39 記念日にするそうです
そして、次の日。
馬車を降り、リチャードと二人で正門を抜け、中庭を進む。
内門に入ってすぐの壁の前に、何やら人だかりができていた。
「ああ、もうテストの結果が貼り出されているようですね」
「噓! もう? は、早すぎない?」
昨日の今日でもう結果が出ていることに驚きつつ、壁に向かって歩み寄る。
心臓がバクバクして、今にも飛び出してきそうだ。
リチャードも緊張しているようで、表情が少しこわばっている。
私達が近寄っていくと、何故かそこに群がっていた生徒たちが、まるで申し合わせたかのようにさっと左右に分かれた。
ドキドキしながら貼られた紙を見る。
そこに書かれていたのは――
1位 リチャード・ベルク 400点
2位 エリザベス・フォークナー 395点
なんと! リチャードが1位だった。しかも全科目満点!
茫然自失のまま、隣のリチャードを見る。
リチャードは目をキラキラと輝かせ、私の肩をがしっと掴みながら言った。
「お嬢様……約束は守ってくれますよね?」
「リチャード? 約束って」
「ま、まさか忘れたなんて言わないですよね? あの時、俺に言ってくれたじゃないですか!」
「え? 何言ってるの、もちろん覚えてるわよ!」
(えーと、私、なんて言ったんだっけ……確か……)
『あははは! そんなのお安い御用よ! ほっぺたでもおでこでも口でも、どこにだってキスしてあげるわ!』
(言ってたーーー! 確かに、私、そう言ってた!)
『いいこと、エリザベス。とにかく言質を取られないこと。これが最も大事なことです』
おばあさまに言われたことが頭の中でこだまする。
さすがおばあさま。こういうことだったのですね。
リチャードは、その日一日中、なんだかそわそわして、私と目が合うと、顔を真っ赤にして目を逸らした。
そのせいで周りから少し怪訝な顔をされてしまった。
そして。
約束通り、帰りの馬車の中で、リチャードの頬にキスをした。
(よし! これで約束は果たした!)
リチャードは真っ赤になって頬を押さえていたが、しばらくするとちょっと不服そうな顔になり、「頬だけですか?」と言ってきた。
(何よ、リチャードったら、お子様のくせに!! 勝ったからって調子に乗って、私のこと、からかうつもり? よーし、やってやろうじゃないの!! 女に二言はない!!)
勝負に負けて大人の面目丸つぶれになった私は、やけになった勢いで、リチャードの隣に席を移し、おでこに軽くキスをした。
それから、お仕置きだと言わんばかりにリチャードの目をじっと見つめてから、唇にもチュッと軽くキスをした。
「…………っ!!」
リチャードは、さらに真っ赤になって、目を見開いた。
気のせいか目が潤んでいて、今にも倒れそうなくらい呼吸が荒くなっている。
その様子を見て、私はあることに思い至った。
(ヤバい! も、もしかしてリチャードってば、ファーストキスだったの!? あわわわ、どうしよう)
私は前世で済ませていたし、飼ってたトイプーがやたらとベロベロ顔を舐めてくる犬だったので、あまりキスに抵抗がなかったのだが。
もしかしたらリチャードのファーストキスを無理やり奪ってしまったのかもしれない。
取り返しのつかないことをしてしまった!?
っていうか、今世の私にとってもファーストキスだった!
「え、えっと、私、ファーストキスだったんだけど、リチャードは?」
テンパってしまい、思わずそう聞くと、リチャードは震える声で答えた。
「…………俺もです」
「え、ご、ごめんなさい」
「なんで謝るんですか!! 嬉しいです! 最高です! ああ、どうしよう、死にそう」
「え、リチャード、死なないで」
「死にません! でも死にそうです! ああ、どうしよう、泣きそう! ああ、頑張った甲斐があった……! 賭けに勝って良かった……!」
(あ! そうだった、これは賭けだった。どうしよう。マリーになんて言おう……)
これからのことを考えて黙り込む私の横で、リチャードがうわ言のように、何か呟いている。
「今日を記念日にする」とか言っているような。
そんなに勝ったのが嬉しかったんだ!
リチャードは本当に負けず嫌いだ。
でも、「よくも俺のファーストキスを!」とかなんとか恨まれなくて良かった。
危うく悪役令嬢じみた真似をしてしまうところだった……っていうかしたんだけど。
まあ、リチャードが怒ってないようなので、よしとしよう。
※※※
「お嬢様ーーー!」
馬車が家に着くなり、マリーが血相変えて飛び出してきた!
リチャードには、馬車から降りずにそのままベルク家に帰ってもらった。
これから起こるマリーとの修羅場を見せるわけにはいかないからだ。
「マリー……ごめんなさい、私、リチャードに負けちゃった……」
「もう聞きました!」
「えっ、嘘、早くない? 誰から聞いたの?」
「これを見てください!」
マリーから渡された一枚の紙を見て、私は血の気が引いた。
『愛しいマリーへ 賭けは私の勝ちでしたね。あなたのために用意した古城は、すぐにでも使えるように手配してあります。つきましては、あなたの次の休みの日を教えて下さい。エリック』
急いで書いたような、走り書きで乱れた文字が恐ろしい。
どうしてエリックが、賭けに勝ったことを知っているんだろう。
怖い。ケイトが「ストーカー伯爵」と呼ぶだけのことはある。
「ああああ、マリーができちゃった結婚で寿退職になったらどうしよう!」
「お嬢様、なんてこと言うんですか!」
「あ、それは無いですよ、安心してください」
「「え?」」
振り向くと、ケイトが立っていた。
「ストーカー伯爵に、ちゃんと言ってありますから。『マリーは結婚式で、大きなお腹ではとてもじゃないけど着こなせないような、スレンダーなマーメイドラインのドレスを着るのが夢らしい』ってね。あの人、なんだかんだ言って、マリーの願いは死んでも叶えようとするだろうから大丈夫よ」
「ケイト……! すごいわ!」
「ああ、だからエリック様はいつも自分ひとりだけ……」
「「自分ひとりだけ何!?」」
「うっ……」
そのあと、私とケイトの猛攻に耐えかねて、マリーが洗いざらい話した内容があまりにも凄すぎて、私は鼻血を出して倒れてしまった。
後日、知ったことだが。
私にファーストキスを奪われたリチャードは、家に帰るなり部屋に直行、ベッドに倒れこみ赤い顔をして寝込んだらしい。
やっぱりショックだったんだろうか。
どうか、恨みに思ってませんように……。




