58 お花見に行きます
「お花見に行きましょう!」
学院からの帰り、馬車の中でリチャードにそう提案してみた。
「お花見ですか?」
「そう、桜を見に行くの。綺麗な桜が見えるところにレジャーシート……じゃなくて布かなんか敷いて、その上に座ってのんびりお茶やお菓子を頂くのよ」
「それは楽しそうですね。それでは、公女達もお誘いしますか?」
「ううん、警備のこともあるし、なんか大げさになっちゃいそうだからやめておくわ。私とリチャードの二人きりでしましょうよ。リチャードは、私と二人きりじゃ嫌?」
「嫌じゃないです! むしろその方が嬉しいです!」
「そう? じゃあ決まりね!」
そうと決まれば次は場所を決めないと。
この辺に桜の名所はないかな?
「うちの領地には桜が見事な場所があるんですけどね。行くにはちょっと遠すぎますね」
ベルク伯爵家の領地か。
たしか、馬車で3日くらいかかるんだよね。
気軽に花見に行く場所ではないな。
「どこかゆっくりとお花見できる場所ないかな……って、あった!」
そうだ、あそこならきっと、そんなに人もいないし、ゆっくりお花見できるに違いない!
「ねぇ、リチャード、王立植物園の奥庭とかどうかしら?」
王立植物園には、一般公開されている庭園があり、たくさんの桜の木がある。
あまり知られていない穴場で、そんなにたくさんの人が来るわけではない。
なので、割と落ち着いてお花見ができる……らしい。
この前、ビアンカ様がそんなことを言っていた。
「いいですね。王立植物園なら近いですし、警備員もいるでしょうから」
水に『忘却の蜜』を入れられてからというもの、リチャードは私に対して過保護になった。
どうして私が狙われたのか、犯人の意図がわからないままなので不安なのだろう。
でも、登下校には護衛もできる御者がついているし、外出の際にもおじいさまが護衛を手配してくれている。
それに、リチャードが常に一緒にいてくれるので、私自身はそこまでの不安は感じていない。
「じゃあ、今度のお休みの日に行きましょうよ。ふふっ、楽しみだな!」
「俺もです!」
そうと決まれば、色々と準備しないと。
持ち物や、当日の服装を決めたりと、やることがたくさんある。
知らず知らずのうちに顔が緩んでしまう私を、リチャードがにこにこしながら見つめてきた。
――そして。
「あのね、こういう感じのお菓子を作って欲しいんだけど」
私は今、フォークナー家の厨房に来ている。
料理長に持ってきたスケッチブックを開いて見せると、彼は一瞬、無言になり固まった。
だが、しばらく絵を凝視していた料理長は、意を決したように口を開いた。
「……お嬢様、失礼ですが、これは一体何でしょうか?」
スケッチブックに描いてあるのは、お花見団子こと、三色団子。
ピンク、白、緑のまん丸のお団子が、串に刺さっているアレ。
クレヨンを使って描いた私の力作だ。
「えっとね、上新粉か白玉粉だと思うんだけど……」
「じょうしんこか、しらたまこ……?」
料理長は、首をひねりながら、私の言った言葉を繰り返した。
「えっと、お米を粉にしたものなんだけどね」
「東方の国で食べられているという米ですか? まあ、探せばあるとは思いますが、それを粉にしたものとなると……」
(え? なんてこと! 米粉がない!?)
たしかに米はあるにはあるのだ。
普段、全く食べられてはいないのだが。
だから、普通に米粉とかもあるのだと思っていたのだが、どうやら入手困難なようだ。
(はっ! いけない、料理長が申し訳無さそうにしている。私の我儘で料理長を困らせるわけにはいかない!)
「ええと、別にこれは作らなくてもいいわ。ごめんなさい、変なこと言い出して。あのね、今度のお休みの日に、リチャードとお花見に行くの。だからね、ピクニックに持っていくような、外で食べられるお菓子を作って欲しいの。お願いできるかしら?」
「もちろん、腕によりをかけてお作りしますとも。お菓子をご所望ですか? ランチではなく?」
「ピクニックエリアは、お昼時より午後のお茶の時間の方が人が少ないらしいの。だから、お菓子と紅茶を用意してもらいたいの」
「そうなのですね、かしこまりました。では、リチャード様のお好きなお菓子もご用意いたしましょうね」
「ありがとう! 楽しみにしてるわね」
料理長は優しい。
いつも私の「あれが食べたい、お願い作って」という無茶ぶりを叶えてくれる。
結構な年なので、私にとってはフォークナー伯爵であるおじいさまに続く、第二の祖父のようだ。
でも、さすがの料理長でも、和菓子の再現は無理だったようだ。
急に無茶なことを言って困惑させて申し訳なかった。
それにしても。私とリチャードの好物を知り尽くしている料理長が作ってくれるお菓子か。
すごく楽しみだ。
もしかしたら、桜よりそっちのほうが楽しみかもしれない、とは絶対にリチャードには言わないでおくが。
※※※
――そして、お花見当日。
私の日頃の行いが良いせいか、とても良い天気となった。
前世は花粉症のせいで、お花見の時は本当に大変だった。
毎年のイベントとして花見をやる職場だったのだが、外での飲食は花粉症にはきつかった。
くしゃみ連発で持っていた紙コップの中身を零したりしていた。
今世の私は花粉症ではないので、マスクなしでも全然大丈夫。
このままずっと発症しないことを願いたい――と考えていてふと気づいた。
周りに一人も花粉症の人がいないことに。
もしかして、この世界には花粉症の人はいないのだろうか。
杉はよく見かけるけど、一体どうなっているのだろう。
そんな風に花粉症について考えているうちに、馬車が王立植物園に着いた。
王立植物園は、王都の中心にある。
広大な敷地の中には最新の技術が駆使された複数の温室が存在し、中では様々な植物が栽培されている。
研究施設としての側面が強く、植物学者や薬学研究者、医師、農業技術者などが研究を行うための研究室や実験施設、植物に関する文献や図鑑が豊富に収蔵された図書館などが備わっている。
一般公開エリアとして一般市民も見学できる庭園があるのだが、何しろ奥の方にあるため、あまり利用する人はいないようだ。
とにかく敷地が広いので、買い物や散歩のついでにふらりと寄る、という感じの場所ではないのだ。
そうだ、王立植物園の庭園に行こう! と決めて途中まで馬車で行くという、なかなかの気合を必要とする場所だった。
そんな広大な敷地を馬車で進み、一般公開エリアである庭園の前で馬車から降りる。
リチャードが料理長から渡されたピクニックバスケットを持ってくれているので、私は水筒と使い捨ての紙皿や紙コップの入っている鞄を持つ。
これもリチャードが持とうとしたのだが、全部を持たせて手ぶらで歩くなんて申し訳なくてできない。
(それに、そんなの何だか悪役令嬢っぽいもんね。何がきっかけで悪役令嬢に転身してしまうかわからないんだもの、できるだけ用心しなくては。油断大敵よね)
そんな風に思いつつ、庭園の奥を目指して歩く。
ビアンカ様の話によると、庭園の奥にはテーブルとベンチが備わった小さいガゼボがたくさんあり、訪れた人はそこで持参したお弁当などを食べるのだそうだ。
ビアンカ様の家は代々医者や薬学の研究者を多く輩出している家系なので、王立植物園は小さい頃から何度も訪れていたとのこと。
一番お薦めなのは庭園の東側エリアで、ここには特に桜の木が多く植えられているそうだ。
「それにしてもお嬢様。このバスケット、妙に重いですけど、何が入ってるんですか?」
「料理長に頼んで作ってもらったお菓子よ」
「料理長特製のお菓子ですか、それは楽しみだなあ」
「私も楽しみ!」
料理長からバスケットを渡されたとき、『何が入っているかは食べる時までのお楽しみですよ』と言われたのだ。
せっかくだから、料理長のサプライズを楽しもうと、まだ中身を見ていないのだ。
「うわあ、なんて綺麗なの!」
庭園の東側に着くと、見渡す限りの満開の桜の木が目に入った。
折り重なる枝に無数の花が咲き誇り、微かに風が吹くたびに花びらが舞う。
どこからか集まってきた鳥たちのさえずりも聞こえ、まるで春の夢のような光景が広がっていた。
隣のリチャードを見ると、桜ではなく、何故か私を見て微笑んでいた。
私ではなく桜を見なさいよと言うと、真顔で『桜を見るお嬢様が見たいんです』などと不思議なことを言う。
幸いなことに、あまり人気が無く、私たちはすぐに可愛らしい水色に塗られたガゼボの一つに場所を取ることができた。
そして、持ってきたお菓子を食べようとバスケットを開けた。
「…………!?」
バスケットの中に入っていたものを見て、私は動揺のあまり息が止まりそうになった。
料理長が持たせてくれたバスケットの中には、ありえない大きさのお花見団子が入っていたのだ!
なんと、一つ一つの団子の大きさが、グレープフルーツくらいの大きさだった。
それが、30センチくらいの細い木の棒に刺さっている。
(たしかに、私が描いた絵と同じだけど……! 大きさまで絵と同じだなんて……!)
そうなのだ。
料理長は、私の注文に応えようと頑張ってくれたのだと思う。
その結果、私がスケッチブックに描いたのと、全く同じ大きさのお花見団子を作り上げてしまった。
多分だが、日本人ならこんな大きさの物は作らないのではないだろうか。
『団子』という概念がなかった料理長だからこそ、この巨大なお花見団子が出来上がったのだと思う。
(ちょっとちょっとちょっと、これ、何でできてるの?)
そうなると気になるのは、これの材料だ。
上新粉や白玉粉ではないだろう。では、一体何でできているのか。
リチャードもかなり困惑しているようで、怯えたような目つきで団子を見つめている。
「お、お嬢様、これは一体……?」
「え、えっとね、東方の国ではお花見の時にこういうお菓子を食べるって聞いたから、料理長にお願いして作ってもらったんだけど」
無理だと思ったから、お花見団子のことはすっかり諦めていた。
なので、てっきり、クッキーとかマドレーヌとか、そう言った焼き菓子を作ってくれたのだとばかり思っていたのに。
(まさかのお花見団子!)
とにかく食べてみようと、先端のピンクの団子を串から離し、持参した紙皿に乗せる。
いくらなんでもこの大きさの団子を全て食べきれるわけがないので、とりあえず食べれるだけ食べよう。
持ってきたナイフで、団子を縦半分に割る。
(うわあ、なにこれ、すっごい美味しそう!)
団子というかボールのように見えるそれは、表面は鮮やかなピンクのバタークリームで覆われていて、本体はスポンジケーキでできていた。
中心には真っ赤に熟したイチゴの果肉が入ったとろりとしたイチゴジャムと、生クリームより硬めのクロテッドクリームが入っていた。
「これは……美味しそうですね。俺はこのクリームが大好きで、スコーンにはいつも多めに添えてもらっているんですよ」
そういえば、料理長はリチャードが好きなお菓子も作るって張り切ってたっけ。
帰ったら料理長に、リチャードがとても喜んでいたと伝えよう。
そのピンク団子の味は、控えめに言って最高だった!
外側にコーティングされているピンクのバタークリームにもイチゴが入っているらしく、ふわりとイチゴの香りがする。
ごろっとしたイチゴの果肉と甘さ控えめのクロテッドクリームが、しっかりとした硬さのスポンジとよく合う。
見た目は奇妙なピンク玉だが、味は繊細なショートケーキのようだ。
こうなると、他の団子に対しても期待が高まってくる。
3つ全部を食べ切るのは難しいので、とりあえず全て半分ずつ食べてみよう。
真ん中の白い団子は、外側がホワイトチョコレートでコーティングされていて、スポンジの中身はブルーベリーのジャムとクリームチーズだった。ジャムもクリームチーズもほんのりとした酸味があり、ピンク玉の後でも飽きずに食べられる味だった。
そして最後の緑色の団子は、ピスタチオで緑色に色づけたバタークリームで覆われていた。
スポンジの中身は刻んだアーモンドとガナッシュで、少しだけコアントローが使われているようでほんのりとオレンジの香りがした。私はこれが一番気に入った。
バスケットを開けた時は、「違うそうじゃない感」が凄まじかったが、こうして全てを味わってみると、至福の一言に尽きる。
(全部美味しい! 料理長、本当にありがとう!)
どっちがフォークナー伯爵家の方角かわからなかったので、とりあえず脳内に想い浮かべた料理長に手を合わせてお礼を言った。




