5 キャサリン、参上!
「今、応接室でマーカスさんが応対されていますが……お嬢様、どうされます?」
「どうって?」
「お会いになるのですか?」
「……会わないわけにはいかないでしょう」
覚悟を決めて、マリーと応接室に向かう。
本音を言うと、逃げ出したい。会いたくない。
でも、ここで逃げても義妹はどこまでも追ってくると思う。
一度は会って話をしないと、どんどん義妹の行動がエスカレートしていきそうで恐ろしい。
そして、応接室の扉が開くと、中には――とんでもない美少女がいた。
腰まで伸びる真っ直ぐで艶やかな黒髪。
涙を湛え輝く黒曜石の瞳。
肌の色は透けるように白く、唇は真っ赤な苺のよう。
驚いた。
義妹――キャサリンは、私にとてもよく似ていた。
髪質や顔の造りは、ほぼ同じ。
違うのは、その色彩のみ。まるで色違いで作られたお人形のよう。
(ああ、私達は本当に血の繋がった異母姉妹なんだ)
生まれた日が2ヶ月しか変わらない私の妹。
心のどこかで、彼女は本当は父の子ではないのではと思っていた。
だからずっと、連れ子、義妹と呼んできた。
だが、彼女は紛れもなく父の子だ。
だって、父と私と彼女は、怖いくらいにそっくりなのだから。
「お姉さま……。どうして私の手紙を無視するの? どうしてお返事を下さらなかったの?」
キャサリンが、目に涙をいっぱいに溜めて言った。
「私は、ずっとずっとお姉さまにお会いしたかった。バートン家のお屋敷に来る前に、お父さまから『お前には姉がいる』と言われて、私は嬉しくて嬉しくて。お姉さまに会いたくて会いたくて。会える日を本当に楽しみにしていたのに……」
震える声でそう言うキャサリンに、私は何も答えられなかった。
「ごめんなさい……私にはお姉さまを責める資格なんてないのに」
「キャサリン……」
「そうよね、お姉さまにとって私は憎い愛人の娘。会いたくないのは当然よ」
「そんな……」
そして、キャサリンは、一度唇をキュッと噛みしめてから、覚悟を決めたかのように話し出した。
「お姉さま、信じてもらえないかもしれないけど……本当のことをお話します。お父さまは何もわるくないの。私の母に騙されただけ」
その後、キャサリンが語ったことは、信じがたいことだった。
――キャサリンの母親、アシュトン男爵令嬢ドロシーは、夜会で出会った美しいバートン子爵に一目惚れした。
思いを募らせたドロシーは、妻がひどい悪阻のため夜会に一人で参加していたバートン子爵に幻覚剤を盛り休憩室に連れ込み、彼の妻の振りをして思いを遂げる。
しばらくして、娘が身籠ったことを知ったドロシーの父は驚き、お腹の子の父親の名前を問い詰めるが、ドロシーは、決して名を明かさなかった。
その後、生まれた娘キャサリンと共にアシュトン男爵のお屋敷で暮らしていたが、キャサリンが8歳の時にアシュトン男爵が亡くなる。
今後どうやって生きていくか思い悩んだ末、ドロシーは、バートン子爵に真実を明かし、どうかキャサリンを引き取って欲しいと願った――
「お父さまは知らなかったの。私のこと。お父さまの奥様……お姉さまのお母さまが亡くなった後に、私の母から娘がいると聞いて、本当に驚かれたそうよ。そして、騙されてできた子供とはいえ、自分の娘がいるのなら、是非とも引き取りたいと仰ったの。お父さまは本当にお優しい方……私なんて、生まれてきてはいけなかった娘なのに……」
キャサリンは、組んだ手を口元に寄せ、ポロポロと涙をこぼしながら唇を震わせる。
そして、上目遣いで言った。
「お姉さま、ずっとずっとお会いしたかった……」
周りを見ると、マーカスは涙ぐんでいるし、マリーにいたってはハンカチでしきりに涙をぬぐい始めた。
(こ、これは……! 間違いない……さすが私の妹……!)
私は確信した。
自分の容姿を最大限に生かしたこの仕草、最高のタイミングで涙を零す演出。
――キャサリンは、全てを計算しつくしている!!
ならば、私も負けてはいられない。
「ああ、キャサリン。生まれてきてはいけなかっただなんて……そんな悲しいこと言わないでちょうだい。あなたは私の大切な妹なのよ」
キャサリンの手を取り、潤んだ瞳で見つめながら言う。
「お手紙を無視してごめんなさいね。私……怖かったの。あなたに会うのが。あなたが私のことをどう思っているか知るのが怖かったの」
「お姉さま……」
「会えて嬉しいわ。キャサリン……会いに来てくれて、本当にありがとう……」
「……! お姉さま!」
そして二人で、抱き合って涙を流す。完璧。
マーカスは両手で顔を覆って泣いているし、マリーにいたっては大号泣だ。
そろそろ、良い頃合いだろう。
異父姉妹の感動の対面の後は、本日のメインイベント「状況報告大会」だ。
※※※
その後。すっかりキャサリンへの警戒を解いたマーカスは席を外し、私とキャサリン、お茶を用意するマリーだけが応接室に残った。
「さてと。では本題に入りましょうか」
私が話を切り出すと、キャサリンが警戒するようにマリーの方を見た。
「彼女はメイドのマリー。信用できるから大丈夫。彼女も前世は日本人よ」
「彼女も、ということは、やっぱりお姉さまもそうなのね」
「ええ」
「やっぱりね」
「……キャサリン、あなたに聞きたいことがたくさんあるの。正直に答えてちょうだい」
私はできるだけ真面目な顔を作り、嘘は許さない、という意思表示をした。
そして、まず、一番に知りたいことを聞いてみた。
「どうしてあいうえお作文?」
「え?……一番最初の質問がそれ?」
「お嬢様……」
二人が私を残念な子を見るような目で見てくる。失礼な。
「お姉さまがバートン子爵家にいたときの家庭教師のハミルトン夫人がね、今は私の家庭教師なんだけど、『エリザベスお嬢様はとても優秀な方で、ユーモアもおありでした』ってよく言うのよ。だからね、ただ手紙を送るだけじゃ興味を引けないかと思って。まあ、結果的にお姉さまに喜んでもらえたみたいで良かった」
「喜んでないけどね。ただひたすら怖かった」
「噓でしょう? 面白くなかった?」
「……お二人は本当によく似た姉妹ですね……」
マリーが私とキャサリンの前にお茶のカップを置く。
湯気とともに立ち上る蜂蜜の香り。なんだかほっとする。
その後、私とキャサリン、それからマリーはお互いのことを詳しく話した。
キャサリンは前世日本人で、女子高生だった。
そして、あのつまらない小説を読んだことがあるそうだ。
タイトルが何だったか聞いてみたが、『つまらない小説すぎてタイトルなんて覚えていない』そうだ。
妹よ、お前もか。
そしてなんと、マリーがヒロインのあの小説「囚われの天使」も読んだことがあるとのこと。
「自分の前世を思い出したのは、バートン子爵家に着いて玄関ホールに飾ってあった、マーガレット夫人とお姉さまの肖像画を見たときなの。あ、そうそう、あの絵、うちの母親がすぐに使用人に言って捨てさせたんだけど、私がこっそり拾って隠してあるから。欲しかったらいつでも言って」
小説の中の継母と義妹は本当に意地の悪い人間だったが、今、目の前にいるこの妹は、そうではないようだ。
「自分がヒロインを虐める連れ子だとわかった時、絶望でお先真っ暗って感じだったけど、幸い、お姉さまは家を出ていて、いなかったから。少なくとも、義姉を虐める義妹にはならないなって安心したの。でも、ほらいつ小説のストーリー通りに話が進んじゃうかわからないじゃない? だから、周りの人から色々と情報収集したのよ。マーガレット夫人が夢枕に立ってお姉さまを救おうとした話とか」
その結果、私が前世日本人で、どうやらあの小説の内容を知っていて、バートン子爵家から逃げ出したのではないかと予想した。
それならそれで、接触が無くなるし、自分が意地悪な義妹になることもないと安心していたのだそうだ。
「あの小説の中のキャサリンの最後、本当に悲惨なのよね。エリザベスが隣国の王太子妃になったあと、彼女を溺愛する王太子によって、義妹と継母と父親と元婚約者は、口に出すのも悍ましい方法で惨殺されるんだから」
そうだった。あの小説では、最後にエリザベスを虐げた人々は皆、王太子ウイリアムによって殺されるのだ。
虐めたのはひどいけど、その報いがこれ? ってくらいひどい殺され方だった。
ウイリアムの執念深さがよくわかるエピソードだった。
「だからね、私は絶対にお姉さまを虐めたりしない、お母さまにも虐めさせたりしないって心に誓ったの。なのに、あの自分大好きバカ息子が!!」
「自分大好きバカ息子?」
いきなり出てきた「自分大好きバカ息子」というパワーワードに、頭の中が?マークでいっぱいになる。
「そう、隣の領のマシュー・ボールド! あいつが、言ったのよ『僕は絶対にエリザベスと婚約するんだ!』って」
――どういうこと!?
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。