44 一点物だそうです
「まあ、お姉さま達の『あいうえお作文合戦』はさておき。ギルバート殿下って、何しにフォートランの学院に来たのかしらね」
キャサリンが、クッキーを優雅につまみ上げながら言った。
「あの……ハイジ様をアルドラにお連れするため……ですよね?」
アメリア様が、おずおずと言い出すと、ハイジ様がビクッと肩を揺らした。
横に座ったクラウス様が、大丈夫だと言いたげな顔でハイジ様に微笑みかける。
「ギルバート殿下と共にフォートランに来た者達が、ハイジ様を攫おうとしているのでは?」
「いや……それはないでしょうね。もし、正式に留学生としてやってきたギルバート殿下の手の者が公女を攫ったとなれば、フォートランとアルドラとの間に修復不可能な不和が生じる。下手したら、戦争にもなりかねない。それ以前に、フォートランとしては、自国で同盟国の公女が攫われるなどあってはならないことでしょう。そんなことがあれば、フォートランの面目は丸つぶれだ」
アメリア様の言葉をクラウス様が否定すると、黙って聞いていたマーガレット様が、眉を顰め唇を強く噛みしめた。
(もし、そんなことになったら、人質としてロルバーンに行っているウォルター様は……)
マーガレット様の気持ちを思うと、胸が締め付けられるようだ。
「ですから、フォートランは万が一に備えて、ギルバート殿下と供の者達に厳重な見張りを付けています。その状態でアーデルハイト様に何かしてくるなんて、とてもじゃないけどできませんよ。むしろ、ギルバート殿下の関係者ではなく、ひっそりとフォートラン国内に潜入しているアルドラ人の方により気を付けるようにした方が良いでしょう」
ギルバート殿下は正式に留学してきているから、フォートランとしてはハイジ様と同じように国賓待遇で警備している。
そんな衆人環視の中では何もできないだろうということか。
でも、だとしたら。
「じゃあ、どうしてギルバート殿下はフォートランに来たのかしら?」
やっぱり、考えが振り出しに戻ってしまい、私は思わずキャサリンと同じ疑問を口にした。
すると、今までずっと黙っていたエリオットが口を開いた。
「私が国を出たのはもうかなり昔のことです。なので、最近のアルドラについて、それほど詳しい情報を知っているわけではないのですが……古くからの知り合いから聞いた話によると、ギルバート殿下は命を狙われているようです」
いきなりの爆弾投下に、場が凍り付いた。
命を狙われている? ギルバート殿下が? 一体どうして?
「ご存じの通りアルドラでは、王子は全て王位を継ぐ資格を持ち、常にその座を争っています。ギルバート殿下の双子の兄王子達には、第二王妃と第三王妃の一族がそれぞれ強力な後ろ盾として付いていますが、ギルバート殿下にはそのような後ろ盾が無いのです。なので、生母である第一王妃が、ギルバート殿下を何かにつけてかばっていると聞いています」
「あ、だから、後宮では『母であるイザベラ様は、双子の兄王子達より、第三王子のギルバート殿下を可愛がっていて、将来の王にはギルバート殿下を望んでいる』という風に噂されているのですね」
「おそらくそうでしょう」
シャーロット様の問いかけに、エリオットが頷いた。
「……双子の兄王子達に、第二王妃と第三王妃の一族がそれぞれ強力な後ろ盾として付いている、と言っておられましたが」
リチャードが、握った拳を口元に当て、少し俯きがちに言った。
「不思議に思ったのですが……どうして、第二王妃と第三王妃は、第一王妃の産んだ王子達の後押しをしているのですか? 普通に考えたら、自分の産んだ子を王位につけたいと思うでしょう? その場合、三人の王子達は邪魔者ですよね?」
「ああ、それは……アルドラ王は、第一王妃を心から愛しているので……第二王妃と第三王妃に子が産まれることはないのです」
エリオットが、にっこりと微笑みながら言う。
「兄上はイザベラ様を心から愛していて、他の女性に手を出す気は全くありません。国内の貴族の力関係の調整のため、有力貴族の娘を娶りましたが、彼女たちが18歳になったら離婚する予定です。もちろん二人とは白い結婚です。夫婦間のことなので大っぴらに語られることはないですが。アルドラの貴族の間では公然の秘密とされています」
(白い結婚ということは……)
「アルドラ王って、ロリコンじゃなかったんだ!!」
「お嬢様!! 言い方!!」
思わず大声で叫んだら、リチャードが、速効で窘めてきた。
「アルドラの男は、愛した女性に永遠の愛を誓うのです」
エリオットが、キャサリンの手を取り、口づけしながら言うと、キャサリンは満足そうな微笑みを浮かべた。
見ているこっちは顔が熱くなってきたのに。
妹よ、さすが女王と呼ばれるだけはあるな!
「それで、何故、ギルバート殿下が命を狙われるようなことに? 後ろ盾の無い王子だからですか?」
マーガレット様が話を戻す。
「理由はそれだけではないようです。何らかの理由で、兄王子の背後の者達から命を狙われるようになったらしいのですが、その理由までは知ることができませんでした。ただ、命を狙われていることは間違いなく、イザベラ様によって実家のバーランド侯爵家に身柄を預けられたのだと聞いています」
「アルドラにいると危ないから、第一王妃が自分の実家のあるフォートランに逃がしたということですわね。しかも、フォートランに正式に留学すれば、国賓扱いでフォートラン王国からも警護してもらえると……なかなか良い考えですわね」
マーガレット様がうんうんと頷く。
「ということは、ギルバート殿下にはそれほど敵意を向けなくても良さそうですわね。それに、殿下はハイジ様より、エリザベス様にご執心の様子ですし!」
「えっ!? 嫌なんですけど!」
「まあまあ、ハイジ様のためにも、もっと目立ってギルバート殿下の注意を引き付けて下さいませ!」
「ええええ、嫌ですってば!」
「マーガレット様! お嬢様は嫌がってますから!」
※※※
そんなこんなでお茶会を終え、私とリチャード、キャサリンとエリオットの4人で、マダム・ローリーの店へと向かった。
キャサリンが、「私らに便乗して商売してるらしいじゃない? 一度見ておくべきよね!」と言ったのと、リチャードが「えっと、その店、ちょっと興味があるけど男一人じゃ入りにくくて」と言ったためだ。
マダム・ローリーの店は王都の一等地にある。
王妃様を始めとして、高位の貴婦人達に大人気で、私とキャサリンもデビュタントのドレスを作ってもらった。
「まあまあ! お二人揃っておいで頂けるなんて! なんて光栄なんでしょう!」
店に入ると、私達に気づいたマダム・ローリーが両手を胸の前で組み、目を輝かせて出迎えてくれた。
「今日はどのようなご用件で?」
「例のブローチを見に来たのよ」
「まあまあ、左様でごさいますか! それでしたら、こちらに置いてございます」
キャサリンの言葉を聞くと、マダム・ローリーはにっこりと笑顔になり、入口の右側の部屋へと私達を案内した。
「わあ! 可愛い!」
そこはこじんまりとした部屋で、壁に沿っていくつかの棚と、部屋の中央に、硝子張りのショーケースのようなものがあった。
ショーケースの中には小さなブローチがたくさん並んでいた。
「これが私の?」
キャサリンが指差した先には、2センチほどの小さな黒猫の顔のブローチがあった。
オニキスに金の縁取りがよく映える。
「左様でございます」
「で、こっちがお姉さまの?」
そう言ってキャサリンが指差した先には、銀の羽のブローチがあった。
「はい、左様でございます」
マダム・ローリーが恭しく頷く。
そして、ガラスケースからいくつかのブローチを出して、赤いビロードの布の上に並べ始めた。
「是非とも、お手に取ってご覧くださいませ」
リチャードがすぐに近寄り、その中の一つに手を伸ばした。
(ふふっ、リチャードって、やっぱり可愛い物好きだったんだ! 守り隊のブローチも喜んでつけていたもんね!)
「あら! ベルク様はそちらがお気に召しまして?」
「え? えっと…………はい」
「まあまあ、そうですわよね、わかりますわ。でも、そちらでよろしいのですか?」
「え?」
「従者ともなれば、皆様と同じ物というわけには……ねぇ。オホホ、少々お待ち下さいませ」
そう言うと、マダム・ローリーは店の奥にいったん下がり、なにやら小さな箱を手にして戻って来た。
婚約指輪か何かが入ってそうな小さな箱を開くと、中には、銀色の天使のブローチが入っていた。
これもまた2センチくらいの大きさなのだが、かなり精巧にできている。
長い髪の天使の頭には天使の輪が乗っていて、目のところには小さいが本物だろうサファイアらしき石がはめ込まれていた。
「こ、これは……!」
「いかがでしょう。青い瞳の天使のブローチでごさいます。一点物ですので、これ一つきりしかございませんのよ?」
「下さい!」
「お買い上げありがとうございます!」
リチャードがなんだか凄い勢いでお買い上げとなった。
包んでもらわずに、すぐに守り隊のドングリリスブローチの横に並べて付けている。
よほど気に入ったのだろう。
私も何か買って帰ろうと思いガラスケースを覗くと、キャサリンのと同じように、オニキスでできた黒い犬のブローチを見つけた。
キャサリンの黒猫は顔だけだが、この黒犬は全身の形になっている。
きちんとお座りしている様子がなんとも可愛らしい。
「私はこれにするわ。すごく可愛い。ふふっ、なんだかリチャードに似てない?」
そう言うと、リチャードは少し唇を尖らせて拗ねるように言った。
「可愛いって言われても嬉しくないです」
そんな様子も可愛いのだが。
これ以上言うと本格的に拗ねてしまうので止めておこう。
「ええと、これって確か、番犬になる強い犬種よね? リチャードはいつも私を守ってくれるから、似てるなって思ったの」
「お嬢様……!」
リチャードが嬉しそうな顔になると、横で見ていたキャサリンが、小声で「お姉さま、やるわね。それにしてもリチャード様、チョロいな」と呟いた。
リチャードに聞こえたら大変なので、そういうことは心の中だけで言って欲しい。




