7 従者を選ぼう 前編
短編『作戦名は「油断大敵!」 ドアマットヒロインの次は悪役令嬢ですか? 勘弁してください』
と同じ内容が含まれています。
その日の夜。
私は、祖父母に今日の出来事を報告した。
異父姉妹のキャサリンが訪ねてきたこと。
少し前から手紙のやり取りはしていたこと。
キャサリンが、フォークナー伯爵家にとっても隣の領地となるボールド伯爵の次男マシューと婚約のための顔合わせをしたが、険悪なムードになってしまったこと。
マシューはどうしてもエリザベスと婚約すると言い張っていること。
キャサリンはマシューを嫌っているが、後妻のドロシーは娘とマシューの婚約を進めようとしていて、邪魔なエリザベスに対して危害を加えてくるかもしれないということ。
全て包み隠さず報告した。
だって、どうせ家令のマーカスは祖父母にきっちり報告するだろうし。
変に隠していて話がこじれても困る。
「よく話してくれたね、エリザベス。しかし、困ったな。ボールド伯爵家からはまだ何の話も来ていないが、近いうちに婚約の打診があるかもしれないね。そうなると、バートン子爵家夫人から恨まれることになるのか」
「あなた、エリザベスはもう、バートン子爵家とは関わらせたくありません」
おばあさまがおじいさまに向かって縋るような口調で言った。
私のことを心から心配してくれているのがわかる。
すると、おじいさまは、困ったような顔で言った。
「ああ、私もそう思っている。だが、ボールド伯爵家はうちにとっても隣の領。できれば良好な関係を保っていきたいのだが……さて、どうしたものだろう」
そもそも、私は将来、婿を取りフォークナー伯爵家を継ぐことになっている。
フォークナー伯爵領は豊かな領地だ。しかも私は、自分で言うのもなんだが、かなりの美少女。
年頃になれば、婿入り希望者が殺到すること間違いなし。
今回のことだけでなく、この先を考えると、どんな面倒なことが起きてもおかしくない。
なので、おじいさまは、私に「従者」を付けることにした。
「従者」は、学院への送迎や、デビュタント後の夜会でのパートナーを務めたりと、「婚約者」の義務とされることを仕事としてこなす。
その他にも、仕えている令嬢のために様々な便宜を図る、専属執事のような立場の者だ。
多くが貴族の次男以下の子息で、仕えている令嬢と結婚しない場合は、他家の令嬢と縁付くか、執事になりその家に雇われることになる。
そもそもが「婿候補」でもある貴族の子息なのだから、令嬢とは主従関係だが、それほど強い上下関係ではない。
せいぜい、従者が令嬢に対して敬語を使うくらいだ。
貴族の子女は政略結婚をしなければならないことが多い。
一度婚約してしまうと、よほどのことが無い限り相手を変えることが許されない。
なので、婚約しなければならない相手が現れる可能性を考慮して、「従者」という立場の者を用意しておく。
「婚約者」は結婚を約束された者であり、「従者」はただの婿候補に過ぎない。
「ボールド伯爵家と同格以上の家の子息を先に従者に据えておけば、それを理由に婚約を断っても角は立つまい。今のところ、この案より良い方法はないと思うが、どうだろうか?」
「あらあなた、それはとても良い考えですわ!」
正直何だかよくわからないが、おじいさま達が良いと言うなら、私はそれでかまわない。
このままマシューとの婚約話が出たとしても、今のままでは断る理由がないのだから。
「私はそれでかまいません」
「そうかそうか、では、すぐにでも候補を選ぶことにしよう」
話を聞いていたマーカスとマリーも、うんうんと頷いている。
良かった、どうにか揉め事は回避できそうだ。
――その後、おじいさまはたくさんの「履歴書」を用意し、私にその中から一人選ぶようにと言った。
「エリザベスが気に入った者を従者としよう。この者たちは全て、家柄も容姿も頭の出来も申し分のない子息たちだ。安心して選ぶといい」
そう言われて履歴書を見てみると、まんまお見合いの釣書だった。
この世界には写真が存在しないらしく、どの履歴書にも気合の入った絵が添えられていた。
(どれどれ……これは……七五三!?)
積み重なった履歴書を上から順に見ていくことにしたのだが。
どれもこれも、子供の肖像画ばかりだった。
考えてみれば当たり前だ。今の私は12歳。その私と年の近い子息と言えば、それはもう当然お子様に決まってる。
(前世の私はアラサーだったから、下手すりゃ息子と言ってもいいくらいの年齢じゃない!?)
この中から将来の配偶者候補を選べと言われても無理だ。
(文章の方は見てもどう判断していいかわからないから、とりあえず一番顔が綺麗な子でも選んどけばいいかな?)
仕方がないので、『こんな息子が欲しい』というテーマで選ぶことにする。
結構な数の肖像画があったのだが、その中でも一際目を引くというか、他を圧倒するレベルのとんでもない美少年がいた。
襟足で整えられた艶やかな黒髪。
少し長めの前髪から覗く黒曜石のような黒い瞳。
まだ成長途中で華奢だが、すらっとしていて均整のとれた身体つき。
(いやもう、この子しかいないでしょう。この子で決まり!)
そんな理想の息子コンテスト優勝者は、リチャード・ベルクくん。ベルク伯爵の三男だそうだ。
「では、この者に決まりだな。近いうちに顔合わせをするから、楽しみにしておいで」
おじいさまはうんうんと満足そうに頷きながらそう言った。
※※※
そして、ついに私付きの従者候補、リチャード・ベルクくんとの「顔合わせ」という名の事実上面接の日が来た。
その日は何故かマリー達メイドが張り切ってしまい、朝からお風呂に入らされ身体の隅々まで丹念に磨き上げられた。
「えっと、今日ってただの顔合わせよね? なのにここまでするものなの?」
「まあ、お嬢様。従者候補の方と初めてお会いになる日なのですよ? できるだけ美しく装った姿を見ていただきたいではありませんか! 私どもが最高に可愛らしく仕上げて見せますので、どうかお任せくださいね!」
どうやら顔合わせというイベントにかこつけて、マリー達メイドが私を着飾らせて楽しみたいらしい。
あーでもないこーでもないとドレスやら髪飾りやらを選ぶマリー達は、脳内に危ないホルモンが出まくってるようだ。
「お嬢様、なんて可愛らしい……!」
「本当に、天使のようですわ!」
「これならお相手のご子息も、一目惚れ間違いなしです!」
メイド達の褒め殺しに合いながら、全身が映る姿見の前に立つ。
「これが……私……?」
このセリフ、一度言ってみたかった。
でも、本当に、自分でもびっくりするほど可愛い。
いや、元々すごい美少女だったんだけど。
自分で言ってて恥ずかしくないのかと言われたら、恥ずかしくなんかない! 真実だからな! と大声で叫んでもいいほど、鏡に映る姿は可愛らしかった。
淡い水色のパフスリーブのワンピースは、ウエストを白のリボンで押さえてあり、スカート部分はふんわりと広がる白のシフォンレースで覆われている。
髪の毛はハーフアップにして小さな白い小花を散らしてあり、銀の髪にとても映えていた。
「みんな、綺麗にしてくれてありがとう!」
嬉しくて、笑顔でお礼を言ったら、マリーやメイド達が真っ赤になって胸を押さえる。
「それでは、そろそろ従者候補様のところに参りましょう」
マリーに促されて、おじいさまと従者候補が待つ応接室に向かう。
肖像画ではかなりの美少年だったが、本物のリチャードくんはどんな感じだろうか。
応接室が近づくにつれ、だんだん楽しみになってきた。
そして、応接室の扉が開くと、中には――まさに私の理想の男性が立っていた。