61 落ち着いて下さい
あれから一週間経った。
先日ラウルから聞いた話については、すでにハイジ様以外の守り隊のメンバーには伝えてある。
ハイジ様には、怖がらせてしまうのでまだ話していないが、念のためクラウス様には伝えてある。
マーガレット様は、『うふふ、かなり色々な情報が手に入りましたわね』と喜んでいた。
でも、何故私が狙われたのか、何故ギルバート殿下とハイジ様が婚約するだなんて話が出ているのか、肝心なところは謎のままだ。
放課後、馬車に乗ろうとしていた私とリチャードの前に、突然カイルが現れた。
「先日は兄が大変お世話になりました」
お礼を言いに来ただけだろうか。
それにしては、身に纏う雰囲気が殺気立っている。
はっきり言って怖い。笑顔なのに、とんでもない迫力だ。
「兄から随分と色々な話を聞き出したようですね」
「ええ、おかげで貴方のことをよく知ることができましたよ」
リチャードがにっこりと笑いながら答える。
笑顔なのに、どうしてこんなに威圧感を感じるんだろう。
絶対にこいつは敵に回してはいけない、味方で良かった、と思ってしまう。
「では、さらに仲良くして頂くために、もっと腹を割って話をするとしましょう。これから、王立植物園で花見でもしながら話をしませんか?」
「ええ、喜んで」
怖い怖い怖い!
二人とも、なんていうか、黒いオーラが出ているような感じだ。
正直言って私はこのまま家に帰りたかったのだが、そんなこと、とてもじゃないけど言い出せる雰囲気ではない。
「それではのちほど、王立植物園の奥の庭でお会いしましょう」
そう言って別れた後、私とリチャードは馬車に乗り込み王立植物園に向かった。
「ねぇ、リチャード。カイルは何を言ってくると思う?」
「わかりません。ですが、これはチャンスです。アルドラ側の情報は一つでも多い方が良いのですから。今後の為にも、あのカイルとかいう側近とギルバート殿下が何を考えているのか知る必要があります」
そうだ。せっかくカイルと話す機会ができたのだ。
このチャンスを生かすようにしないと。
「そうだ! リチャード、ハンドサインを決めておきましょうよ!」
「え? ハンドサイン?」
私は両手の人差し指をクロスさせた。
リチャードがよくやる、おなじみのアレだ。
「これは、リチャードがよくやってるでしょう? 『黙れ』のサイン」
「いえ、『お願いですから口を閉じていて下さい、お嬢様』です。俺がお嬢様に向かって『黙れ』だなんて命令することはありえませんから」
リチャードがすぐさま否定してきた。
何が違うのかよくわからないが、とにかく喋るなということで合っているようだ。
そんな風に、リチャードとの間にいくつかのハンドサインを決めることとなった。
相手にバレたら元も子もないので、ちょっと捻りのあるハンドサインにしてみよう。
「次はこれ」
私は両手でチョキを作って、人差し指と中指をくっつけたり離したりした
「……え、なんだろう、難しいな……何なんですか、これは」
「カニ」
「…………大変可愛らしいですが、一体どういう意味ですか?」
「話をチョキンとぶった切るってことで、『その話は止めて、話題を変えろ』っていう意味」
「了解しました。こうですね」
リチャードも、私の真似をしてチョキチョキと指を動かしている。
美少年が気取った顔でやる、カニさん。何これ、可愛すぎる。
(そういえば。こういうの、小さい頃よくやった気がする)
小さい頃と言っても、今世の私のではなく、前世の私の小さい頃だが。
ジャンケンで使う「グー」「チョキ」「パー」の手の形を組み合わせて、生き物の動きや物の形を真似していく、保育園や幼稚園でお馴染みの手遊び歌。
たしか、『グーチョキパーでなにつくろう』というタイトルだったような。
カニとちょうちょと、カタツムリしか思い出せないけど。
今世でも『じゃんけん』という概念はある。
しかも手の形の呼び名も「グー」「チョキ」「パー」で同じだ。
リチャードにも通じるだろうと言うことで、せっかく思い出したついでにやって見せることにした。
「…………!! お嬢様…………!!」
リチャードは、最初は不思議そうな顔をしていたが、だんだんと意味を察したのだろう。
私がカニになると、頬を染め、片手で口元を覆いながらうっとりした目で「可愛い……」とうわ言のように呟きだした。
意外と好評だったので、調子乗って「ちょうちょ」「カタツムリ」も披露する。
(あとは何があったかな。あ、そうだ、アン〇ンマン!)
続けて両手をグーにして頬に当て、「アン〇ンマン」と歌おうとして気づいた。
フォートランにあんパンはない。
ということは、リチャードに「アン〇ンマン」なんて言っても通じない!
(ど、どうしよう。なにかアン〇ンマンの代用になるようなものは……って、あれ?)
困った私は、頬に握りしめた両手を当てたまま動きを止め、リチャードの方を見ていたのだが。
何故だかリチャードが両手を胸に当て、涙目でこちらを見ている。
耳まで真っ赤で、こころなしか震えているようだ。
「ど、どうしたの、リチャード! 具合悪いの!?」
「いえ…………お気になさらず」
気にするなと言われても、目の前でそんな死にそうな顔されたら心配になるに決まっている。
私が心配そうにしていると、リチャードは姿勢を正して晴れやかな笑顔で言った。
「具合が悪いどころか、大変元気がでました! お嬢様、ありがとうございます」
(良かった! さすがアン〇ンマン! ちぎったパンを食べさせなくても、顔を真似して見せるだけで効果が得られるなんて!)
今後、守り隊の皆が窮地に陥った時は、このポーズを取ることにしよう。
そんな風に、他にもいくつかのハンドサインを決めているうちに、馬車が王立植物園に着いた。
昨日と同じ場所で馬車から降りて、リチャードと二人で歩いて庭園の奥に向かう。
庭園の中には他の人の姿は無かった。
平日の午後なので、空いているのだろう。
偶然にも、昨日と同じガゼボに、先に来て待っていたカイルが一人で座っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いえ。お忙しい中、お付き合い頂いて申し訳ありません」
2人とも口調がとても穏やかで、なおかつ笑顔を浮かべているのに。
何故か辺りの温度が急激に下がっているようだ。
「単刀直入に伺います。お嬢様に薬を盛ったのは貴方ですね?」
リチャードが開始早々、爆弾発言を繰り出した。
(ちょっと、リチャード!! 急に何を言い出すの?)
リチャードの先制攻撃が予想外過ぎて、内心動揺しながらカイルの方を見た。
カイルは目を見張った表情のまま固まっている。
思いがけない質問に驚いただけなのか、それとも真実を暴かれて動揺しているのか。
しばらくすると、彫像のように固まっていたカイルが、ゆっくりと息を吹き返して来た。
「……何のことでしょう?」
「とぼけても無駄ですよ。もう証拠も挙がっています」
「……っ!」
(え? 証拠が挙がってるって本当? いつの間に……! って、あ、これは……)
リチャードがテーブルの下で、両手の人差し指をクロスさせ、バッテンにしている。
これは『黙ってろ』のサイン。
とりあえず、全力でミッ◯ィーちゃんに擬態する。
うっかり口を開くとあとでリチャードにものすごく怒られるから、そうならないように唇をぎゅっと噛みしめ、眉間にぎゅっと力を入れる。
(あ、痛っ! うっかり頬の内側を噛んじゃった! これ、あとで口内炎になるやつだ!)
唇を噛みしめた時、頬の内側まで噛んでしまい、思わず痛さで涙目になってしまった。
「……っ!」
そんな痛みに耐える私を見て、カイルがショックを受けたような、辛そうな顔になった。
何故だろう。
私はただ自損事故に耐えていただけで、カイルを責めているわけではないのだが。
「もう、全てわかっているのですよ」
リチャードが、そう言うと、カイルは再び私の方を見た。
そして、片手で顔を覆い、ため息をついた。
「……上手くいくと思ったんだけどな」
カイルの口調は、とても静かで独白のようだった。
そして、その後、はっとするくらい冷酷な微笑みを浮かべ言った。
「そうだ。全て上手くいくはずだったんだ。ギルはアーデルハイド公女に婚約を申し込むはずだったんだ。なのに、なのに……!」
ドン、とテーブルを強く叩きながら、カイルは叫んだ。
「くそっ、あなたがそんな女神のような美しさでなければ、ギルが心を奪われることもなかっただろうに! あなたに無邪気で可愛らしい天使のような微笑みを向けられたら、惹かれない男なんていないだろう! 今だって、そんな切なそうな表情で見つめてくるとは……そんな顔されたら、これ以上嘘なんてついていられないだろうが! どうしてそんなに美しいんだ、あなたという人は!」
「え? えっと、あ、ありがとう……?」
カイルの様子があまりにもおかしいので、私はとりあえずお礼を言うことしかできなかった。
「くっ……! 正論すぎて反論しにくい!」
隣のリチャードも様子がおかしい。
(二人とも何なの? 状態異常? どうしよう、たすけてアン〇ンマン!)




