表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

65/168

65 仲直りします

リチャードが怒っている。

それはもう、半端なく怒っている。


「どうしよう……」


厨房の片隅で、タケノコもといターケノコの皮を剥きながら、私はずっと頭を悩ませていた。


料理長が倒れ、厨房がパニックになった責任を取り、私はこうして全てのターケノコの皮を剥くことを自ら志願した。

料理人たちは『お嬢様にそんなことはさせられません!』と止めてきたが、私はそれを振り切りこうして一人、包丁片手に大量のターケノコの皮を剥いている。

そして手を動かしながらもずっと、リチャードのことを考えている。


私は現在、二人の男性から忠誠を誓われ、うかつにもそれを了承したことになっている。

リチャードにして見れば、『自分というものがありながら、お嬢様が他の男の求愛を受け入れたとんでもない浮気案件』ということになるらしい。


(でも! 本当に知らなかったんだもの! それに、ラウルに至っては騙し討ちみたいな感じで手の甲にキスしてきたんだし。私は悪くないよね!?)


そう言っても、リチャードは全く取り合ってくれず、冷ややかな目つきのまま黙ってベルク伯爵家に帰ってしまった。


どうしよう。


そんな風に、どうしたら許してもらえるか考えながらターケノコの皮を剥いていたら、あっという間に全ての皮を剥き終わってしまった。

ツルンとした姿になったターケノコならば、厨房の料理人達も怖くないようだ。


米が手に入りにくいフォートランなので、もちろん糠も無い。

なので、とりあえず重曹を使ってアク抜きをする。

前世の祖母が、米糠が手に入らない時は重曹で代用できると言っていた。

やったことないけど、とりあえず他の方法が見つからないので重曹を入れたお湯で煮ることにする。

料理人にアク抜きをお願いして厨房を後にし、ため息をつきながら部屋に戻る。


部屋ではマリーが、お茶を淹れて待っていてくれた。

さっきはターケノコを見て気を失っていたが、すぐに回復したようで良かった。


「マリー、ごめんね。脅かしちゃって……」

「久しぶりにタケノコを見たので、びっくりしただけです。タケノコで気絶だなんて、恥ずかしいです。お騒がせして申し訳ありません」

「そんな! マリーは全然悪くないんだから、謝らないで!」


マリーも前世は日本人。

タケノコは見たことがあるだろうが、今世では初めて遭遇したのだ。

驚くのも無理はない。

マーカスだって、慌てて短剣を構えていたくらいだ。


(ん? あれ? ということは、マーカスっていつも短剣を持ち歩いているの?)


マーカスが意外と武闘派だったことに驚いたが、高位貴族に使える家令ともなれば、それは当然のことなのかもしれない。



「それより、お嬢様、元気が無いようですが、何かありましたか?」


さすがマリー。ずっと私の側に居ただけのことはある。

私の様子がおかしいことに早速気付いたようだ。


「あのね、リチャードがものすごく怒ってるの……」

「リチャード様が? 何があったのですか? タケノコのことですか?」


私はマリーに、成り行きでカイルとラウルから忠誠を誓われたという話をした。

マリーは全てを聞き終わると、大きくため息をついた。


「お嬢様……それは、リチャード様があまりにもお気の毒です」


「えっ、そ、そんな大変なこと?」


「想像してみて下さい。大好きな男性のために長い間尽くしている()()()()()がいるとします。その一生懸命に尽くす女性の目の前で、男性が急に現れた他の女性から誘われている。そして彼はその誘いを受けて女性を抱きしめる。そんなことが、目の前で次々と起こった。…………どうですか?」


「えー、その健気な女性が可哀想。その男性もひどいわね。せっかく女性が尽くしてくれてるのに、そんなぽっと出の女なんかの誘いに乗るなんて。しかも次々と。最低ね」


「……ですよね?」


マリーが頷きながら私の顔をじっと見る。

その様子を見ていて、私はハッとした。


「…………え? も、もしかして、私はこの最低な男性と同じことをした……の?」


マリーがしっかりと頷く。


どうしよう。

こうして客観的に考えてみると、私のしたことはかなり酷い。

リチャードがあれほど怒るのも無理のないことだったのだ。


(ごめんね、リチャード。あなたの気持ちがわかっていなかった)


そう思うと、居ても立っても居られない気持ちになり、私はリチャードに今すぐにでも謝りたくなった。

もう夕方だが、明日まで待てない。

そもそも、こんな気持ちのままで夜を過ごすことなんてできない。


なので、急いでベルク伯爵邸に行くことにした。

幸い、ベルク伯爵邸はフォークナー伯爵家からは馬車で15分程度の距離にある。


ベルク伯爵邸に着き、門番に来訪を告げると、慌ててベルク家の家令が迎え出てくれた。

突然の来訪を詫び、リチャードに会いに来たと告げると、すぐに応接室に通された。


リチャードは許してくれるだろうかと不安でいっぱいになりながら待っていると、部屋に入って来たのは予想外の人物だった。

現れたのは、リチャードの父親。ジェームス・ベルク伯爵だったのだ。


「やあ、久しぶりですね、エリザベス・フォークナー伯爵令嬢。いつもリチャードがお世話になっているようですね」


「ご無沙汰しております、ベルク伯爵。突然の来訪をお許し下さい。お世話になっているのは私の方です」


挨拶を交わしながら、ベルク伯爵の姿を改めて観察すると。

いつものように、艶のある黒髪は左側の前髪だけを後ろに撫でつけて、右側は無造作に下ろされている。

黒曜石のように輝く黒い瞳は鋭い印象を与えがちだが、左目の下のホクロが醸し出す色気と相まって、不思議と惹きつけられるような魅力を醸し出している。

左耳に揺れる雫のような形の水晶のピアスを目で追っていると、私の方を見て微笑んでいる伯爵がにこやかに話しかけてきた。


「それで、今日はどうされました。リチャードに急ぎの用事かな」


「はい。私、リチャードを怒らせてしまって……どうしても今日中に謝りたくて来たんです」


「おや。喧嘩かい? リチャードは家令が部屋に呼びに行ったから、もう少ししたら来ると思うけど。それまでの間、何があったのかを、よければ聞かせてもらえないかな?」


長椅子に座ったベルク伯爵が、長い脚を組み換えながらそう言った。

家でくつろいでいたのだろうか。

無造作に羽織った白いドレスシャツと、シンプルな黒のパンツという組み合わせが、かえってその美貌を引き立たせている。


ただ脚を組み替えてただけなのに、とんでもなく優雅で色っぽいベルク伯爵に促されて、私はリチャードとのことを話し出した。

全てを聞き終わった後、ベルク伯爵は、腕を組んでしばらく考えたあと、うんと頷いた。


「それは、リチャードが悪いね」


「えっ」


マリーとは正反対の意見に目を丸くする。

どう考えてもリチャードに非は無いはずだが。


「だって、リチャードに魅力が無いのが悪いんだからね。もし、君がリチャードに夢中で、他の男に目もくれないようだったら、こんなことは起きなかっただろう? これはもう、リチャードの力不足って事だよ」


「そんな、違います」


「いいや、違わない。それにね、君に他の男に目移りしないで欲しければ、常日頃からリチャードが気をつけていればいいんだ」


「そんな、私が悪かったんです。私に隙があったから。それに、私、何も知らなくて」


「君に隙があったなら、その隙をリチャード埋めれはいいだけだよ。君が何も知らなければ、あいつが教えるべきだった」


「でも、リチャードは、私に常識がないことを知らなかったんです」


「ふふ。だったら、なおさらリチャードの手落ちだ。君は、『忠誠を捧げられた時に、手の甲へのキスを許せば了承の証となる』ということを知らなかったんだよね? リチャードは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君についてもっとよく調べておくべきだったのにね」


「そんな……」


「あいつが教えてあげれば良かったんだよ。本気で君を囲いたければ、そんな人任せではなく、あいつ自身が君にそれを教えれば良かったんだ。そうだろう? 本当に誰にも取られたくないと思っているなら、どんな些細な懸念も潰して置くべきなんだ」


「でも……」


「君は知らなかった。そして、あいつは、君がそれを知らないということに思いを馳せることすらなかった。あいつは君のことを理解していなかった。それがあいつの敗因だ。ねぇ、エリザベス嬢。あんな嫉妬深くて幼稚なやつが従者で良いのかい?」


「えっ?」


「あんな我儘なやつ、もう嫌になっただろう? どうだい? 婚約してるわけでは無いんだし、契約の解消は簡単にできるけど?」


――解消?


ベルク伯爵は一体何を言っているのだろう。

私とリチャードが契約を解消する?

それはつまり、リチャードが私の従者でなくなるということ?



それは、リチャードが、私の隣にいない毎日を過ごすということ。

――そんなの無理。


リチャードが、私以外の女の子の従者や婚約者になるということ。

――嫌だ。そんなの絶対に嫌だ。



不意に、今までのリチャードと過ごしてきた日々が頭の中を駆け巡った。

リチャードが私に微笑みかけてくれたときのことや、私の言葉に優しく返事を返してくれたこと。

『お嬢様』そう呼ぶリチャードの優しい声。

それらを思い出すうちに、私はもう胸がいっぱいで苦しくなってしまった。

そして――


「嫌です! 解消なんて絶対に嫌!」


気付いたら、大声で叫んでいた。


「リチャードじゃなきゃ嫌だ! リチャードじゃなきゃ駄目なの! リチャードがいいの!」


涙が、次から次へと溢れ出して来た。

私は我儘な子供のように、泣き叫んでいた。


「お嬢様!」


突然、叫び声と共に、リチャードが駆け寄ってきて思いきり抱きしめられた。

どん、と突き飛ばされたくらいの、体当たりのような衝撃だった。

頭を抱え込まれ、胸に顔を押しつけられたせいで息が苦しい。


「リ、リチャード!? え? 今の聞いてたの?」


駄々っ子のように泣き叫んでいたことが今更ながら恥ずかしくなった。

顔に熱が集まっている。鏡を見なくてもわかる。

今の私は多分、真っ赤な顔をしているのだろう。


「お嬢様……俺も、貴女でなければ駄目なんです。貴女がいいんです。貴女がいいんだ!」


抱きしめられていたので、リチャードの顔を見えなかったが、声に涙ぐんでいるような気配がした。


「俺が悪かったんです。悔しいけど、父の言うとおりです。俺の努力が足りていなかった。なのに、不貞腐れて、お嬢様にこんなに心配かけて……本当に申し訳ありませんでした」


「リチャード! 違うの、私が悪かったの。私がうっかりしてたから……本当にごめんなさい」


悪いのは私なのに、リチャードに謝らせてしまった。

申し訳なさに胸が苦しくなる。

せめてものお詫びとして、しっかりと私の口から言わなければ。


「リチャード、改めてお願いします。私の従者を辞めないで。ずっとそばにいて下さい。」


「お嬢様……! もちろんです。ずっと、ずっとおそばにいさせてください……」


リチャードはもはや完全に泣いているのだろう。

だが、それを悟られたくないのだろう。

私の顔を胸に押し付けるようにしたままだ。


「ふふ、お前は本当に泣き虫が直らないね。そんなんじゃエリザベス嬢に嫌われるぞ」


背後から、ベルク伯爵の声が聞こえた。

彼はまだこの部屋にいたようだ。


「いや、それもリチャードの良いところですから」


私は思わずそう答えてしまった。


「2人とも何を言ってるんですか、俺は泣いてなんかないです」


「まあ、何はともあれ、二人は仲良しって事だね。良かった良かった」


ベルク伯爵はそう言うと、部屋から出て行ったようだ。

リチャードが小声で『やっと行ったか……』と呟いた。



それにしても。リチャードはきっと、部屋の外で聞き耳を立てていたのだろう。

その為に、部屋の扉が開け放たれていたのだ。

そして、ベルク伯爵は、リチャードに聞かせるためにあんなことを言ったのだろう。


あんな風に、リチャードとの契約解消を持ちかけて、私がどういう反応を示すか。

それをリチャードに見せつけるために。


だとしたら――さすが『黒い狼』


おかげで私とリチャードは仲直りできた。

もし、ベルク伯爵がいなかったら、私とリチャードの仲は未だにこじれたままだったかもしれない。

いや、それどころか、最悪の場合は本当にリチャードに愛想をつかされてしまったかも。

本当にベルク伯爵には感謝しかない。


(あんなにかっこよくて、その上、大人の魅力たっぷりで、しかも策士だなんて……なんて素敵なんだろう)


「ああ、ベルク伯爵って本当に素敵ね……」


私は思わず、そう呟いてしまった。

すると、私を抱きしめるリチャードの腕が、ビクッと跳ねた。


「あの、クソ親父……」


地の底から響くような、低く怒りに満ちたリチャードの声にただならぬ気配を感じ、私は自分がまたもやうっかりやらかしたことに気付いた。


(こ、これはまずい、どうしよう! あ、そうだ!)


私は力を込めてリチャードの腕から抜け出し、まだ目が赤いリチャードの顔を見上げた。


「でも、私が一番好きなのはリチャードよ!」


そして、背伸びをしてリチャードの頬に軽くキスをして、微笑みかけた。


「…………!!」


リチャードは耳まで真っ赤になったあと、またもや私を思い切り抱きしめた。

息が苦しかったけど、それは嫌な苦しさではなかった。

むしろその力強さに幸せな気分になり、私は目を閉じ微笑みながらリチャードの胸に顔を押し付けた。


次回は「レッツ! ターケノコパーティー!(仮)」です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 タケノコ(灰汁抜き下茹で中)の上に大量の砂糖を投入の巻! 「タケノコの砂糖煮ですって?そんなスイーツなんて無いわ!」と思った皆様。 タケノコスイーツはあります!(砂糖漬…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ