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54 我が愛しのウォルター様 後編

★今回もマーガレット視点です。

「どうして貴方が行かなくてはならないのですか!」


「その方が王家の為になるんだよ。ひいてはこの国の為にもなる。もちろん僕自身の為にもね」


フォートラン国内には、ロルバーンよりもアルドラに近しい貴族が、一定数存在する。

いくら王の姪で、同盟国の公女とは言え、アルドラを敵に回してまで公女を保護するのはいかがなものか。国益を損なうのではないか。フォートランはこの婚姻問題を静観すべきではないか。


王家のやり方を批判する者が現れることは目に見えている。

だからこそ、彼らを黙らせるために、()()()()()()()()ことによって王家の覚悟を示すのだ。

王家はここまでの覚悟を持って公女を守るつもりであると。


それは、同時に、アルドラに対しても牽制になる。

公女か公爵家嫡男のどちらかに何かがあった場合、アルドラはフォートランとロルバーンの二国を敵に回すことになる。それでも良いのか、と。

アルドラとしては、そこまでして公女を手に入れようとは思わないだろう。


聞けば、これはウォルター様自らが王に進言したことであるそうだ。


「だとしても。どうして()()()()()()そんな……私は嫌です!」


いつかの園遊会のことを思い出しながら、私は唇を噛みしめウォルター様を睨みつけた。

あんな風に。ウォルター様だけが嫌な目に遭うなんて。

おかしい。絶対に嫌だ。そんなことしなくても、公女は守られるのに。


たしかに、ウォルター様が人質に行かなくても、フォートランは公女を守るだろう。

でも、ウォルター様が人質としてロルバーンに行けば。

王家は国内での面目を保てるし、公女の身の安全もより確かなものとなる。

ひいては、三国の間での戦争も回避できるようになるだろう。

いいことずくめだ。


でも、ウォルター様が。ウォルター様だけが貧乏くじを引くことになるではないか!




「ねえ、マーガレット。僕は将来、この国を動かす人間になる予定なんだけどね。ああ、王になるつもりはないよ。多分、君の父上のように宰相になると思うんだけど」


突然、何を言い出すのだろう。


「その時はね、君と一緒にやろうと思ってるんだ。君は僕が思いも寄らないことを考えつくし、行動力が凄まじいからね。ねぇ、マーガレット。国を動かすのって、とても楽しそうだと思わないかい? 少なくとも、チェスなんかよりはずっとスリリングで面白いと思うよ」


国政とチェスを一緒にするなと言おうとして、口を閉じた。

ウォルター様が目の前に跪いたからだ。


「だからね、マーガレット。どうか、ずっと僕の側に居て欲しい。僕と一緒に、色んな所を旅行したり、美味しいものを食べに行ったり、劇を見たり演奏を聴きに行ったり、国を動かしたり。たくさん、思い出に残るような楽しいことをしよう」


だから、国政とデートを一緒にするなと言おうとして、またもや口を閉じた。

ウォルター様が私の手を取って口づけたからだ。


()()()()()()()()()()。僕はこの国を、動かし易くて、豊かで安心して暮らせる平和な国にしたい。そのために、どうか僕がすることを応援して欲しいんだ」


ウォルター様は卑怯だ。

そんなことを言われたら、私が頷かないはずがないとわかっていて言うのだから。


――チェックメイト。

ああ、そうだ。

いつだって、私はウォルター様に勝てない。




渋々頷く私に、ウォルター様は笑顔で楽しそうに、自分が考えた策を話し出した。

もうすでに王や宰相(私の父)には進言済みであるそうだ。



アーデルハイド公女は、隙をついて攫われる恐れがある。

公女が攫われた後には、アルドラの後宮でよく使われている薬「忘却の蜜」を飲まされ、判断力を失ったところで結婚を了承するように誘導されるだろう。

それ以外にも、アルドラ側にしか解毒薬が無い珍しい毒薬を盛られる可能性もある。


学院では、マーガレットが中心となって公女を守って欲しい。

そのために、王都の近衛騎士団長の娘、アメリア・グラント伯爵令嬢、宮廷医トール子爵の娘、ビアンカ・トール子爵令嬢、敏腕外交官の娘、シャーロット・ベンティス子爵令嬢、それから王の相談役であり王妃の信頼を得ているフォークナー伯爵夫妻の孫娘、エリザベス・フォークナー伯爵令嬢、その従者で黒い狼と謳われるベルク伯爵の息子、リチャード・ベルク伯爵令息の5人を仲間に引き入れて欲しい。


「その5人を仲間に引き入れて、それからどう動くかは、マーガレットが考えてみて」

「あら、丸投げですか?」

「丸投げだなんてひどいな。令嬢達がどう動くかは、僕よりマーガレットの方がよくわかっていると思うんだよね。だからお願いするよ」


ウォルター様はそう言っていた。

同い年の、若干12歳の彼がここまでのことを考えたのだ。

私も、ウォルター様に負けないくらいに頑張らないと。そう思った。


――なのに、私は、失敗した。


お茶会でこの計画を打ち明け、皆に、仲間になってもらうように頼んだのだが。

その時の私のやり方は、ひどいものだった。

皆を試すために、騙すような真似をしたのだから。


そして、エリザベス様から、はっきりと拒絶された。


「マーガレット様は、私達を騙しました。お茶会だと言って私達を呼び出し、ビアンカ様に毒の入ったお茶を出し、シャーロット様とアメリア様を試すようなことをなさいました。そんな方を信用することはできません。少なくとも、私は、そんな簡単に人を騙すような方に、手を貸すことはできません」


あの時、私は、頭を思い切り殴られたような衝撃を受けた。

焦って「王命だ」と言うも、リチャード様からもきっぱりと拒絶されてしまった。


そして。

追い詰められた私は、床に膝を着き頭を下げ、涙を流しながら心から謝罪し、助力を請うた。


最初からそうすれば良かったのに。

人の心がよくわかっていない私は、まるでチェスの駒を動かすように、彼女達を動かそうとした。

断られて当然だった。

だが、エリザベス様は、「わかりました。私は、マーガレット様に協力します」と言ってくれた。

嬉しかった。有り難かった。

この恩は絶対に忘れないようにしようと思った。


なのに。

エリザベス様は、何者かに「忘却の蜜」を飲まされてしまった。

私が彼女を仲間に引き入れなかったら、多分彼女はこんな目に遭うことはなかったのだ。

そう思うと、申し訳無さで心が押しつぶされそうになった。 


そして、私は決意した。

今まで以上に警戒し、二度とエリザベス様を、いや、仲間をこんな目に遭わせることの無い様にするのだと。


幸い、エリザベス様は、トール子爵特製の解毒薬で完全に回復した。

気になる後遺症もないようで、本当に良かった。



私はデビュタントで初めて会ったあの日よりずっとずっと前からエリザベス様の名前を知っていた。

私の母は、学院時代、エリザベス様の母親であるマーガレット・バートン子爵夫人と仲の良い友達だったのだ。

学院時代は、かなり助けられたと聞かされている。

母はマーガレット様があまりにも好きすぎて、産まれた娘に『マーガレット』と名付けてしまった。

手紙でそれを知らされたマーガレット様は、照れつつも、とても喜んでいたそうだ。

そんな風に親子で縁のあるエリザベス様と、今では仲の良い友達になれて、本当に嬉しい。






ウォルター様に手紙の返事を書こうとしたが、書きたいことが多すぎて困ってしまった。

とりあえず、ロルバーン・ポテトの食べ過ぎに注意するように書かなければ。


ロルバーン・ポテトは、細長く切ったジャガイモに、小麦粉を薄くまぶしてから油で揚げて、塩をふった素朴な料理だ。

揚げたてはホクホクで、手が止まらない美味しさなのだ。

フォートランでもよく作られる料理だが、本場だとやはり美味しさが違うのだろうか。


そうだ。

手紙を書く前に、ママミューレのキャンディを買いに行かなくては。


ママミューレのキャンディは、ウォルター様のお気に入りの飴だ。

断面が白い花の模様になるように作られた、親指の爪くらいの大きさの小さくて可愛くて美味しい飴。


一度、二人して、お店に行ったことがある。

ママミューレの店では、店頭が硝子張りになっており、作業工程を見せてくれるのだ。


熱々の飴を何度も伸ばして畳んでを繰り返すうちに、表面がキラキラと光沢を放つようになる。

その光る飴を太い円柱のようにまとめ、左右から引っ張ると、真ん中がペンくらいの細さになる。

その細くなったところを、大きな包丁でトトトトッとリズミカルに、1センチ程の長さに切り落として行く。

そうして出来上がった飴の断面は、男の子の顔であったり、可愛らしい花であったり、ハートのマークだったり。


ウォルター様がお気に入りなのは、白い花びらで真ん中が黄色い、()()()()()()()()の飴だ。


私は知っている。

ウォルター様は、ほんのり檸檬の香りがするその飴を、何か嫌なことがあると必ず食べている。


「マーガレットの笑顔を思い出して、嫌なことを忘れるんだ」


そう言いながら、小さな飴をふっくらとした指先で摘み、せっせと口に運ぶウォルター様が私は本当に大好きだ。


飴が無くなりそうだということは、相当嫌なことがあった証拠だ。

たくさん送ってあげたいが、食べ過ぎは身体に良くない。

さて、どのくらい買おうかと思いながら、ママミューレの店に向かうべく、馬車に乗り込んだ。


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