67 レッツ、パーティー! ②
マリーの話だと、王太子殿下はお忍びでやってきたらしい。
護衛も一人しか連れてきていないのだとか。
本来なら、部屋に戻ってきちんと着替えてから応対すべきなのだが、お忍びでやってきたと言うのならエプロン姿のままでも問題無いだろう。
勝手にそう判断し、応接室に急いだ。
「お待たせして申し訳ありません……えっ!?」
そこにいたのは、フォークナー伯爵家の使用人の制服――濃いグレーのフロックコートと同色のズボン、白い襟付きシャツとベスト、グレーのネクタイ――を身に着けた王太子殿下だった。
しかも、いつもは自然に横に流している前髪を顔の前に下ろしていて、銀縁メガネまでかけている。
(え? え? この人って王太子殿下だよね? どうしてこんな格好してるの!?)
あまりの驚きに、頭が真っ白になり、言葉が出てこない。
「……っ! エリザベス嬢……?」
一方の王太子殿下も、私を見るなり、目を見開いたまま動かなくなった。
そのまま、お互いに見つめ合ったまま動かなくなった状態がしばらく続いたのだが。
マーカスがコホンと咳払いをした後、小さな声で「お嬢様、ご挨拶を」と言ったため、ようやく我に返った。
「よ、ようこそおいで下さいました。ご挨拶が遅れて大変申し訳ありません。今宵は生憎、祖父母が不在のため、私がフォークナー伯爵家を代表してご挨拶申し上げます」
「あ、ああ、突然の訪問で大変申し訳ない。急いで話したいことがあって来たんだが……これは……参ったな……」
王太子殿下は何故か目元を赤く染め、片手で口元を覆うようにした。
「普段とは違う姿だから、驚いてしまったんだ。でも、その髪型もすごく似合っているよ」
「恐れ入ります」
王太子殿下の方こそ、ずいぶんと普段と違う姿なのだが。
お忍びだからだとしても、何故フォークナー伯爵家の使用人の制服を着ているのだろう。
「ここに案内される途中、使用人達が『今夜のパーティーが楽しみだ』と話しているのを聞いたんだ。なので、是非、私もそれに参加させて欲しくてね。家令に我儘を言って、使用人の制服を貸して貰ったんだよ」
一体、どういうことかとマーカスの方を見る。
マーカスは、少し困ったような顔で話し出した。
「王太子殿下が、今夜のパーティーに是非とも参加したいと仰られて……」
「今夜はお忍びで来たのだし、王太子がいるとなると使用人達に気を遣わせてしまうだろう? だから、使用人の振りをして紛れ込もうと思って……駄目かな?」
駄目かなって、そんな。
ここまでばっちり変装したあとで、ダメだなんて言えるわけが無い。
「いえ、ダメだなんてそんな」
「良かった! 変装した甲斐があったよ」
「ただし、一つだけ約束して頂きたいことがございます」
「なんだい?」
「今夜のパーティーでは、何があっても不敬罪には問わないとお約束頂けますか?」
「もちろんだよ」
王太子殿下がにっこりと笑う。
なんだか凄く嬉しそうだが、私は不安で仕方が無い。
「さて、それでは、私がここに来た目的を果たすとしよう。エリザベス嬢、昨日のことをマーガレット嬢から報告を受けたんだけどね」
昨日のこと――すなわち、カイルから聞いた話のことだろう。
私に『忘却の蜜』を盛ったのがカイルだったこと。
ギルバート殿下がフォートランに来たのは、暗殺から逃れるためバーランド侯爵の庇護下に入ることと、ロルバーンという後ろ盾を得るために、ハイジ様に婚約を申し込むためだったこと。
アルドラ国内での王子達の力関係や、神託が及ぼした影響のこと。
カイルとラウルが私に忠誠を誓ってきたこと。
それ以外にも、カイルから得られた情報の全てを、ハイジ様とクラウス様が下校された後に守り隊メンバーに伝えたのだ。
(あれから数時間しか経ってないのに、もう王太子殿下の耳に入ってるなんて! マーガレット様、仕事早いな!)
「実はね、偶然にも、ロルバーンに留学中の従兄妹のウォルターからの手紙にも同じようなことが書いてあったんだよ。今回のアルドラ王の求婚は我々が思っていたのとは違う理由で為されたらしい、とね」
――アルドラ王は第一王妃一筋で、幼女趣味だったから公女に求婚したわけではない。
双子の王子達の思惑を潰すための求婚だった。
そして双子の王子達は公女をアルドラに誘拐しようとしている。
第二、第三王妃達は、王子達が公女を妃に迎えるのを阻止するべく、公女を亡き者にしようとしている。
「ウォルターは手紙にそう書いて寄越したんだ」
ウォルター様はロルバーンでどんな手を使ってそれを調べ上げたのだろう。
アルドラ王国と距離的に近いから、より詳しい情報が手に入るのだろうか。
「それとね、ウォルターは、君にこう伝えて欲しいと言ってきたんだ」
「ウォルター様が? 何でしょう?」
「『どうか、アルドラの者が好意を示して来た時には、それが誰であっても、はっきりとした返事をしないで欲しい』と」
「………………は?」
意味がわからない。どうして、ウォルター様はそんなことを言い出したのだろう。
「王家に対してなら早馬で手紙を出せるからね。多分だけど、できるだけ早く君にそう伝えて欲しかったんだと思う。なので、急いで来たんだ」
「はっきりとした返事をしない、というのは、受けいれることも断ることもするなということでしょうか? 曖昧な態度を取り続けろと?」
「そうだね。そういうことだと思う。君には負担かもしれないが……彼が何故そんなことを言い出したのか、理由ははっきりとはわからないけど」
「理由がわからないのに、そうしろと仰るのですか?」
「ウォルターがそうしろと言うなら、それが最善なんだ。エリザベス嬢、おかしいと思うだろうけど、どうかウォルターの言う通りにしてくれないか」
王太子殿下の真剣な顔を見ていたら、嫌だと言う気にはなれなかった。
なんとも奇妙な話だが、王太子殿下がウォルター様のことを心から信用していることがわかった。
そこまでの信用を得るような出来事が、過去にあったんだろう。
「わかりました。ウォルター様の仰る通りに致します」
「ありがとう、エリザベス嬢」
王太子殿下はほっとしたような顔になった。
いつもとは違う格好をしているせいか、そうして微笑む王太子殿下は、ちょっと幼く見えた。
「では、無事に目的も果たしたことだし。これからの私は、『新しく雇われた使用人』ということで頼むよ」
「……え?」
「どうかレオとお呼び下さい、エリザベスお嬢様」
「……!!!」




