42 みんなでおそろい
「エリザベス・フォークナー。自分の間違いを指摘されたからって、睨むのは止めてくれないかな?」
両腕を組んだブルック先生が、フフンと笑いながら、小馬鹿にしたような口調で言った。
(キー! この人は、ほんっとうに憎たらしい言い方するな!)
そんな小憎らしい口調の彼だが。
よく見ると顔立ちは恐ろしいほど整っている。
銀縁メガネの奥の瞳は透き通った水色で、まるでパライバトルマリンのよう。
肩より少し長い金髪を後ろで一つに束ねているが、前髪の両サイドの髪の毛を少し長めに残し、顔にかかるように垂らしていて、まるで儚げな美少女のようだ。
「そんなことより、来週は新入生歓迎会があるんだよ。クラス委員は最初のダンスを皆の前で代表で踊るんだからね。恥をかかないようにちゃんと練習しておきなよ。曲目は……」
それから先生は、歓迎会で最初に踊る曲のことやら、入場の順番のことやらを懇切丁寧に指導してくれた。
――そうだった。
ものすごく憎まれ口を叩くくせに、本当に面倒見が良いのだ、この教師は。
(こういうキャラのこと、なんて言うんだっけ。あー、そうだ、ツンデレ! 『べ、別に君達のためじゃないんだからね! 君達が失敗したら、僕が笑われるから教えてあげてるんだからね!』とか言いそう)
小柄で童顔の彼を眺めていると、本当にツンデレ美少女のように見えてくるから面白い。
そう思うと、何故か憎まれ口も許せて来るから不思議だ。
「君たちが失敗すると、担任の僕が笑われるんだからね」
「ブハッ、はいはい」
「……ハイ、は1回で充分だからね、エリザベス・フォークナー」
「はーい」
「君は本当に腹立たしいな!」
先生の顔が引き攣るのを見て、リチャードが慌てて間に入る。
「そ、それでは、僕達は教室に戻ります」
先生はちょっと不満気な様子だったが、とりあえず口を閉じた。
その後、リチャードと二人で準備室を後にする。
しばし無言で歩き、廊下の角を曲がったところで、リチャードが少し心配そうに言った。
「お嬢様……ダメですよ、先生にあんな態度は」
「だって、なんかイラッとするし、からかいたくなるんだもの」
「確かに、言い方はぶっきらぼうですが、親切で面倒見の良い方ですよ」
「まあ、そうなんだけど……」
そんな風に話しながら、廊下を歩いていたら、前方に人だかりが見えた。
何だろうと思い目を凝らすと、その中心にギルバート殿下がいるのが見える。
「げっ……!」
「お嬢様、どうしました? ……あれは……」
リチャードも気づいたようで、眉を顰めた。
そして、さりげなく私の前に出た。
「あ! エリザベス嬢!」
目聡くこちらに気づいたギルバート殿下が、大きく手を振り声をかけてきた。
よくよく見ると周りにいるのは女子生徒ばかりだった。
意外と人気があるようだ。さすが王子様。
「ちょうど良かった、君のところに行こうと思っていたんだ」
そう言うと、ギルバート殿下は真顔になり、私に向かって深々と頭を下げた。
「先日は、大変失礼をした」
「いえ……」
(お前が失礼したのはハイジ様にだろうが! 謝るなら私ではなくハイジ様に謝れ! もちろん土下座だからな!)
そう思っても、決して口には出さない。
代わりに、両手をお腹の前で重ね、ちょっとだけ首を傾げ、にっこりと微笑んでみた。
あまり会話を長引かせたくない。
できるだけ穏便に、なおかつ早く終わらせて、この場から立ち去りたい。
今こそ、おばあさま直伝の技を発動するときだ!
「エリザベス嬢は優しいのだな」
「いえ……」
ギルバート殿下が嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を、周りを取り囲んでいた女子生徒たちが頬を染めてうっとりと眺めている。
さすがアルドラの第三王子と言ったところだろうか。
ギルバート殿下は、結構整った顔をしている。
というか、こうやって間近で見るとかなり整っている。
(あれ? 先入観無しで見てみると、ものすごい美形だった!)
手入れの行き届いた緋色の髪は、上品に短く切り揃えられていて、日に焼けた肌に似合っている。
珍しい青みがかった灰色の瞳は、よく見ると、灰色の虹彩の中に濃い青が幾筋か散っているせいでそう見えるようだ。
『本当に美しい。あなたの瞳は、まるで夜明け前の静かな空のようだ。ずっと見ていると、吸い込まれそうになる』
あの小説「砂漠に咲く薔薇〜愛と忠誠の狭間で〜」の中で、側近カイルが愛する王にそう告げるシーンがある。
あの時、カイルが見た王アルファードの瞳も、もしかしたらこんな色だったのかもしれない。
「お嬢様?」
前に立つリチャードが、急に黙り込んだ私を心配そうに振り返った。
ギルバート殿下の瞳が予想外に綺麗だったので、うっかりじろじろ見過ぎてしまったようだ。
どうしよう、ギルバート殿下が真っ赤になって視線を逸らしている。
不躾に見入ってしまったせいで、怒っているのかもしれない。
(どうしよう、あ、おばあさまが確か、困ったときはこうするようにと言ってた!)
私は片手を頬に当て、ゆっくりと目を伏せた。
(こうやっていれば、特に喋らなくても済むって言ってたもんね!)
そして、なんとかなっただろうかと思いつつ、恐る恐る上目遣いにギルバート殿下とリチャードの方を見上げる。
「「……っ!!」」
二人とも、どういうわけか、顔を真っ赤にして、口に手を当て震えている。
これは一体どういうことだ。
私、何か失敗したのだろうか。
「ああ、エリザベス様、なんてお可愛らしい……」
「本当に、恥じらう姿がまるで妖精のよう……」
「女の私でも、守ってあげたくなりましたわ……」
「銀の羽のブローチは、どこに行けば手に入りますの?」
「マダム・ローリーのお店で売っているらしいですわ」
周りの女子生徒も、頬を染めながら何やら呟いている。
ブローチがマダム・ローリーの店で売ってるとかなんとか聞こえたが、気のせいだろうか。
「ああ、エリザベス嬢……どうか、私の婚約」
「あっ! あんなところにペンギンがいる!」
「えっ? ペンギン?」
「と、思ったら見間違いだったようです! 嫌だわ、私ったら、ホホホ。それでは殿下、ごきげんよう!」
「え? あっ! エリザベス嬢、待ってくれ」
私はリチャードの手を掴み、ギルバート殿下の横をすり抜け、全速力で教室へ急いだ。
危ない危ない、あのままだと何か不穏な言葉を聞いてしまうところだった。
息を切らせて教室に戻ると、ハイジ様と守り隊の皆が、驚いた顔で集まって来た。
「エリザベス様、どうなさったの?」
「い、いえ、何でもないわ」
ハイジ様の前でギルバート殿下の名前を出して、不安にさせるのは憚られた。
なので、なんとか笑顔でごまかした。
「ねぇねぇ、エリザベス様、これを見て下さいませ!」
シャーロット様が、目を輝かせて何かを差し出して来た。
「可愛らしいでしょう?」
それは、ドングリを持ったリスのブローチだった。
2センチの程の大きさで、銀でできているようだ。
「エリザベス様のファンクラブの会員は銀の羽、キャサリン様のファンクラブ会員は黒猫のブローチを付けていますでしょう? 私達、守り隊も何かお揃いのブローチを身に着けてはどうかと思いまして。先日、そのことを話していたら、クラウス様が『ああ、だったら、ドングリを持ったリスか、頬袋にいっぱいヒマワリの種を詰め込んだハムスターのどちらかがいいんじゃないですか?』って仰いましたの」
「クララったらひどい!」
ハイジ様は何だか不服そうだが、このブローチはとても可愛らしい。
守り隊の皆でお揃いで付けるのはすごく良いアイデアかも。
「俺も付けるんですか……」
「あら? 男性には可愛らしすぎるかしら?」
リチャードがちょっと恥ずかしそうにすると、シャーロット様が、困ったように言った。
「そうかな? リチャードはかっこいいから何でも似合うし、お揃いで付けられるの嬉しいんだけど」
「喜んで付けさせて頂きます!! 可愛いブローチですね!」
リチャードが物凄く良い笑顔になった。
そうよね。リス、可愛いもんね。
「うふふ、クラウス様の分も含めて全員分、マダム・ローリーの店で買ってきましたの! 差し上げますから、ぜひ身に着けて下さいませ!」
マダム・ローリー……なんて商売上手……!




