63 カニさんポーズが通じませんでした
「今回のことにギルは一切関わっていない。俺一人でやったことだ」
そう前置きをしてから、カイルは真相を語り出した。
事の発端は、神殿の神託だった。
『月の女神の祝福を受けた銀髪の、齢13の乙女を王に連なる者とせよ。さすれば、アルドラ王国は繁栄の道を歩み、民は豊かな生活を送るだろう』
その神託を聞いた者達の中から、『神託の乙女は隣国ロルバーンの公女のことではないか』という声が挙がった。
そして第二王子が、『ならば公女を俺の妃に迎えることにしよう。王に連なる者とせよ、とは王族にせよと同義だ。俺の妃となればそれが叶う』と言い出した。
それを聞いた第一王子も、弟に負けじと『いや、公女を妃に迎えるのは俺だ』と張り合ってきた。
双子の王子達は、今のところ勢力が拮抗している。
そのため、少しでも相手より優位に立とうと必死になっていた。
ロルバーンの公女を娶り、隣国という後ろ盾を得ることで、その地位をより確実なものとしたかったのだろう。
双子の王子達が公女を巡って対立し始めたのを見た王は、先手を打って公女を自らの妃に迎えるべくロルバーンに婚姻を申し出た。
上手くいって公女を第四王妃に迎えることができれば、少なくとも公女は18歳までの6年間、誰にも手出しができなくなる。
だが、もちろんというか、当たり前というか、ロルバーンはこのあまりにも年の離れた王と公女との婚姻を断ってきた。
いくら白い結婚だと言われても、到底信じられるものではないし、第四王妃という身分は公女にとっては低すぎる。
つまるところ、アルドラ王国の常識は、他の国には通じなかったということだ。
なので、双子の王子達は再び、自分達が公女を得ようと画策し始めた。
お互いに牽制しつつ、公女をアルドラ王国に攫って既成事実を作ってしまおうと考えたのだ。
一方で、第三王子ギルバートには、王位争いで頼れるような後ろ盾が全く無い。
その上、本人にも王になりたいと言う意思が全く無い。
よって、今のところは、双子の王子達にとっての脅威にはなりようもない。
だが、わずかだがギルバートを支持する者も存在する。
その第三王子派ともいえる者達が、双子の王子のどちらかに付いたら――天秤は大きく傾くことになるだろう。
そう言った懸念から、いっそのこと第三王子を亡き者にと過激な思想に走る者がいた。
結果、ギルバートは幼い頃から今日に至るまで、命を狙われることが度々あったのだ。
ギルバートは王の座を望んでいないし、母である第一王妃も「ギルバートは素直過ぎて王には向かない」と常々言っていた。
確かに彼は素直で人に騙されやすいし、短慮な性格で周りの者を困らせることがある。
だが、意地の悪い双子の兄達と比べれば、遥かに慈悲深い王となるだろうに。
乳兄弟として幼い頃から共に育ってきたカイルは、そんなギルバートが歯痒くてならなかった。
なので、ギルバートに提案してみた。
『ロルバーンの公女アーデルハイド様と婚約を結んで、ロルバーンという大きな後ろ盾を得るのです』と。
そして王位を狙いましょう、とは敢えて口には出さなかった。
言わなくても理解してもらえると思ったからだ。
――だが、ギルバートはわかっていなかった。
フォートランに留学して祖父であるバーランド侯爵の庇護下に入れば、当面の安全が保障されるし、公女と婚約してロルバーンという大きな後ろ盾を得られれば、暗殺の危機が減るかもしれない――
その程度の浅い考えしか持っていなかったのだ。
「だから、エリザベス嬢に『忘却の蜜』を飲ませた」
カイルは、僅かに視線を彷徨わせながら言った。
そんなカイルに、リチャードが問いかけた。
「お嬢様の思考力を低下させ、危機感を薄れさせた後、隙をついて攫おうとしたのか?」
「いや、違う。そんなことは全く考えていなかった」
「では一体何故?」
「『忘却の蜜』は、媚薬とは反対の効果がある。恋愛に対する意欲がさっぱり失われてしまうんだ」
驚いたことに『忘却の蜜』には、思考力を低下させるとともに、性的な欲求を抑えたり、異性に対して好感を持たなくなるといった効果もあるのだそうだ。
つまり、恋愛感情を抱かないようにする効果がある。
アルドラでは、浮気に悩む妻が、夫に密かに飲ませることが多いらしい。
他にも、想い合う相手がいるのに、政略で結婚しなければならない場合などでも使われるらしい。
愛しい恋人への思いを薬で失くし、決められた相手に嫁ぐのだ。
「ギルがいくら迫っても、エリザベス嬢が靡かないようにしたかった。そして、ギルにエリザベス嬢を諦めさせて、公女の方に目を向けさせようとしたんだ」
私が、ギルバート殿下のことを、好きにならないように。
そのために、私の気持ちを薬で抑えようとした。
心底ぞっとした。
そんなことのために、いとも簡単に薬が使われてしまうことに。
人の感情を薬で変えてしまう。
そんな恐ろしいことが、当たり前のように行われることに。
そういえば、いつだったか、ビアンカ様が言っていた。
アルドラ王の後宮では、毒が使われるのが日常茶飯事だと。
カイルはそんなアルドラで生まれ育った人間だ。
私に『忘却の蜜』を使うことに、それほど罪悪感を持っていたとは考えられない。
でも、こうして話し合っていくうちに、私に対して申し訳ないことをしたと理解したようだ。
もしかしたら、これは演技かもしれない。
反省している振りなのかもしれない。
でも、でも。
私が大好きだった小説、『砂漠に咲く薔薇〜愛と忠誠の狭間で〜』の主人公カイルは、自分の本心を隠し嘘をつくときは、決まって仮面のような表情をしていた。
でも、今、目の前のカイルは、そうではない。
心から私を案じ、自分のしたことを後悔している。
「エリザベス嬢。俺は…………いえ、私は、貴女に対して本当に失礼なことをしてしまった。簡単に許されるとは思わないが…………せめて、謝罪だけはさせて欲しい。本当に、申し訳ありませんでした」
そう言いつつ、カイルは私に向かって頭を下げた。
小説の中で、王アルファードが『砂漠に咲く薔薇』に例えた金色がかった薄茶色の髪。
それを見ていると、カイルの気持ちが、少しだけわかるような気がしてきた。
焦っていたのかもしれない。
大切に思っている乳兄弟の王子に、やっとチャンスがやってきたのに。
肝心の王子が思い通りに動かず、だんだんと追い詰められてしまったのかもしれない。
だからと言って、カイルのしたことを許すのにはどうしても抵抗がある。
このまま、ただ許すことはできない。
「カイル様、お顔を上げて下さい。……私は、貴方のしたことを簡単に許す気にはなれません」
「そんなのは当たり前です。私は、それくらい酷いことをしたのですから」
「でも。これ以上あなたのことを恨み続けることも無理なのです」
「お嬢様?」
リチャードが不安そうにこちらを見る。
「ですから。どうかこれからは、決して、私や私の仲間たちを傷つけないと誓って頂けませんか?」
「お嬢様! いけません!」
リチャードが慌てて止めてくる。
「もう二度と、私と私の仲間たちを傷つけないと、約束して欲しいのです」
その時のカイルの表情。
落ちついた琥珀色の瞳が、子供のように揺れた。
カイルが急に立ち上がり、テーブルを回り込み、私の前に立った。
リチャードもすかさず立って、私の前に出る。
カイルはその場で跪くと、右手を差し出しながら言った。
「麗しきエリザベス様。カイル・ファルネーゼは、この名にかけて誓います。今後、貴女と貴女の周りの者を傷つけることは決してないと。どうか私の誓いを信じ、その証として、その美しき御手への口づけをお許し頂けないでしょうか」
なんとも仰々しい仕草だが、カイルがすると何故だかとてもしっくりくる。
(これは、もうちょっかいかけてこないってことよね? やった! そんな約束してくれるなら喜んで……御手への口づけだっけ? そのくらい、いくらでもしてくれて構わないわ!)
私はカイルに手を伸ばしつつ、リチャードの前に出ようとした。
だが、リチャードが何故か慌てて阻止しようとする。
「いけません、お嬢様!」
「え? どうして? もう危害を加えないって約束してくれるのよ?」
そんな有難い提案、受けるに決まってる。
私はカイルに右手を差し出した。
「ありがたき幸せ。カイル・ファルネーゼは、エリザベス様に、心よりの忠誠を誓います」
(え? 忠誠を誓う? 何それ、そんな大げさな。危害を加えないって約束だったよね? あれれ?)
なんか様子がおかしいぞ、と思いリチャードの方を見ると。
物凄く冷ややかな目でこちらを見ていた。
「リ、リチャード、どうしたの?」
「お嬢様、貴女という人は!!」
何故だかわからないが、リチャードが物凄く怒っている。
これはもう、私が知らず知らずのうちに何かしでかしてしまったということだろう。
(あああ、どうしよう、そうだ!)
私は両手でチョキを作って、人差し指と中指をくっつけたり離したりした。
そうカニさんのポーズだ。
「『その話は止めて、話題を変えろ』ですか。それを俺に今、言うんですか」
「だ、ダメかな?」
「駄目に決まっているでしょうが!!」
その後、リチャードから物凄く怒られた。
跪いたままのカイルは、何やら晴れやかな顔で私達を見上げていた。




