55 ちょっとした仕返しです
結局、いつから薬を盛られていたのか、何故私が狙われたのかは、わからないままだ。
捕らえられた給仕の女性はフォートラン出身で、アルドラやロルバーンとの関わりは一切見出せなかったし、何故私のグラスに薬を入れたのか問い質しても、「知らない、そんなことはしていない」の一点張りだった。
なので、全てが謎に包まれたままだった。
でもまあ、とりあえず、全快したので登校することにしたのだが。
朝、学院に着き、リチャードにエスコートされつつ馬車を降りると。
あろうことか、王太子殿下が笑顔で歩み寄ってきた。
リチャードと二人で、慌てて礼をとる。
「おはよう。二人とも」
「おはようございます。王太子殿下」
「おはようございます」
「王太子殿下か……その呼び方はどうも堅苦しくていけないね。レオンと呼んで欲しいな」
「「は?」」
思わず聞き返した声が、リチャードと綺麗にハモった。
いきなり何を言い出だすのだ、この王子様は。
「ハイジの親しい友達なんだから、僕にとっても親しい友人と同じだよ」
いやいやいや、そんなはずないだろう。
なに、その『友達の友達は皆友達だ』みたいな理屈。
「だから、レオンと名前で呼んで欲しい。その代わり、君のことも名前で呼んでもいいかな?」
「承知しました、レオン殿下。私のこともリチャードとお呼び下さい」
「え? あ、ああ。わかった。ではこれからはリチャードと呼ばせてもらうよ」
リチャードが、横から凄いスピードで会話に割って入ってきた。
ものすごい作り笑顔だ。
美形のリチャードの作り笑顔はかなりの迫力があるので、殿下も圧倒されているようだ。
「ええと、フォークナー伯爵令嬢。君も、レオンと呼んでくれると嬉しいな。その代わり、私もエリザベスと呼ばせてもらうよ」
「はい、レオン殿下」
「ところで、体調はどうだい? 良くなっているという報告は受けているが、本当に大丈夫なの?」
「はい。もうすっかり元気になりました。お気遣いありがとうございます」
「それなら良かった。これからは、警備をもっと増やすようにする。今回は本当に申し訳なかった」
「えっ? そんな! 頭をお上げ下さい!」
(ちょっと、こんな目立つところで謝罪とか止めて! 皆こっち見てるじゃない!)
慌ててそう言うと、レオン殿下は済まなそうな顔のまま、姿勢を直した。
「無理な願いだと承知で頼みたい。これからもどうか、ハイジのそばにいてもらえないだろうか」
「もちろんです。私とハイジ様はもう、仲良しなのですよ?」
そう言いつつ、胸元のドングリリスのブローチを指差すと、殿下はほっとした顔で頷いた。
その後、殿下はにこやかに去っていったのだが。
背後に立つリチャードを振り返ると、ものすごい冷ややかな目で私を見ていた。
「ななな何よ、その顔、なんでそんな怖い顔してるのよ!」
リチャードはわざとらしく大きなため息をついた。
「あんな目に遭ったのに、まだ『守り隊』を続けるおつもりですか」
「ええ。だって、ハイジ様は大切なお友達だし。マーガレット様と約束したんだもの。協力するって」
「お嬢様、あなたと言う人は……まったくもう」
呆れたような言い方だが、その声の響きは優しい。
「仕方がないですね……はっ! お嬢様、急いで走って下さい!」
突然リチャードが、私の手を取って走り出した。
「何? どうしたのリチャード!?」
「あいうえお作文の手紙をこれ以上貰いたくないなら、全力で走って下さい!」
王太子殿下の次はギルバート殿下ですって?
朝から王子二連発は止めて欲しい!
※※※
教室に駆け込むと、守り隊の皆が寄ってきた。
「エリザベス様! もうお体は大丈夫なのですか?」
「皆様、ご心配おかけして申し訳ありませんでした。お陰様でもうすっかり元気になりました! 休んでいる間、ノートを取っていただいて本当に助かりました。ありがとうございます」
皆、ホッとしたような顔になった。
どうやら、かなり心配されていたようだ。
「あ、あの、私、その……ごめんなさい」
ハイジ様が、か細い声で話しかけてきた。
「まあ、何故ハイジ様が謝るのですか? 私の方こそ、ご心配をおかけして申し訳ありません。もう大丈夫ですので、また仲良くしてくださいね!」
そう言うと、ハイジ様は真っ赤な顔でコクコクと頷いた。相変わらず小さくて可愛らしいな!
そんな風に久々の友達とのお喋りを楽しんでいたら、我らが担任セオドア・ブルック先生が教室に入って来た。
皆、慌てて席に着く。
「はい、皆、静かに。エリザベス・フォークナー。3日ぶりだね。具合はどうだ?」
「お陰様で、すっかり良くなりました」
「そうか。でもあまり無理をしないようにね」
(え? 今日はツンデレじゃない?)
「倒れたりしたら担任の僕が大変になるんだからね。迷惑かけないようにしてよ」
(……今日はデレツンだったか)
その後、ブルック先生は、前回の授業の内容をさり気なくもう一度繰り返しつつ、授業を進めていった。
間違いなく、休んでいた私に対する配慮だろう。
この人のこういうところは、本当に面倒見が良いなと感心させられる。
そして、昼食の時間になった。
食堂をざっと見渡すと、明らかに以前より警備員が増えている。
学生達に威圧感を与えないように、警備員の制服ではなく私服を着用しているが、目付きの鋭さでなんとなくわかる。
「私達に飲み物を給仕してくれるのは、これからは王宮から派遣された者だけになる予定です」
マーガレット様が言う。
今日も今日とて、制服を汚しにくいメニューを選び、席に着く。
給仕がさっと寄ってきて、レモンのスライスが浮かべられた水のグラスを置いた。
まだ何も言ってないのに。
見ると、守り隊のメンバー全員の前に同じようにグラスが置かれている。
『忘却の蜜』を警戒してのことだろう。
これからは、問答無用で全員がレモン入りの水を飲むことになったらしい。
なんだかな。
食べたいものを食べられず、飲みたいものも飲めないなんて、こんな世の中じゃPOISON……ってなんだっけこれ、不意に頭に浮かんできたけど。
まだ頭の中が混乱しているのだろうか。
食事の後は、学院の中庭のベンチに座って、皆でお喋りをする。
ここ最近は、こうするのが定番になっていた。
「そうそう、今度、王宮で『わんわんサーカス』を招くことになったそうですよ。ね、ハイジ様」
マーガレット様がそう言うと、ハイジ様は嬉しそうにこくんと頷いた。
詳しく聞くと、ロルバーンに残して来た飼い犬のカールを思い出して泣いているハイジ様の為に、王太子殿下が手配したらしい。
「良かったですね、ハイジ様」
そう言うと、またもやハイジ様は嬉しそうに頷いた。
「あのね、良かったら、皆も一緒にどうかってレオンお兄様が……」
最近のハイジ様はかなり口数が多くなった。
「わあ、本当ですか? 嬉しいです!」
「王宮に行くのはデビュタント以来ですわ!」
「何を着ていこうかしら!」
チューリップトリオが嬉しそうに返事をする。
リチャードはなんとなく不満そうだったが、私が顔を覗き込むと、「何でもありません」と答えた。
ふと見ると、すぐそばをブルック先生が通るのが見えた。
「ブルック先生ー!」
そうだ、今日の授業で配慮してくれたお礼を言おう、と手を振りながら呼ぶと、先生は眉を顰めながら近寄ってきた。
「何? 淑女が大声ではしたない。こんなところで油を売ってる暇があったら本でも読んだらどうだ、エリザベス・フォークナー。ただでさえ君は、アルドラの特産品を梨だと言うほど一般常識に疎いんだからね」
いきなりツンデレ全開か。
いや、これは全くデレてないので、ただただ憎らしいだけだ。
「……ハイジ様、王宮に、ブルック先生も招待してもらっていいですか?」
「一体、何の話だ、エリザベス・フォークナー。王宮で何かあるのか?」
「ええ、『わんわんサーカス』を呼ぶそうなので、ブルック先生も一緒にどうかと」
「断る! 君は悪魔か! エリザベス・フォークナー!」
慌てて走り去るブルック先生の背中を見送っていると、リチャードが呆れたような声で言った。
「ブルック先生は犬が苦手なのかな。それにしても、駄目ですよ、お嬢様。ブルック先生をからかうなんて」
それを聞いたハイジ様が、ぼそりと呟いた。
「……カールなら、可愛いからきっと先生も大丈夫だと思う」
「そうですね、私もそう思います。ハイジ様、今度カールくんの絵をブルック先生に差し上げましょう」
「……わかった」
こくんと頷いたハイジ様だったが。
次の日、本当にそれを実行して、ブルック先生を泣かせたのだった。




