68 レッツ、パーティー! ③
「これは一体、どういうことですか!?」
パーティー開始時刻の少し前。
やってきたリチャードが驚きの表情で叫んだ。
その視線の先には、我が家の使用人の制服を来た王太子殿下が微笑んでいる。
「説明してください、お嬢様! ……うっ!」
思いっきり眉を顰めてこちらを見たリチャードだったが、突然頬を染め、後ろに数歩後ずさった。
「…………暴力的な可愛さだな…………息が止まるかと思った……」
今の私の服装は、襟と袖に白いレースが付いた淡い水色のドレスだ。
髪の毛はマリーが結ってくれたツインテールのままだ。
「先程まではエプロンを付けていて、それはそれは可愛らしかったのですよ、リチャード様」
「えっ、それも見たかった! もっと早く来れば良かった……って、どういうことですか、王太子殿下!!」
「ははっ、今日の私はお忍びでね。フォークナー伯爵家に新しく雇われた使用人ということで、よろしく頼むよ」
楽しそうに笑顔で告げる王太子殿下、渋い表情のリチャード、わたわたする私。
かなりの修羅場になったのを見かねて、マーカスがリチャードに事の成り行きを説明してくれた。
聞き終わったリチャードの顔が、ものすごく嫌そうになっている。
「殿下が参加することを知っているのは、ここにいる者だけです」
すなわち、私とリチャード、マーカスとマリーの4人のみ。
「それでは、皆様、よろしくお願いいたします」
王太子殿下が丁寧に使用人らしい礼を執る。
慌てて淑女の礼をしかけて、殿下に止められた。
「駄目ですよ、お嬢様。使用人にそんなことをしては」
確かにそうだ。でも、王太子にそんなことされて、そのままでいるなんて無理だ。
この先のことが思いやられて、私は小さくため息をついた。
※※※
そして。ついに、パーティーが始まった。
おじいさま達が留守の間のことなので、パーティーといえどもお酒は無し。
健全に、ジュースやサイダーでの乾杯となった。
馬車からかごにいっぱいのターケノコを下ろした時、慌てて逃げようとして転んだ者や、気を失った者が多数いた。
それに、料理長が倒れたあとは厨房がパニック状態になっていたのだ。
せめてものお詫びとして、美味しい料理を沢山食べて頂きたいと告げると、部屋中のあちこちから歓声が上がった。
「いただきまーす」
「うわ! なんだこれ、美味しい!」
「本当に。これは不思議な食感ですね」
「あの野獣の角がこんなに美味しいだなんて!」
皆の表情から察するに、料理はどうやら大好評のようだ。
「お嬢様、ターケノコってこんなに美味しかったんですね。俺、初めて食べました」
「ふふっ、気に入ってもらえて嬉しいな。ねぇ、このサラダは私が一人で作ったの。どうかな?」
「最高です!!」
「嬉しい、ありがとう、リチャード」
良かった。リチャードの機嫌が直ったみたいだ。
「お嬢様、タケノコ、すっごく美味しいです……」
マリーはうっすらと涙を浮かべながらモグモグと口を動かしている。
私と同じく、前世日本人のマリーだもの。
絶対に喜んでくれると思ってた。
ひとまず、ターケノコ料理が好意的に受け入れられたことにホッとする。
こうなると、気にかかるのはあのことだけだ。
そう、この場に、使用人の振りをした王太子殿下がいること、だ。
さりげなく王太子殿下の姿を探す。
意外と馴染んでいて、どこにいるかすぐに見つけられなかったが――いた! あそこだ!
部屋の隅の方に、取って来た料理を落ち着いて食べられるように椅子とテーブルを置いてある。
もちろん、立食パーティーなので、立ったまま食べても問題ないのだが。
王太子殿下はそこにいた。
私はリチャードとマリーに目で合図し、料理を手にそちらのテーブルの方に移動した。
王太子殿下は、鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌で料理を食べている。
喜んでもらえたのは嬉しいけど、本来ならこんなところで毒見も無しに何かを食べるような身分の人ではないのだ。
万が一にでも何かあったらと思うと、胃がきゅっとなる。
あまり近づいてお互いに会話をしてしまうと絶対にボロが出るので、少し離れた椅子に座って様子を見ることにした。
どうかこのまま、何事もなくパーティーが終わりますように…………と思いつつ、タケノコの天ぷらもといフライドターケノコをサクサク食べていると。
ケイトが殿下の隣の椅子に座った。
「あら? 初めて見る顔ね」
「新人のレオです。よろしくお願いします、先輩」
「そうなの? じゃあ、これからマーカスさんが皆に紹介するのかしらね。私は、ケイト。よろしくね」
王太子殿下の自然な演技のせいで、ケイトはすっかり信じたようだ。
優しい先輩の顔になっている。
(王太子殿下……この様子だと、お忍びで王宮の外に出るのは慣れてるに違いない!)
「ケイト先輩みたいな綺麗な女性と一緒の職場で働けるなんて、嬉しいなぁ」
突然聞こえてきた王太子殿下の軽口に、マリーもリチャードも思わずビクッと肩を揺らしている。
「ところで。ケイト先輩って、彼氏とかいるんですか?」
いつもの王太子殿下だったら絶対に言わなさそうな話題。
一体どういうつもりなんだろう。
「あれは、『甘えん坊の新人男子』の振りをして、先輩女子を気持ちよくさせようという魂胆ですね」
マリーが小声で囁いて来た。
私とリチャードは、殿下がそんな小芝居を始めたことに驚いて、お互いに顔を見合わせてしまった。
マリー曰く。
返事が「いない」ならば、『えー、本当ですか? なんでだろう、こんなに綺麗なのに』
返事が「いる」の場合は、『えー、残念。でも仕方ないですね、先輩ってこんなに綺麗なんだもん』
これがチャラい新人のお決まりパターンなのだそうだ。
「ということは……大変です、お嬢様、このままだと大変なことになります!」
「え? どうしたのマリー? だって、これってお決まりパターンなんでしょう? ケイトも慣れてるんじゃないの?」
マリーの顔が慌てた表情になってきた。なんなら顔色もかなり悪い。
「そうです、お決まりパターンなんです。だからまずいんです!」
「は?」
「このままだと、ケイトがいつもの返しをしちゃいます!!」
――いつもの返し?
それは一体どういうことだ、と首を傾げる私とリチャードの耳に、ケイトの威勢の良い声が飛び込んできた。
「彼氏がいるかですって? いるわけないでしょう? 男なんて信用できないもの。私の恋人はお金なの。お金は絶対に裏切らないもの」
(うわああああ! これがケイトのいつもの返しか! 王太子殿下に対してなんってことを言ってくれてるの、ケイトってば!!)
不敬罪には問わないって言質を取っておいて本当に良かった!!
少し前の自分を全力で褒めてあげたい。
ケイトの威勢の良い言葉を聞いた王太子殿下は、一瞬キョトンとしていた。
だがしばらくすると、目をキラキラと輝かせ始めた。
「ケイト先輩って、面白いですね。僕、先輩みたいな人好きだな。どうですか? 僕たち、付き合ってみませんか?」
ちょっとちょっとちょっと――!!
王太子殿下ともあろう者が、なんてこと言いだすのか!!
「どうしましょう、これって止めないとまずいですよね!?」
「ちょっと待って、リチャード! ここで王太子殿下ってばれたらパニックになっちゃうから! 慎重にやらないと!」
「ああ、大変、お嬢様見て下さい、ケイトのあの顔!!」
見ると、ケイトは椅子から立ち上がり、とんでもなく冷ややかな目で王太子殿下を見下ろしていた。
ケイトは可愛い。
色白で大きな青い目が人形のように可愛らしく、仕事の邪魔にならないように三つ編みにされた金髪が清楚な雰囲気だ。
小柄で童顔だが、胸がしっかりある方なので、決して子供には見えず、何とも言えない不思議な色気を醸し出している。
そんなケイトの冷ややかな視線にひるむことなく、王太子殿下は続けて言った。
「そんな風に冷たい目で見つめられるのも、意外といいですね」
(……はい? えっとこれはもう、可愛い新人と言うよりは……そういう趣味の……)
王太子殿下に意外な性癖があるかもしれない疑惑に私達三人がおののいているとき、ケイトが不意に王太子殿下のネクタイをグッと掴み引き寄せた。
そして、顔を近づけ耳元で低い声で囁いた。
「ふざけた真似してるんじゃないわよ、坊や」
「……!!」
そんな、一介のメイドから、ありえないくらい不敬な態度を取られてしまった王太子殿下はと言うと。
目一杯開かれた目をキラキラと輝かせ、頬を染めていて――口元は、すっかり綻んでいて、最早笑顔になっている。
(あ、これはダメなやつだ)
――もう、誰の目から見ても、王太子殿下が喜んでいるのは明らかだった。




