71 悪役令嬢にはなりたくない
「どうしてはっきりと断らなかったんですか……」
あの後。ギルバート殿下とカイルは笑顔で去って行った。
残された私は今、リチャードに詰め寄られている。
「だって、ウォルター様が、アルドラの人に好意を示されたらはっきり断っちゃダメって言ってたから……」
他の人に聞こえないように、お互いに声を潜めてひそひそと話す。
「だとしても、です。そもそも、ウォルター殿の頼みなど、聞く必要があるんですか?」
「だって、レオン殿下にもそうするように頼まれたし」
「そのために、お嬢様自身が困ったことになるなら、気にせずはっきり断るべきです」
リチャードは怒っているような表情だったが、よく見ると、どこか傷ついたような顔にも見えた。
「お嬢様。お願いですから、自分のことを一番に考えて下さい」
ああ、そうだ。
リチャードは、いつだって本当に私のことを心配してくれている。
そのことを、私は理解しているつもりだった。
だが、本当の意味では分かっていなかったのかもしれない。
私の行動ひとつで、リチャードはこんなにも心を揺らしている。
「リチャード、ごめんね」
「……これからは、気をつけてくださいね」
リチャードは優しい。
リチャードが怒るのは、私の身を案じているからだ。
彼がこんなにも案じてくれているのに、私はいつだって考えなしで
こんなの、まるで――
(あの小説『星空の下の恋人たち』の我儘な伯爵令嬢、エリザベス・フォークナーみたいじゃない!)
※※※
「急に相談があるなんて言ってくるから、びっくりしちゃったわ」
キャサリンがやれやれと言った様子で大げさにため息をつく。
昼休み、校舎裏の人気のない場所で。
私は今、キャサリンと二人でベンチに座っている。
いつも昼休みはリチャードや守り隊の皆と過ごすのだが、今日はどうしてもキャサリンと二人きりで話したかったのだ。
付いてこようとするリチャードは、なんとか言いくるめて置いて来たのだが。
ここから見える校舎の二階の窓から、こっそりとこちらを見張っている。
「ふふっ、リチャード様、すっごく思いつめた顔でこっち見てるわね」
そう言いながらキャサリンがリチャードに向かって手を振る。
自分が見張っていることがバレていると気付いたリチャードは、やけになったのか、こっそりとではなく、堂々とした態度でオペラグラスのようなものまで取り出した。
「うわ、何あれ、いつも持ち歩いてるのかな」
キャサリンが指差しながら大笑いし出した。
お願いだから止めてあげて。
「で、何? 何かあったの?」
「実はね……」
私はここ最近の出来事を全て話した。
キャサリンは守り隊の一員でないが、事情は理解しているし、何かあった時は手を貸して貰う約束をしている。
王太子殿下のことはちょっと迷って、うちに話をしに来たとだけ伝えた。
それ以外は、私の情けない失敗も含め、全て洗いざらい喋った。
「ふーん。事情は大体わかったわ」
キャサリンは、意外と真面目に話を聞いてくれた。
「で、お姉さまが恐れているのは、小説の強制力が働いてるんじゃないかってことね?」
そうなのだ。私は気づいてしまった。
あまりにも、とんでもないことが起こりすぎる、ということに。
私の意思に反して色んな事が起こり、そのたびにリチャードに心配かけてダメージを与えている。
これは最早、物語の強制力とやらが働いているのでは?
このままでは、私はリチャードにストレスをかけまくる我儘な伯爵令嬢、つまり小説『星空の下の恋人たち』の悪役令嬢に近づいているのではないだろうか。
だとしたら、悪役令嬢エリザベス・フォークナーの行き着く先は――
「やだやだどうしよう、キャサリン!」
「ちょっと、落ち着いてお姉さま! ほら、リチャード様が慌ててるじゃないの!」
見上げると、リチャードが窓枠に手と足を掛け、今にも飛び降りそうになっていた。
慌てて立ち上がり、何でもないのだと作り笑顔で手を振る。
リチャードは渋々と言った様子で飛び降りるのを止めた。
「はぁ……危ないところだった」
「アハハ、リチャード様なら二階から飛び降りても全然平気なんじゃない?」
キャサリンは面白そうに笑い転げている。
キャサリンは私と同じで、前世が日本人だった。
私は社会人だったが、キャサリンは女子高生だったそうだ。
私とキャサリンが出てくる小説――つまらなすぎて二人ともタイトルを覚えていない――だけでなく。
マリーがヒロインの小説『囚われの天使』も読んだことがあるらしい。
だが、『星空の下の恋人たち』も読んだことがあるか聞いたところ、それは読んでなかったそうだ。
なので、大体のあらすじを話してみた。
「あー、そんな感じの話なんだ。だったら大丈夫よ。そもそも、お姉さまは第二王子の婚約者じゃないでしょう? 設定からして全然違うんだもの。お姉さまが悪役令嬢になんてなりようがないわよ」
「キャサリン!! ありがとう!!」
喜びのあまり、キャサリンに抱き着いてしまう。
不安だったから、こうして第三者に否定してもらえたことが本当に嬉しい。
「でも、お姉さまがリチャード様に心配かけてるのは事実だと思うわ」
「え……」
「だって。見てごらんなさいよ、あの様子を」
キャサリンが二階の窓のリチャードを見る。
「ねえ、お姉さま。私達の父親を思い出してみてよ」
私達の父親。ヘンリー・バートン子爵。
女性であれば「傾国」と称えられるであろう美貌は、かつて隣国の王女をも虜にし、ついには隣国に攫われそうになるという大事件を引き起こした。
その他にも、夜会で出会った男爵令嬢に幻覚剤を盛られ、休憩室に連れ込まれた結果、子供ができてしまい――後にその男爵令嬢と子供を引き取ることとなる。
なんというか、波瀾万丈の人生だよね。
色々とありすぎて、ちょっと気の毒な人だ。
「お姉さまって、お父様となんとなく似てるのよね。あ、顔もそっくりだけど見た目じゃなくて、何て言うか性格とかそういうのが」
「ええっ!?」
その発想は無かった。全く、考えたことも無かった。
「お父様も、お姉さまも、ヤバい人から好かれやすいのよね。あ、自分の母親捕まえてヤバいっていう私もヤバいか! アハハ!」
言われてみれば、そうかもしれない。
勝手に好意を寄せてきて、強引に距離を詰めてくる輩が多すぎる!!
「でね、お父様もお姉さまも、一応は断ってるのに、相手が全く諦めないところがそっくりなのよね。お姉さまのお母様、マーガレット夫人なんて、白馬に乗ってお父様を奪い返しに行ったんでしょう?」
「え? 何その話」
「やだ、お姉さま知らないの? 有名な話みたいなのに。いいわ、教えてあげる」
キャサリンが語った『隣国の王女に攫われた傾国の美男が、白馬に乗った令嬢に救出された話』は、一言で言うととんでもない話だった。
「ううう、お母様ったら……」
「いいじゃないの。私は凄くかっこいい女性だなって思ったわよ。どうしても譲れないものがあるなら、何を捨てても奪い返しに行かないとね。そんな風に大事な人のために覚悟できる女性、素晴らしいと思う」
キャサリンは、いつもの茶化すような笑顔を引っ込めて、真面目な表情で言った。
「お姉さま。本当にリチャード様のことを大事に思うなら、態度で示さないと! もうこれ以上、リチャード様を困らせちゃダメよ! 周りの男達に付け入る隙を与えるのもダメ!」
「そうね、キャサリンの言う通りだわ!」
「だからね……お姉さま、ちょっと耳を貸して」
「え? 何?………………ふんふん…………え…………ええええええええ!?」
キャサリンの話があまりにもとんでもないことだったので、私は思わず大声で叫んだ。
リチャードが二階の窓から飛び降りて、こちらに向かって全速力で走ってくるのが見えた。




