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51 いつもと同じではありませんでした

カイルの妙に敵意の籠った、それでいて僅かな羨望も込められたような視線が、何故私に向けられているのか。

思い当たる理由が浮かばないまま、私とリチャードは再びマーガレット様達との会話に戻った。


(なんであんな目で私のことを見るんだろう……?)


気にはなったが、どんなに考えても答えは出そうにない。

ならば、今は、忘れてしまおう。

忘れて、今を楽しもう。

その後はもう、次は何を食べようかと考え、楽しいお喋りを楽しむばかりだった。






※※※






歓迎会の日の夜。

マーカスとマリーに、今日の歓迎会の様子を話す。

小さな子供が「今日ね、こんなことがあったんだ」と親に報告するように、楽しかったことを次々に伝えていく。


「歓迎会のフローラですか。懐かしいですね。マーガレット様の学院時代を思い出します」


マーカスが微笑みながら言った。

彼の言う「マーガレット様」は、私の母マーガレットのことだ。


「え? お母様もフローラだったの?」


「はい。あの代のフローラに選ばれたのは確か……ああ、そうそう、マーガレット様と現宰相夫人のキャロライン様。それから隣国から留学していたフランソワーズ王女の三人でしたね。あの学年は人数が少なかったので、フローラが3人だけだったのです。なので、名前を呼ぶのが大変だったとマーガレット様がこぼしておいででした」


驚いた。

母もフローラに選ばれていたとは。

記憶の中の母は、優しくて可愛らしい人ではあったがそれほど美女というわけではなかったのに。

雰囲気美人ていうところかな?

むしろ父の方が遥かに美しかった。

まあ、傾国と呼ばれる程の美貌だものね。


父はかつて隣国の王女をも虜にし、ついに攫われそうになるという大事件を引き起こした。

それが理由で、我が国と隣国ロトリアの間に不和が生じ、現在に至るまで続いている。

現王が王太子だった頃は側近として仕えていたが、その事件の後は表舞台に立つことなく、自領で静かな日々を送っている。


「そのフランソワーズ様という王女様が、お父様と因縁のある方?」


「はい。フランソワーズ様がヘンリー様を強引にロトリアに連れ帰ろうとなさったのです」


どんなに断ろうと諦めないフランソワーズ王女は、最終手段として、お父さまの誘拐を試みた。

だが、母が()()()()()、父は危機を免れたらしい。


「お母様は一体、何をしたの?」


「……それにつきましては、お嬢様がもう少し大人になった後に、伯爵夫人からご説明があると思いますよ……」


(え。なんで? っていうか、マリーはどうしてそんなに真っ赤になってるの?)


まさかの「子供には聞かせられない話」だったようだ。

こうなると、マーカスからはこれ以上の情報は得られそうもない。

マリーはどうやら詳細を知っているようなので、あとで聞いてみよう。


「お母様って、結構やんちゃだったのね」


「そうですね。お転婆で、明るくて、突然周りを驚かせるような事を言い出して」


「まあ、お嬢様そっくりですね」


マリーがくすくすと笑う。


「そうですね。ヘンリー様だけでなく、キャロライン様やご友人方からも大変慕われておいででしたよ」


私の記憶の中の母を思い出してみる。

たしかに、明るい人だったような。

でも、どうしてだろう、何故だかはっきりと思い出せない。

考えようとすると、頭に靄がかかったようにぼんやりとしてくる。


「さあ、お嬢様、そろそろお休みになってはいかがですか? 今日は大活躍なさってお疲れでしょう?」


マーカスが、気遣うように言う。

私はどうやら眠そうに見えるらしい。


「そうね。そろそろ寝るわね」


思い出せないことは、無理に思い出しても仕方がない。

今日のところはもう寝るとしよう。


ベッドに入ると、すぐに眠気がやってきた。

眠りに落ちる寸前、「春の女神の恵みがありますように」という優しい声を思い出した。


(……お母さま?)


そう言って抱きしめてくれた優しい腕と、おでこに落とされた口づけ。

穏やかで幸せに満ちたそのひと時を思い出しながら、私は眠りについた。





※※※





次の日。

昼食を摂ろうと、いつものメンバーで東棟の食堂に行く。


今日のメニューは、Aセットがポークソテー、Bセットがポテトグラタン、CセットがBLTサンドだった。


(ポークソテーは胃に重いし、BLTサンドはこぼしたら危ない……! ポテトグラタンなら、もし制服に付いてもそんなに目立たないだろうから、今日はBセットにしようかな……)


それにしても、いい加減、制服を汚すかどうかでメニューを選ぶのは嫌になってきた。

もっと自由に、食べたいものを選びたい。

だが、この真っ白なショートケープを汚すことを考えると、どうしても尻込みしてしまう。


何か打つ手はないものか。

そうだ、赤ちゃんのスタイ(よだれかけ)みたいなのをつければいいのでは?

でも、それだと面積が小さくてカバーできる範囲が狭いな。

前世の焼肉屋とかカレーうどん屋にあった紙のアレくらいの大きさじゃないと。

でも、そんなに大きなアレをつけてまでがっつり食べようとしてる令嬢ってどうなのかな。

本当に貴族令嬢って面倒だな。


「……エリザベス様?」


ハイジ様が不安そうに声をかけてきた。


「どうかされたのですか? その、とても悲しそうなお顔だったので……」


まずい。どうやら深刻な表情になってしまっていたようだ。

ハイジ様を無駄に心配させてしまった。


「あ、いえ。どれを選ぶか迷っていただけなのですよ。ご心配おかけして申し訳ありません」


「そうですか。それなら良かったです」


ハイジ様が安心したように微笑んだ。

ハイジ様は最近、私達との会話が増えてきた。

人見知りらしく、まだまだ私達以外の生徒とはほとんど話すことはないが。

まあ、それくらい警戒しておくほうがいいのだろうけど。


Bセットのトレイを持って、空いているテーブルに向かう。

飲み物は、いつも通り水にした。


「いただきます」


食事を始め、皆でわいわいと他愛もない会話をする。

いつもと何ら変わらない昼食。

今日も平和でなによりだ。

ハイジ様とビアンカ様もグラタンにしたようだ。

ビアンカ様の毒見が済むと、ハイジ様がスプーンを手にして食べ始めた。


ポテトグラタンは熱々で、猫舌の私はいつもよりお水を飲むペースが早くなった。 

グラスが空になったので、近くを通る給仕の女性を呼び止め、新しく水の入ったグラスをもらう。


その後のことだった。


「……エリザベス様。失礼致します」


突然、右隣に座っていたビアンカ様が、自分の紅茶に添えられていたレモンの輪切りをスプーンで掬い上げると、私のグラスに入れた。

皆、ビアンカ様の突然の行動に驚き、食べる手を止めた。


「……これは……」


驚くべきことに、私のグラスの中の水がほんのりと赤く染まっていた。


次の瞬間、アメリア様が素早く立ち上がり、給仕の女性の腕をつかんだ。

すぐにリチャードも加勢し、二人から拘束された女性は、黙って震えている。

マーガレット様がハイジ様を守るように前に立ち、シャーロット様が警備員を呼びに行く。


その一連の出来事を、私はただ、ぼんやりと見つめているだけだった。


やがて警備員が来て給仕を連れて行った。

大声を出して騒いだ訳では無いのに、周囲はすでに異変に気付いており、少し離れたところから遠巻きにこちらを眺めている。


(……何が起きたの?)


心臓があり得ない速さで動いている。呼吸が苦しい。手足が冷たくなっていく。


(……私のグラスに、何か入っていた?)


そう。ただの水ならば、レモンを入れたからといって赤く染まることはない。

だが、目の前の水は先程よりもはっきりと赤くなっているのがわかる。

透明なはずの水が赤く染まっている。

それが意味することはすなわち――


(……誰かがこの中に……毒を……?)


ひゅっと血の気が引くような感覚があり、手足の力が抜けていく。


「お嬢様っ!!」


リチャードの叫ぶ声が、妙に遠くから聞こえ、目の前が暗くなる。

そして、私は、意識を手放した。

マーカスの「子供には聞かせられない話」が気になる方は、短編の


絶体絶命! 隣国の王女に攫われた傾国の美男は、白馬に乗った令嬢に救出される


を読んでみてください。



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