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40 記念日になりました

★今回はリチャード視点です。

――あれは、今から3週間前のこと。


お嬢様から「参考書を買いに行くけど、リチャードも一緒に行かない? カフェでチョコレートケーキも食べるのよ」と誘われた。

そんなの、喜んで行くに決まってる。


当日は、マリーさんとエリック様も一緒だった。

マリーさんはフォートラン中央学院の卒業生なので、学院の行事の話など参考になる話がたくさん聞けた。

そして、エリック様は天下のリドフォール出身。

彼の在学中の話も、大変に興味深いものだった。

彼には負けず嫌いの友人がいて、テストの度に、どちらが順位が上か勝負していたのだそうだ。

負けた方が勝った方の言うことを聞く、という賭けをしていたらしい。


「わあ、それは面白そう!」


お嬢様が無邪気に声を上げた。可愛い。


「エリザベス様とリチャード殿も、どちらが勝つか、賭けをしてみては?」


それを聞いて、エリック様がそんな提案をしてきた。

どこか面白がっているような表情だったので、何か企んでいるように見えた。

だが、そんなことはどうでも良かった。

とにかく、このチャンスを逃してなるものかと、急いで叫んだ。


「是非! 是非やりましょう!」

「いいわよ! リチャード、勝っても負けても恨みっこ無しよ!」

「もちろんです!」


何故かお嬢様も乗り気だった。

口元が緩むのを我慢しているような、笑いをこらえるような表情でこちらを見てくる。

一体、何を考えているのだろう。可愛い。


「ふふ。リチャード殿はエリザベス様に一体何を願うのでしょうね。頑張ったご褒美として、天使からの口づけでも望むのかな?」

「……!」


エリック様が、とんでもないことを言い出した。

だが、これは俺にとっては素晴らしい提案だった。

自分からはとてもじゃないが、こんなことは言い出せない。


「あははは! そんなのお安い御用よ! ほっぺたでもおでこでも口でも、どこにだってキスしてあげるわ!」


それを聞いたお嬢様が、何故か余裕の表情で笑い出した。

お嬢様は、どうやら物凄く自信があるようだ。


「や、約束ですよ!」

「はいはい」

「絶対ですよ!」

「わかったってば!」


思わず、前のめりで約束を取り付ける。

お嬢様のことだ。賭けのことを忘れて、「え? そんなこと言ったっけ?」などと言い出しかねない。

そして、もし忘れられていたら、俺は多分、立ち上がれなくなる。


その後、エリック様に参考書や問題集を選んでもらった。

彼が選んでくれた参考書は、驚くほど使いやすい。

しかも、注釈が充実していて、読み物としても面白く読めた。

少し難しめの問題が載っている問題集も、解いていて手ごたえがあり楽しい。

さすがリドフォール出身。頼って本当に良かった。


エリック様もマリーさんと賭けをしているので、俺のことをかなり応援してくれた。

何度か勉強を見てくれたし、色んなアドバイスをしてくれた。

彼の為にも頑張ろうと思った。



そして。

ついに入学式が来た。


お嬢様の制服姿を見るのが楽しみ過ぎて、大分早めにフォークナー伯爵邸に着いてしまった。

マーカスさんが制服姿を褒めてくれたので、少し照れてしまった。

マーカスさんもフォートラン中央学院の卒業生らしい。

なんと、今の学院長は、マーカスさんの当時の担任だったそうだ。

そんな風に話していたら、お嬢様が現れた。


慌てながら小走りにやってくるお嬢様を見て――息が止まった。


背中に流れ落ちる銀の髪。透き通った宝石のような青い瞳。

少し走ったせいだろうか、上気してほんのり染まった頬。

白いショートケープと濃紺のスカート姿は、どこか純粋無垢な清らかさに溢れていた。

無邪気に微笑むその姿は、まるで天使が舞い降りてきたようだった。


目が離せない。瞬きすら忘れて、ずっと見入ってしまった。

すると、お嬢様が俺の制服姿を見て言った。


「リチャード、制服似合ってるわ! すごく素敵よ!」

「……っ!」


すごく素敵よ……

すごく素敵よ……

すごく素敵よ……


その後も、お嬢様は俺のことを王子様みたいだと褒めてくれた。

もう、一生制服を着て過ごそうかと思うくらい嬉しかった。

馬車の中では、ついついお嬢様をじっと見つめてしまい、見返してくるお嬢様に動揺してしまう、の繰り返しになってしまった。


そして、馬車が学院に着いた。

先に降りて、お嬢様に手を差し出しエスコートする。

お嬢様がゆっくりと馬車から降りると。


周りの空気が、一瞬で変わるのがわかった。

誰もかれもが息をのむようにお嬢様を見つめている。

女子生徒達はその美しさに感嘆の声を漏らし、男子生徒達は頬を赤らめただただ見惚れている。

そんな中、お嬢様は、優雅な微笑みを浮かべ歩き出した。

その気品に溢れる姿を見て、自分がこんなに素晴らしい女性の従者であることに、心からの喜びを感じた。


その後、入学式前に、アルドラの第三王子と一悶着あったが、キャサリン様とエリオット様がその場を穏便に収めてくれた。

しかしキャサリン様のアレは凄かった。お嬢様曰く、『壁ドン』というものらしい。

やられたほうは嬉しいらしいので、機会があったら、俺もお嬢様にやってみよう。


そして、入学式後はついにテスト!

手ごたえはかなりあったが、帰りの馬車でのお嬢様の余裕に溢れた表情を見ていると、なんだか不安になってしまった。


そして、悶々と一晩過ごし、ついに結果発表となり――



1位 リチャード・ベルク 400点

2位 エリザベス・フォークナー 395点



危なかった……!!

いやもう、本当に危なかった!

俺とお嬢様の得点差は5点。これは、たった1問の差ということを表している。

そう、たった1問、それが運命を分けた。


「お嬢様……約束は守ってくれますよね?」


思わず、お嬢様の肩に手を掛け、そう言ってしまった。


「リチャード? 約束って」

「ま、まさか忘れたなんて言わないですよね? あの時、俺に言ってくれたじゃないですか!」

「え? 何言ってるの、もちろん覚えてるわよ!」


案の定、お嬢様は約束の内容を忘れていたらしい。

そんなの駄目だ! 絶対に思い出してもらう!

俺の必死の思いが伝わったのか、お嬢様は約束の内容を思い出したらしい。

はっと目を見張ったあと、頬が赤くなった。可愛い。


それからずっと、どうにも気持ちが落ち着かなくて、周りから怪訝な目で見られてしまった。

でも! 仕方がないじゃないか!

俺は賭けに勝ったんだから! お嬢様から、キ、キスを、うわああああああ!

想像するだけで顔に熱が集まり、思わず頭を抱えてうずくまってしまう。

ハイジ様と守り隊の皆には、「リチャード様は具合でも悪いのですか?」と心配されてしまった。


そして、ついに帰りの馬車で。

お嬢様は、至極あっさりと、時間にして0.5秒程度の軽い触れるだけの、なんなら「接触」としか言いようのない色気のないキスを頬にしてきた。

なんだろう、納得がいかない。これじゃない感が凄い湧き上がってくる。

なので、思わず、お嬢様に言ってしまった。


「頬だけですか?」


そうしたら。

なんということだろう!!

お嬢様が、向かいの席から、俺の隣に座り直し、おでこにキスをしてくれたのだ。

そして、俺の目をじっと見つめたあと、ゆっくりと目を閉じて。

――お嬢様の唇が、俺の唇にしっかりと触れた。


息が止まった。いや、比喩ではなく、冗談抜きで、一瞬心臓が止まったと思う。

呼吸が苦しくなり、体が震え、涙が出そうになった。


「え、えっと、私、ファーストキスだったんだけど、リチャードは?」

「…………俺もです」


お嬢様は、これが自分のファーストキスだと思っているが、実際には違う。

お嬢様が()()()()だと思っているのだとしたら、今年の誕生日の時の()()が本当のファーストキスだったんだと思う。

でも、俺には真実を告げる勇気は無い。


でも! これで帳消しになったんじゃないだろうか?

お嬢様が、自分自身の意思で、俺にファーストキスをくれたんだから!

俺が卑怯にもこっそりとした()()ではなく、今回が本当のファーストキスってことになるんだから!

そうだ! 俺はもう正々堂々と、お嬢様のファーストキスの相手だと胸を張って言えるようになった!!


「嬉しいです! 最高です! ああ、どうしよう、死にそう」

「え、リチャード、死なないで」

「死にません! でも死にそうです! ああ、どうしよう、泣きそう! ああ、頑張った甲斐があった……! 賭けに勝って良かった……!」


本当に、本当に嬉しい。ああ、もう嬉しくてどうしたらいいかわからない。

お嬢様の柔らかい唇を思い出すと、顔がどうしようもなくにやけてくる。

あの触れるだけのキスですら、あれから何度も頭の中で反芻し、思い出を噛みしめていたのに。

これからはもう、今日の日のことを、ずっとずっと繰り返し繰り返し思い出すのだと思う。


「ああ……今日という日を、記念日にしよう……」


思わず呟くと、お嬢様がにこやかに微笑み返してくれた。可愛い。

ああ、もう死んでもいい。



その後、自宅へ帰った俺を見て、家令とメイドが大騒ぎになった。

熱があるのでは? と心配されたが、大丈夫だと言って部屋に籠った。

胸がいっぱいで夕食は全く喉を通らなかった。

家族や使用人達からさんざん心配されたが、寝ていれば治ると言って部屋に戻った。


その後、一晩中、今日のあのお嬢様とのひと時を思い出しながら、幸せな妄想に浸った。

俺は今日という日を、生涯忘れることはないだろう。

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