69 レッツ、パーティー! ④
「ふざけた真似してるんじゃないわよ、坊や」
ケイトにそう言われた王太子殿下はというと。
頬を染め、うっとりとケイトの顔に見入っている。
これはあれだ。所謂、『新しい扉が開かれた』って事なんだろう。
「まさか王太子殿下がへんた、」
「ストップ。最後まで言わないで下さい。さすがに不敬です」
リチャードがすかさず止めてきた。
そうだった。危ない。いくらなんでも王太子殿下を変態呼ばわりはダメだろう。
「あっ、お嬢様、リチャード様、見て下さいアレ!」
「うわっ! ケイト、なんてことを!!」
「ケイトさん!!」
ケイトは、おもむろにイチゴを指で摘まむと、うっとりと自分を見つめてくる王太子殿下の口に押し込んだ。
そして、「これからよろしくね、新人君」と言いながら殿下の肩をポンと叩き、席を離れた。
「うわあ、男前!」
「何感動してるんですかお嬢様!」
「どうしましょう、王太子殿下、魂抜けちゃってますよ!!」
三人で慌てて王太子殿下のそばに行く。
「でん……レオ! しっかりして下さい!」
リチャードが王太子殿下の腕を揺さぶって声を掛ける。
「あ、ああ、リチャードか……」
まだ夢の中にでもいるような呆けた声で殿下が呟く。
最早、使用人であるという設定はすっかり頭から抜け落ちているようで、リチャードのことを呼び捨てにしている。
「うちの侍女が、大変失礼しました!」
「いや、ここでのことは不敬に問わないと約束してある。それに……失礼などではなかった、むしろ……」
「あ、あの、ターケノコ料理はいかがでしたか?」
その先を言わせてはならないと思い、なんとか話をごまかした。
「ああ、初めて食べたが、とても美味しかったよ」
「お口に合って良かったです」
「ああ、今日は初めてのことが多かったよ……素晴らしいひとときだった……」
「あ、ほら! 護衛の方が心配そうにこっちを見てますよ! マリー、でん、いや、レオはそろそろお帰りの時間だから。護衛の方を呼んできてもらえる?」
「はい、すぐにお連れします!」
それから。
頬を染め、ぽーっとなっている王太子殿下は、心配そうな護衛と共に帰っていった。
「ふう……なんとかなったわね。……よし! ゆっくりデザートを味わうとするか!」
「なんとかなったと言ってもいいんですか、あれで」
「ううう、胃が痛いです。お嬢様、よくそんなに食べられますね……」
リチャードとマリーはぐったりと椅子に座りこんでしまったが。
せっかく私の好物のイチゴのデザートがあるのに、まだそれぞれ一つしか食べてない。
イチゴのムースはあと2個は食べないと。
「それにしても、あの鋭いケイトを騙せた殿下って、凄くない? 演技派よね」
「そうですね。普段からああやって街にお忍びに行かれているのかもしれませんね」
「庶民の暮らしのことをよくわかっておられるようですね。私、びっくりしました」
「そうね、ほんとにチャラい新人って感じだったわよね!」
「ストップ。それ以上は不敬です」
またもやリチャードに止められた。
誰も聞いてないんだからいいじゃないか、と思っていたら。
背後に急に現れた人物に、突然声を掛けられた。
「あらあら、こんなすみっこの方で三人で固まってひそひそ話ですか?」
「ケイト!?」
「ケイトさん、いつの間に!」
お皿にたくさんのデザートを乗せたケイトが、いつの間にか背後に立っていた。
「ふふっ、何を驚いているんですか? 聞かれちゃまずい話でもしてたんですか?」
(そう、その通り。そして一番聞かれてはいけないのは、ケイト、あなただけどね!)
などと口が裂けても言えないので、黙々とデザートを口に運ぶ。
「それにしても、このデザート美味しいですね。いくらでも入りそう」
ケイトは笑顔でパクパクとロールケーキを食べている。
そういえば、いくら食べても全然太らない体質だと言っていた。羨ましい。
「さっきのターケノコ料理も、どれも美味しくてびっくりしました。ふふっ、今夜は色々と面白い体験ができました」
なんだかさっきの王太子殿下と同じようなことを言っている。
まあ、二人とも楽しめたのなら良かった。
「それにしても。男なんてどんなに高貴な身分だろうが、みんな似たり寄ったりですねぇ」
ケイトが、なんてことない世間話のように呟いた。
「……不敬罪には問わないって約束でしたよね? ふふっ、面白い体験ができて楽しかったです」
そう言って晴れやかに笑ったケイトは、出会ってから今までで、一番恐ろしく見えた。
※※※
パーティーが無事にお開きになったあと。
リチャードを部屋に呼んで、マリーと三人で王太子殿下から伝えられた『ウォルター様の手紙』の話をした。
『どうか、アルドラの者が好意を示して来た時には、それが誰であっても、はっきりとした返事をしないで欲しい』
「そんなことを、早馬の手紙で……?」
リチャードは険しい顔で、握った右手を口元に当てている。
何かを考えこむときのリチャードの癖だ。
「何故、そんなことを……」
「何だか怪しいです。理由を言わないなんて」
リチャードだけでなく、マリーも不安そうに眉をしかめている。
でも、王太子殿下はウォルター様の言う通りにして欲しいと頭を下げていた。
「王太子殿下は、『ウォルターがそうしろと言うなら、それが最善なんだ』って仰ってたわ」
ウォルター様は、マーガレット様だけでなく、王太子殿下にとっても随分と信用のおける人物のようだ。
従兄弟だし、小さい頃から仲良くしていたと聞いている。
それに、今までの経緯をまとめて考えると、あの二人は、国王陛下や宰相などの大人に言われて動いているようには見えないのだ。
ウォルター様という作戦参謀の指示に従っているとしか思えない。
だとしたら。
私はウォルター様の言う通りにしていた方が良いような気がする。
そう言うと、リチャードもマリーも複雑そうな顔になった。
「でも、お嬢様ってカイル様とラウル様という方から忠誠を誓われたんですよね? それって、好意を示されたってことですよね?」
マリーにそう言われて思い出した。
そうだった、私はファルネーゼ兄弟から忠誠を誓うと言われたのだった。
それはすなわち、好意を示されているってことだ。
そして、私は手の甲への口づけを許してしまった。
「ど、どうしよう!」
「落ち着いてください、お嬢様はあいつらに勝手に忠誠を誓われただけですよ、そんなのほっとけばいい」
「え? どういうこと?」
リチャード曰く。
向こうが勝手に忠誠を誓ってきただけなんだから、特に何もせず放って置けばいい。
ウォルター殿は『はっきりとした返事をするな』と言っていたのだから、今更あれは無しだと断ったりせず、とにかくひたすら放置すれば良い。
「たしかに、それが一番良いかもしれませんね。断るとなると、また彼らと接点を持つことになるわけですしね」
マリーも名案だと頷いている。
「とにかく。あの兄弟は放置するとして、問題はギルバート殿下です。あいつ、隙あらばお嬢様に近づこうとしやがって……」
怖い怖い怖い。リチャードの顔が大変なことになっている。
「お嬢様、明日からは本当に気を付けて下さいね!」
「わかったわ、リチャード! 大丈夫よ、ギルバート殿下が近寄ってきたら気を付けるわ!」
「……なんか不安ですね」
(マリーってば失礼な。いくら私だって、カイルとラウルの時のようなことはもう起こさないわよ)
私は経験から学べる賢い人間なのだ。
そんな風に思っていたのに――
「お嬢様…………貴女という人は……」
次の日の朝、正門前の広場にリチャードの怒りに満ちた声が響き渡った。




