62 あと一息です
どういうわけか、カイルは私の容姿をものすごく褒めてくれる。
でも、なんだかんだと非難がましいことを言ってくるから、敵意が無いわけではないらしい。
なので、どう対応したら良いのかさっぱりわからない。
「もう観念して、洗いざらい吐くんだな。どうしてお嬢様を狙った」
リチャードが取調室の刑事みたいなことを言い出した。
「ギルは、ロルバーンの公女に婚約を申し込むはずだった。なのに、間違えてエリザベス嬢に声を掛けてしまった。そして、あの馬鹿はあろうことかアーデルハイド公女に無礼な態度を取った」
カイルはもう観念したのか、推理小説の犯人の告白タイムのような感じで話し出した。
ていうか、ギルバート殿下のことを馬鹿とか言ってて大丈夫なのだろうか。
「しかも、あの馬鹿は『神託の乙女は銀髪で13歳の少女なのだろう? だったら、エリザベス嬢もそうではないか』と開き直ったんだ。ロルバーンの公女でなければ、意味が無いと言うのが何故分からないんだ……! あれほど言って聞かせたのに!」
アルドラでは、神殿で新年の占いが行なわれる。
今年の占いの結果は『月の女神の祝福を受けた銀髪の、齢13の乙女を王に連なる者とせよ。さすれば、アルドラ王国は繁栄の道を歩み、民は豊かな生活を送るだろう』だった。
確かに、私の髪も銀色だし、年も9月には13歳になる。
恐ろしいことだが、ギルバート殿下が言う通り、神託の乙女の条件を満たしている。
でも、カイルはロルバーンの公女でなければ意味が無いと言う。
それはそうだろう。たかが伯爵家の令嬢にわざわざ婚約を申し込むメリットは少ないはず。
「ギルバート殿下はお嬢様に心を奪われてしまったわけか」
「ああ、そうだ。計画が台無しだ! これもすべて、エリザベス嬢が美しすぎるせいだ!」
「えっ、そんな、美しすぎるなんて、とんでもない」
「エリザベス嬢……こんなに美しいのになんて謙虚な……くっ、心まで美しいとは!」
カイルが頭を抱えながら言った。
何を言っても褒めてくるので怖い。
「こんな天使のようなお嬢様に、薬を盛るとはな……お嬢様は、身も心も酷く傷ついたんだぞ……?」
リチャードが急に、今までとは口調を変える。
静かだが穏やかとは言えない、激しい怒りが込められた様子に、カイルがたじろぐ。
「それは……申し訳ないことをしたと思っている。だが、あの量は中毒になるような量ではなかったし……」
「たとえ微量だとしてもだ。お嬢様の心は深く傷ついた……そうですよね? お嬢様」
リチャードが、テーブルの下で、手をグーパーグーパーと握ったり開いたりし始めた。
(これは、『同意しろ』のサイン! 頷けばいいのよね!)
私はすぐに悲しそうな表情を作って、じっとカイルを見つめながら、リチャードの言葉に大きく頷いた。
「…………!」
すると、カイルが酷く狼狽えだした。
それを見たリチャードが、更に追い討ちをかけるように言う。
「お嬢様は、あれからまとも食事ができなくなってしまった。無理もない。水の中に、誰かが薬を入れていただなんて、何もかも信用できなくなって当然だ」
嘘だ。ちょっと警戒してはいるが、食事は毎回美味しく頂いてる。
でも、リチャードはずっと『同意しろ』のサインを送ってくる。
グーパーグーパー。
いつサインが、変わるかわからないので、瞬きしている暇がない。
なのでひたすら悲しそうな顔で頷く。
「お嬢様の心は深く傷ついている。だが、健気なお嬢様はそれを悟られまいと、明るく振舞っている。俺はそんなお嬢様を見ているのが辛い……」
いやはやリチャードが凄い。
何て言ったらいいのかわからないが、とにかく凄い。
さすが、『黒い狼』の息子だけある。
リチャードの父親であるベルク伯爵は、『黒い狼』と呼ばれている。
彼は、卓越した知略と洞察力を持ち、相手の心理を読み解くことに長け、若くして頭角を現し数々の功績を挙げてきた。
彼は冷酷で目的のためには手段を選ばない。
『黒い狼』という二つ名は、その冷徹さと獲物を確実に仕留める手腕、しかし一方で、信頼する者には深い忠誠心を示し決して裏切らない誠実さが由来となっている。
そのベルク伯爵の血を確実に引いていると思わせるこの態度。
まあ、リチャードはまだ子供なので『狼』とまではいかないだろうけど。
(狼ほどではないから……犬ってところかな。『黒い犬』か……リチャードに言ったら怒りそう)
私がそんなことを考えている間も、リチャードはカイルに向かって淡々と語りかけていた。
「お前は、自分のやったことがどれだけ酷いことか理解しているのか? お嬢様の心がどれだけ傷ついているのかわかっているのか?」
「それは……」
カイルが苦しそうな表情で、両手にぐっと力を込める。
リチャードはカイルの罪悪感を煽り、精神的に優位に立とうとしている。間違いない。
「俺は色々な方面から報告を受けているため、この事件の真相を大体は理解している。だが、お嬢様はまだほとんど知らされていない。傷ついたお嬢様に、憶測でものを言うのは憚られたからだ」
もちろん、そんなのは嘘だ。
だが、リチャードの手がグーパーしている限り、私には同意する以外の選択肢はない。
「俺は、お前のことをそれほど悪い奴だとは思っていない」
またもやリチャードの口調が変わった。
責めるような色が消え、どこか優し気な親しみすら籠った声になった。
「きっと、それなりの事情があったんだろう? だから、俺は、お前にチャンスをやることにするよ」
「チャンス……?」
「お前から直接、お嬢様に真実を告げるんだ。俺の口からあることないこと言われるより良いだろう? お前が真実を話し心から許しを請えばきっと、お嬢様は許して下さると思う。そうすれば、お嬢様もこれ以上疑心暗鬼で悩まされることが無くなる。お前にとっても、お嬢様にとっても、それが最善だとは思わないか?」
リチャードはさも名案をのように言った。
顔にはうっすらと慈悲深い微笑みが浮かんでいる。
(リチャードの演技凄すぎる……! リチャード、恐ろしい子……!)
リチャードの小芝居に驚いていると、テーブルの下のサインが変わった。
両手の親指と人指し指を二丁拳銃のように立てる仕草。
思わず『ゲッツ!』と言いたくなるこのサインは、そう『行け! 追い打ちをかけろ!』だ。
(ちょっとちょっとちょっと! 追い打ちをかけるって、一体どうすればいいの!?)
いきなりの無茶ぶりにパニックになり、どうしていいかわからなくなった私の脳裏におばあさまの声が響いた。
『何を言われても、返事はこれで良いのです。これだと、笑っているようにも怒っているようにも、悲しそうにも見えるでしょう?』
――そうだ、アレだ!
幸いにも、さっきから瞬きをしていなかったため、目にはうっすらと涙が溜まっている。
これを利用しない手はない。
私は首を軽く傾け、目をほんの少し細めてカイルをじっと見つめた。
と同時に、ゆっくりしっかり瞬きをする。
涙が一筋、頬を伝うのがわかった。
「…………!?」
「お嬢様…………!?」
カイルが驚きに息を飲み、ひどく傷ついたような表情になった。
リチャードまで動揺しているが、それもまた良い具合にカイルに追い打ちをかけているようだ。
「…………わかった、全てを話す」
――よし!
思わず『やったー』と叫びそうになったが、リチャードがすかざずミッ〇ィーのサインを出して来たのでなんとか堪えた。




