50 新入生歓迎会 ⑤
「春の女神よ、どうか私にも、春の女神の恵みを分けて下さいませんか」
いきなり王太子殿下にそう請われ、思考停止に陥っていた私に、マーガレット様がそっと小声で耳打ちしてくれた。
「エリザベス様、殿下のお名前を呼んで差し上げて」
(名前を……? 何で突然?)
何がなんだかわからないままだが、とりあえず言われた通り、殿下の名前を呼ぶことにした。
「えっと、レオン王太子殿下……?」
「ありがたき幸せ」
王太子がにこやかに微笑み、優雅に礼をとる。
一体どういうことだと不思議に思いつつ、とりあえずこちらも淑女の礼を返しておく。
その時、王太子殿下の制服の襟に、ドングリリスのブローチが付いているのが見えた。
――同志!!
「それでは、ハイジ、皆さん、引き続き歓迎会を楽しんでくれたまえ」
王太子殿下がそう言って爽やかに去っていったあと、すぐにマーガレット様が、今のやりとりについて説明してくれた。
フローラに選ばれた女子生徒から名前を呼んでもらうと、「春の女神の恵み」、すなわち「何か良いことが起こる」と言うジンクスがあるのだそうだ。
この国では春の女神フローラを讃える祭がある。
祭では、「何か良いことがありますように」という気持ちを込めて、「春の女神の恵みがありますように」と祈るのだ。
学院でのこの風習は、それにちなんだものなのだとか。知らなかった。
どうして誰も教えてくれなかったのかと聞いたら、「あら? ちゃんと説明したではありませんか」とマーガレット様に不思議そうに言われてしまった。
おかしいな。
そういえばなんだか最近、いつも眠いし頭がぼんやりすることが多い。
まだ学院生活に慣れてないせいなのか、春だからなのか。
まあ、両方かもしれない。
そんなことを考えていたら、背後から声を掛けられた。
「あの、エリザベス嬢」
「はい?」
「僕は同じクラスのチャールズ・ウィラーと言います。良かったら、春の女神の恵みを分けて頂けませんか?」
「えっと、名前を呼べばいいんですよね? チャールズ様」
「……! ありがとうございます!」
「えっと、私はキャロライン・スコットと申します。私にも春の女神の恵みを頂けますか?」
「もちろんです、キャロライン様」
「ありがとうございます!」
こんな調子で次から次へと生徒達が押し寄せて来る。
いや、ちょっと待って。なんでこんなに忙しいのだ!
これじゃあ、ゆっくりスイーツが食べられない!
「お嬢様、これをどうぞ」
なかなか食べ物にありつけない私を気の毒に思ったらしく、リチャードがお皿にいくつかケーキを取ってきてくれた。
しかも、私が好きそうなケーキばかり!
なんて気が利くんだ! さすがリチャード!
名前を呼んでもらいたがる生徒の列がほんのちょっとだけ途切れた隙に、リチャードが持ってきてくれたケーキを頬張る。
「お、美味しい……!」
さすが王宮のパティシエが作っただけのことはある。
食べるのが勿体ないくらい美しい見た目な上に、舌がとろけるくらい美味しい。
思わず目を閉じ、フォークを握りしめてしまう。
夢中で食べていたので気づくのが遅れたが、よく見るとリチャードは何も食べておらず、私を笑顔で見ているだけだった。
(あれ、何でリチャードは食べてないのかな?)
自分のことはそっちのけで私の分を持ってきてくれたのかもしれない。
何だか申し訳ない。
こんなに美味しいケーキなんだもの、リチャードにも是非味わってほしい。
――よし!
「リチャードも食べて。はい」
あーん、と言いながら、リチャードの口元へフォークに刺したケーキを持っていく。
「え? お、お嬢様?」
「とっても美味しいから! リチャードも食べて食べて。ほら、口開けて!」
「は、はい」
何故だか頬を染め、若干震えながら口を開けたリチャードが、ケーキを口に入れる。
「……美味しいです……」
「ね! 王宮のパティシエって本当にすごいわよね! あ、これも美味しかったから食べてみて! はい、どうぞ」
そうやって、リチャードにケーキを差し出しつつ、自分でもパクパクと食べていたのだが。
ふと気づくと、周りの皆が、何故か動きを止めてこちらを凝視していた。
(ま、まずい! ちょっと行儀悪かったかな……?)
不思議とその後は、私とリチャードのそばに寄ってくる人が激減した。
理由はよくわからないが、落ち着いてスイーツを堪能できるので良しとする。
良く見るとスイーツの他にも、サンドイッチやキッシュなどセイボリーもある。
パスタ、サラダなども色々と種類があるようだ。
キュウリのサンドイッチが食べたくなり、セイボリーが置いてあるテーブルに移動する。
こちらには、甘いものがそれほど好きではない男子生徒が多く集まっているようだ。
「私もどちらかというと甘い物よりこっちが好みかもしれません。鍛錬の後は特に塩気のあるものを飲んだり食べたりしたくなるんですよ」
「ああ、汗をかくと体の中の塩分が失われますからね」
「そうなのですか? ビアンカ様は物知りですのね。あ、これは最近王都で話題になっているミニバーガーですわね」
「うふふ、シャーロット様は相変わらず王都の流行りに詳しいのですね」
チューリップトリオとマーガレット様も、こちらのテーブルにやって来たようだ。
ハイジ様とクラウス様は、王宮のパティシエの作り立てクレープを食べているので、一緒にいなくても大丈夫だと判断したらしい。
「アメリア様、ビアンカ様、シャーロット様、マーガレット様!」
名前を呼びながら手を振ると、チューリップトリオとマーガレット様が嬉しそうに近寄って来た。
「うふふ、春の女神の恵みをありがとうございます」
「フローラというお役目が、こんなに大変だなんてびっくりですよ」
「あら? ちゃんと説明したではありませんか」
「え? そうでしたっけ?」
記憶を必死に辿ってみる。
確かに、そんなことを言われたような。でも、ぼんやりとしか思い出せない。
いやはや、情けない。もっとしっかりしないと。
「お嬢様、もしかして、体調を崩されているのですか?」
「え? そんなことないわよ。どうしてそんなこと聞くの?」
「ここのところ、だるそうにしてらっしゃることが増えましたので」
「え? そうかな……うん、確かにそうかも。最近、なんだか頭がぼーっとすることが多くて。あと、いつも眠いのよね。疲れてるのかも」
「夜はしっかり眠れてますか? 一度医者に診てもらった方がいいのでは?」
リチャードはいつも側にいるからか、私の体調の変化に敏感だ。
本当にありがたい従者だ。私にはもったいないな。
「ありがとう、リチャード。大丈夫よ、夜はしっかり眠れているわ」
「無理をしないようにしてくださいね」
「わかったわ。気を付ける。でも、食欲もあるから大丈夫よ!」
そう言いつつ、お皿に美味しそうなキュウリのサンドイッチを乗せる。
(隣にあるほうれん草とベーコンのキッシュも美味しそう。前世では貧血でふらつくことが多かったから、よくほうれん草を食べて鉄分を摂るようにしてたっけ。よし、これも食べておこう)
ふと横を見ると、リチャードが眉を顰めてどこかを見ている。
気になって視線の先を追うと、キャサリンとギルバート殿下、カイルの三人が、お喋りしながら皿に取ったスイーツを食べていた。
いや、よく見ると、会話しているのはキャサリンとギルバート殿下だけで、カイルはただ微笑みを顔に貼り付けて、黙ってその場にいるだけだった。
「リチャード……? どうしたの?」
「いや、なんでもないです」
「なんか怖い顔してたわよ」
「……いえ、あの留学生のカイルとかいう奴が、お嬢様を見ていたような気がして」
「私を?」
そんな話をしながら見ていたせいだろうか。
こちらを見たカイルと目が合った。
カイルはわずかに視線を彷徨わせた後、再びしっかりと視線を合わせてきた。
その顔には見覚えがある。
そう、この表情は――あの小説の中のカイルが、アルファードの政略結婚の相手である隣国の王女を見る時の目だ!!
(ちょっと、止めて! なんでそんな目でこっち見るの!? 怖い怖い怖い!)




