49 新入生歓迎会 ④
――カイル・ファルネーゼ。
幼い頃から王に忠誠を誓い、成長してからは右腕として支え続ける王の側近。
冷静沈着で、感情を表に出すことが少ない彼は、いつも穏やかな微笑みを浮かべている。
だが、その優しい仮面の裏には、激しい恋情が隠されていた――
美貌の王と健気な側近の美しくも切ない禁断の愛を描くBL小説、『砂漠に咲く薔薇〜愛と忠誠の狭間で〜』
その小説で、私が特に好きだったのはアルファードではなくカイルの方だった。
隣国の王女と愛する王アルファードとの政略結婚の手筈を整えながら、ふとアルファードを見つめる時のカイルの切ない表情。
隣国の刺客からアルファードを庇って深手を負ったカイルが、『あなたが無事で良かった……』と呟く時の笑顔。
とにかく健気で応援したくなるキャラだったのだ。
容姿の方は、アルファード程の美しさではなかったが、それでも私が一押しのイラストレーターの作画なのだから、十分に萌えられるヴィジュアルだった。
砂漠地帯の男性の民族衣装のような、大きな白い布を頭から被っていて前髪しか見えていなかったが、その髪色は、アルファードが「砂漠に咲く薔薇」と例えた金色がかった薄茶色。
日に焼けた肌に、落ち着いた琥珀色の瞳。
いついかなる時でも穏やかな微笑みを浮かべるその姿は、紛れもなく――
「カイル!」
思わず大声で叫ぶと、急に名前を呼ばれたカイルだけでなく、周りの皆が驚いたように見てきた。
(ヤバい! いきなり名前を呼び捨てするなんて、失礼なことしちゃった!)
「ご、ごめんなさい」
慌てて謝ると、訝しそうにするギルバート殿下の横から一歩前に歩み出て、カイルが恭しく頭を下げた。
そして、顔を上げ、にっこりと微笑む。
「麗しきフローラに名を呼ばれるとは、誠に光栄でございます」
「…………っ!」
頭の中で、クラッカーがパーンと割れたような衝撃だった。
(こ、これは、アルファードが言っていた『一見、友好的に見えるが、心の中では警戒しているときの、完璧に作られた笑顔』だ!!)
作中でアルファードがカイルにそう言うと、カイルは苦笑しつつ『あなたには敵いませんね』と言うのだ。
それに対してアルファードが、『いつから一緒にいると思っているのだ』と無邪気に返す。
あの、何気ない会話の裏に二人の絆が見て取れるシーンの『カイルの笑顔』を、生で、しかもこんな近くで見られるなんて!
「お嬢様……?」
「エリザベス嬢……?」
いけない。感動に打ち震えている場合ではなかった。
「お、お二人は幼馴染で、一緒にこちらに来られたのですね?」
「はい。ギルバート殿下の留学に合わせて、側近の私も一緒にこちらの学院に参りました」
そう答えるカイルは、どこまでも穏やかで優しそうに見える。
だが、私は知っている。カイルが本当に警戒を解いてリラックスしているときは、かえってぶっきらぼうなくらいの無表情になるということを。
(これは相当、警戒されてるな……でも、どうして?)
何故こんなにも警戒されているのか謎だが、それよりもっと解せないのは、どうしてカイルがアルファードでなく、ギルバート殿下の側近なのかだ。
小説とは設定が全く違うではないか!
でも、冷静に考えてみると、小説の内容と現実が一致しないのは今に始まったことではない。
『砂漠に咲く薔薇〜愛と忠誠の狭間で〜』のアルドラ王国と、現実のアルドラ王国は、全然様子が違う国だったし。
何しろ、アルドラ王国は、全然灼熱の砂漠の国なんかじゃなかった!
地中海性気候でレモンとオリーブが特産の、イタリアっぽい国だったのだから。
「お嬢様、そろそろ休憩時間が終わります。ホールに向かいましょう」
ぼーっとカイルを見つめていたせいか、リチャードが咎めるように声を掛けてきた。
いけないいけない。
「アーデルハイド様も、いい加減カイル殿を見てないでさっさとホールに行きますよ!」
「ううう、カール……」
ハイジ様達も、何やら揉めている。
そんな様子を見たカイルは、ますます張り付けたような笑顔になった。
(まあ、初対面の女子達から何故か注目されてしまったら、警戒しても当然だよね)
とりあえず、今日のところは距離を取ったほうがよさそうだと判断し、ギルバート殿下とカイルから離れ皆でホールに向かった。
※※※
「わあ、すごい!」
ホールに入ると、目の前には夢のような光景が広がっていた。
シャンデリアの光が宝石のように輝くスイーツたちを照らし出し、甘い香りがそこら中に広がっている。
テーブルの上には、色とりどりのケーキがずらりと並んでいた。
チョコレートケーキ、苺のショートケーキ、レアチーズケーキ、瑞々しいフルーツが乗ったタルト。
まるで花が咲き乱れる春の庭のよう。
よく冷やされたアイスクリームやシャーベット、ムースなどもある。
中央のテーブルでは数人のパティシエ達が、熱々のクレープや、ふわふわのパンケーキ、目の前で絞るモンブランなどを素早い手つきで仕上げていて、そのパフォーマンスを見ているだけでも楽しい。
30分足らずの休憩時間でここまで準備するなんて、なんて凄いんだろうと感心していると、不意に背後から声が聞こえた。
「やあ、ハイジ。楽しんでくれているかい?」
「レオンお兄様!」
振り返ると、恐れ多くも生徒会長である王太子殿下が立っていた。
すかさずクラウス様が臣下の礼を執ると、王太子殿下は笑いながら言った。
「ここは学院だよ、クラウス。礼は不要だ」
「御意」
(わあ、今、御意って言った! 御意なんて言う人、生まれて初めて見た!)
「ところで、ハイジはちゃんと楽しめているかい?」
「はい、レオンお兄様」
ハイジ様は王太子殿下とは従兄妹同士なので、お兄様と呼んでいるらしい。
この様子だと、とても仲が良いようだ。
「例年の余興は劇や演奏なのだけどね。外部の者を校内に入れたくなかったから、今年は王家が運営する団体を呼ぶことにしたんだ。それに、ハイジは犬が好きだろう? 喜んでくれると思って」
「喜びすぎて、カールカールって泣いてましたよ」
「ひどい、クララったら!」
「ははは、カールを思い出してしまったのかい? では、大好きなチョコレートを食べて機嫌を直しておくれ。今日はね、王宮から身元のしっかりとしたパティシエ達を呼んでいるんだよ。警備も給仕も王宮から連れてきているから、ハイジは何も気にすることなく、好きなものを食べて大丈夫だよ」
マーガレット様とビアンカ様が、ハッとしたような顔になり、続いて目を見合わせて頷いた。
クラウス様も、にっこりと微笑みながら、ハイジ様に「良かったですね」と言っている。
そうか。
王宮のパティシエ達が目の前で作るスイーツならば、何かを混入されることはないだろう。
つまり、ビアンカ様が毒見をする必要が無いので、ハイジ様は好きなものを気兼ねなく食べることができる。
給仕も王宮からの出向ならば、作り置きのスイーツも、安心して口にできる。
そう考えて、気づいた。
余興として、王家が運営する保護犬団体のサーカスを連れてきたのは、外部の劇団員や楽団員達を学院内に入れたくなかったからなのだと。
マーガレット様の方を見る。
こちらの視線に気づいたマーガレット様は、にっこりと笑って頷いた。
ああ、やっぱりそうか。
ハイジ様が置かれた状況は、王家がこんなにも気を遣うほどに大変なものだったのだと、改めて気づかされた。
守り隊として、今後はより一層気合を入れてかからないと!
「ところで、こちらは今年のフローラ、エリザベス・フォークナー伯爵令嬢だね?」
突然、王太子殿下が私の方に向かって声を掛けてきた。
そして、目の前で跪き、私の右手をそっと持ち上げると、手の甲に口づけながら言った。
「春の女神よ、どうか私にも、春の女神の恵みを分けて下さいませんか」




