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43 あいうえお作文再び

次の日の朝。


学院に着き、馬車から降りて歩き出すと、制服の襟に銀の羽のブローチを付けたギルバート殿下がやって来た。

一体、どういうことだろう。


「おはよう、エリザベス嬢」

「おはようございます、ギルバート殿下」


とりあえず、挨拶は大事だ。

笑っておけばなんとかなる、とおばあさまも言っていたことだし。

できるかぎり、明るく挨拶すると、ギルバート殿下は急に頬を染めてうつむいた。


「あ、あの、これ……読んでくれないか」


ギルバート殿下が、突然手紙を差し出して来た。

思わず反射で叩き落としそうになったが、ぐっとこらえた。

危なかった、国際問題に発展するところだった。


(ど、どうしよう! 受け取りたくない! 何か断る方法は……あ、そうだ!)


「あの、この手紙、友達が絶対に見せてって言うと思います。他の人に見られるの嫌ですよね? なので、これは是非持ち帰ってください」


「それでもいいから! 君以外の人に見られてもかまわない! お願いだから、受け取って欲しい!」


ギルバート殿下は、思いつめたような顔で、なおも手紙を差し出して来た。

こうなったらもう、断りようがない。

覚悟を決めて恐る恐る手を伸ばし、手紙を受け取った。


「じゃ、私はこれで!」


真っ赤な顔で走り去るギルバート殿下の後姿を呆然と眺めていると、隣にいるリチャードが、地の底から湧きあがってくるような低く暗い声呟いた。


「舐めた真似しやがって……」

「え、どうしたのリチャード、怖い怖い怖い!」


それにしても、この手紙をどうしたものか。

そっと振ってみる。

特に何か紙以外の物が入っている様子はないが、剃刀などの薄い刃物が入っているかもしれない。

開けるのは慎重にした方が良いだろう。


教室に入り、机の上に手紙を乗せると、先程のやり取りを見ていたらしい隊の皆が集まってきた。

クララ様は不安そうな様子だ。心なしか、顔色も悪い。


「もしかしたら、何か危険な物が入っているかもしれません。俺が開けてみます。かまいませんよね?」


リチャードが、白手袋を手にはめつつ言う。


(え、いつの間に。っていうか白手袋(それ)、いつも持ち歩いてるの!?)


ギルバート殿下は他の人が見てもいいって言っていた。

頷くと、リチャードは慎重に手紙を持ち上げ、カバンから出したハサミで封を切った。

中には便箋が1枚入っていた。

爽やかなレモンの香りがふわっと辺りに広がる。

どうやらレモンの香りの香水を紙に振りかけてあるようだ。

さすがレモン特産国の王子。

これからはレモン王子と呼ぶことにしよう。


便箋には、美しい文字でこう書かれていた。


すれ違うたびに

君のことを目で追ってしまう

できれば君に

素直な気持ちを打ち明けたい


「……え?」


ちょっと待って。

これは、絶対に間違いない!

日本語ではなく、こちらの世界の共通語で書かれているが、これは間違いなく――


「あいうえお作文だ!」

「は?」


リチャードが、怪訝な顔でこちらを見る。

隊の皆も、頭の上にはてなマークが乗ったような、不思議そうな顔をしている。


私は前世で言うところの「あいうえお作文」について詳しく説明した。

「あいうえお」は通じないから、「文頭の文字を縦読みにする文章」なのだと説明する。


「本当ですわ! うふふ、縦読みで読むと、『すきです』になりますわね」


「……なんで奴は、こんな手の込んだことをしたのでしょうか。はっ、もしかして、何か暗号みたいなものが隠されているのでは!?」


「なんか怖い」


「「「ああっ、ハイジ様、泣かないでください!」」」


マーガレット様は面白がり、リチャードは訝しんで、ハイジ様は怖がって涙目になり、チューリップトリオが慌てて慰める。


なかなかにカオスな状況だが、私は確信している。

この状況の背後に、あの子がいることを。





※※※





「あはははははは!」


スペンサー伯爵邸に、キャサリンの笑い声が響き渡る。


「やっぱりキャサリンの仕業だったのね!」

「やあね、お姉さま。人聞きの悪いこと言わないでよ」


今日はいつもの守り隊メンバーに加えて、キャサリンとエリオットも、マーガレット様の招待を受けてお茶会に参加している。

皆で色々と相談した結果、キャサリンとエリオットにも情報共有しておいた方が良いと言うことになったためだ。


「それにしても、あの未来の甥っ子は、本当にあいうえお作文でラブレター書いたのね」


「キャサリン、ギルバート殿下に何を言ったの?」


「別に。お姉さまはユーモアのある人が好きなんだって言っただけよ。ついでに、あいうえお作文の極意を伝授してやっただけ」


「もう、キャサリンったら。ギルバート殿下が怒ったらどうするの?」


「そんな小さなことで怒るような男は、アルドラの王族にはいないってエリオットが言ってたわ」


皆、思わずエリオットを見る。

エリオットは、にっこりと頷いた。


「それに……アーデルハイド様に、あんなに失礼な態度を取ったのよ。一度は痛い目見せとかないとね」


そう言いながら、キャサリンはハイジ様にウインクをした。


ハイジ様は、頬を染め、キャサリンに言った


「あ、あの、キャサリン様のことをお姉さまってお呼びしてもいいでしょうか」


「ふふっ、良いわよ。では、私もハイジ様とお呼びしても良いかしら」


「はいっ!」


ハイジ様がとても嬉しそうに返事をする。


「私、ずっとお姉さまが欲しかったんです」


クラウス様が引き攣った顔になった。

糸目だからわかりにくいが、今、確かに笑顔が消えた。


「ところで、エリザベス様は、お返事どうするんですか?」


マーガレット様の突然の言葉に、私は一瞬固まってしまった。


「……返事?」


「え、ええ。お返事書かないんですか?」


言われてみれば、返事を書かないと失礼な気がする。

ギルバート殿下は、便箋にレモンの香りを付けてくるくらいに手の込んだことする人だ。

しかも、キャサリンにそそのかされたとは言え、私を喜ばせるために『あいうえお作文』で手紙を書いたくらいだ。

絶対に返事を待ってるはず。

よし、ここはひとつ。


「私もあいうえお作文で返すわ! 文頭の文字は『ちかよるな』にする!」


私は胸を張ってそう宣言した。



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