59 桜の木の下には
そういえば。
美味しいお花見団子……じゃなくて、お花見団子風のケーキに夢中になってしまいすっかり忘れていたが、私達は桜を見に来たのだった。
「リチャード、桜って本当に綺麗ね」
「そうですね。俺は花の中では桜が一番好きです」
「そうなの? 知らなかった。何か理由があるの?」
「いえ、特に理由はないのですが……何故だか見ていると懐かしい気持ちになるんです。不思議ですよね」
(ああ、でもわかるような気がする。お花見とか、卒業式や入学式も思い出すな……)
前世日本人の私にとって、桜は特別で、なおかつ身近な花だ。
春になると、街中の至るところから 「桜をモチーフにした歌」が流れてきたし、「桜を題材にした小説」もたくさんあった。
なので、桜を見ていると懐かしさを感じるという気持ちはよくわかる。
それにしても、リチャードもそうだと言うことは、彼も前世は日本人だったりして。
そういえば。
「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という物騒な書き出しの小説があった。
(うー、誰が書いたか思い出せない! 何か悔しい。ここまで出かかってるのに……!)
いくらハイスペック男子とはいえ、リチャードが前世の文学作品を知っているはずが無いし。
なんとなくモヤモヤする。スッキリしない。
(あ、そうだ。口に出してみれば、思い出すかもしれない!)
「桜の樹の下には屍体が埋まっている」
「えっ!!」
リチャードが驚いて、手に持っていた紅茶をこぼした。
「お嬢様、急にどうしたんですか? びっくりさせないで下さい!」
「ご、ごめんなさい、リチャード! なんとなく思い浮かんだことを呟いてみただけなの」
「一体、どうしたらそんな物騒なことが思い浮かぶんですか!?」
(いけないいけない、無駄にリチャードを驚かせてしまった。気を付けないと……って、あれは!?)
「桜の木の下に死体!?」
「……!? ゴホッ!」
リチャードは驚いて、口にしていた紅茶でむせている。
「ゴホッ、お嬢様! 何なんですか、もう!」
「だ、だってリチャード、あれ見て!」
私は震える指で、少し離れたところの桜の木の下を指差した。
そこには、うつ伏せで倒れている人の姿があった。
「死体……?」
「落ち着いて下さい、お嬢様、近寄って確かめてみましょう」
「やだやだやだやだ。怖い怖い怖い!……って、今、動いた!」
リチャードが凄い速さで動く死体に駆け寄って行き、大声で声を掛ける。
「どうしました! 大丈夫ですか!?」
すると、死体は消え入りそうな声で言った。
「……大丈夫……じゃない。お腹が減って死にそう」
(おっ、死にそうってことは生きてるってことね! でも、お腹が減って死にそうって言ってる?)
私も慌てて大声で叫んだ。
「生きてる死体さん! お腹が空いてるなら、こっちにきてお花見団子……じゃなくてケーキたべませんか!?」
「ケーキ!?」
生きてる死体がガバッと起き上がり、ガゼボに向かってヨロヨロと歩いて来た。
その必死な様子に驚きつつ、残っていたお花見ケーキを差し出すと、フォークを使うのももどかしいと言ったように、手づかみで食べ始めた。
「ものすごい美味い……!!」
生きてる死体はそう言いながら物凄いスピードで、次々にケーキを平らげていった。
そして、あらかた食べつくした後、目に涙を浮かべながら言った。
「美味しかった……生き返った……お二人とも、本当にありがとうございました。本当に助かりました」
改めて、生きてる死体こと、目の前の男性をよく見てみる。
年の頃は二十歳そこそこだろうか。
金色がかった柔らかそうな薄茶色の髪に、優しそうな琥珀色の瞳。
背が高く、がっしりとした体型。
わりと整った顔立ちで、穏やかで優しそうな雰囲気なので、女性からかなり好かれそうな容姿だ。
(あれ? なんか、どこかで会ったことがあるような……?)
紙コップに注いだ紅茶を手渡しながら、リチャードが質問した。
「どうしてあんなところに倒れていたんですか?」
そう、それ。どうして桜の木の下になんて倒れていたんだろう。
まさか寝てたってことはないだろうし。
「お恥ずかしい話ですが……空腹で動けなくなってしまって……」
彼はこの王立植物園の研究施設にいる研究者なのだそうだ。
研究に没頭するあまり、食事を忘れることがしばしばで、今回は特に夢中で研究していたために、丸二日飲まず食わずでいたそうだ。
「で、気づいたら動けなくなっていまして」
なんとかあの桜の木の下まで歩いてきたが、低血糖でめまいを起こし、倒れてしまったとのこと。
完全に自業自得なのだが、それほど没頭する研究の内容って、一体どんなものなのかちょっと興味がある。
「お二人に助けて頂いたおかげで、何とか命拾いしました。本当にありがとうございます」
再度深々と頭を下げる彼は、突然、思い出したように言った。
「ああ、失礼。まだ名前を名乗っていませんでしたね。私の名前はラウル・ファルネーゼと申します」
――ラウル・ファルネーゼ……ファルネーゼ!?
私とリチャードは、思わず顔を見合わせた。
その様子をラウルと名乗る男性が、不思議そうに見てくる。
「どうかなさいましたか?」
「ラウルさんは、もしかしてアルドラ王国からいらしたんですか?」
リチャードが、いつもより少しだけ低い声で言う。
こういう時のリチャードは、何かを警戒しているのだ。
「はい、そうです。三年前からこちらで研究しております。どうしてわかったのですか?」
ラウルさんは、きょとんとした表情で言った。
それを聞いた私は、どうしても我慢できなくなり、ラウルに向かって問いかけた。
「えっと、あの、ラウルさんは……カイル・ファルネーゼという方をご存じではないでしょうか?」
「ああ、あいつのお知り合いでしたか。カイルは私の弟ですよ」
そう言って微笑んだラウルさんは、確かにカイル・ファルネーゼにそっくりだった。
「生きてる死体がカイルのお兄さんだったなんて……!!」
「え? 生きてる死体……?」
「お嬢様、貴女って人は……」
動揺のあまり、思わずそう言ってしまったが、そんなことはどうでもいい。
こんなところでカイルの兄だと言う人に出会うなんて、なんという偶然!
それにしても、どうしてアルドラ出身のラウルさんが、フォートランの王立植物園で研究をしているのだろうか。
「私は今、レモンに関する研究をしていまして」
(あー、アルドラってレモンの産地らしいしね。レモンに関する研究とかしてるんだ、……って、檸檬と言えば!!)
「思い出した! 梶井基次郎!!」
「え? カジイモト……ジロー……?」
「お嬢様、落ち着いて下さい!」
(あーすっきりした!)




