸ばした。
その時。
アメリア様が、すっとマーガレット様の前に出た。
「……!」
アメリア様の素速い動きに驚いたのか、ギルバート殿下は思わず数歩、後退った。
アメリア様とギルバート殿下が睨み合っている横で、カイルがシャーロット様と何やら揉めている。
「他国の王族と言えど、フォートランの貴族令嬢に手を挙げた場合、国際法に則ってどんな処分が下されるかご存知ないのかしら?」
「おや、令嬢は目がお悪いのですか? ギルバート殿下は彼女には指一本も触れておりませんよ? 言いがかりは止めて頂きたいですね」
おおう。二人の後ろに、虎と龍が見える……!
「お願いです、どうかあの二人を連れてここからお帰りくださいませ」
「ええと、私も努力はしてるのですが……」
さらにその後ろで、下がり眉をより一層下げつつ、ビアンカ様がラウルに詰め寄っている。
ラウルは手のひらをビアンカ様の方に向けて、まあまあと宥めるような動きをしていた。
観客席がそんな風に揉めているため、コンテストは一時中断状態になった。
そして。
舞台の上から飛び降りたリチャードが、ギルバート殿下の前に立ち、吐き捨てるように言った。
「お嬢様は、俺のことを好きだと言っている」
「はっ、そんなの、『永遠の愛コンテスト』だから言っているだけだろう?」
「……だとしても、お前には関係の無いことだ」
「関係無いだと? 俺はエリザベス嬢に婚約を申し込んでいるんだ。関係無いはずがない」
「しつこいな! お嬢様はお前の申し出を受け入れていないだろうが!」
「だが、はっきりと断られたわけではない!」
そう言いながら、ギルバート殿下は、私の方を見上げた。
「ああ、エリザベス嬢。どうか、俺の思いを受け入れてはくれないだろうか」
(えっ? こんなところで、そんなこと言っちゃうの!?)
よりによって、こんな大勢の前で。
はっきりと断りたいけど、ウォルター様の指示通りにすることを王太子殿下と約束してしまった以上、それはできない。
(あああ、どうしようどうしたらいい!?)
「……ったく。ごちゃごちゃうるさいわね……」
追い詰められて、どうしたら良いかわからなくなって涙目の私の背後から、恐ろしく低い声でキャサリンが呟いた。
「あんたなんてお姉様に相手にされて無いんだから、さっぱりと諦めなさいよ!」
「なんだと! この、カラス女め!」
(あ! これはヤバい!)
ギルバート殿下に『カラス女』と言われたキャサリンは。
おもむろに舞台の上から飛び降り、ギルバート殿下に向かって飛び蹴りを食らわせた。
「何度も言わせるんじゃないわよ! 私はあんたの叔母になる女よ! 無礼な態度は許さないわ!」
「ははっ、キャサリンはお転婆だな。……足を痛めてはいないかい?」
舞台から降りてきたエリオットがキャサリンの足元に跪き、心配そうに言った。
「ふん、またつまらないものを蹴ってしまったわ」
蹴られた勢いで尻もちをついたまま呆然としているギルバート殿下に向かって、キャサリンが吐き捨てるように言った。
すると、観客席からわっと歓声が上がった。
「キャサリン様……! なんと凛々しい!」
「さすがは夜の女王!」
「見事な蹴りだ……!」
キャサリンの会の会員だろうか。
うっとりと頬を染めつつキャサリンを見つめる姿が不気味すぎる。
――結局。
その後も騒動はなかなか収まらず。
『永遠の愛コンテスト』は、通常通りの流れで進めることが困難と判断された挙句。
私とリチャード、キャサリンとエリオットのペアは失格となり。
ケイトと、レオこと王太子殿下のペアが、見事優勝となった。




