38 あまりこちらを見ないで欲しい
午前中のテストを終えたあとは、昼食の時間だ。
フォートラン中央学院は、初級学院と上級学院で校舎の建物が分かれている。
私達が通う初級学院には食堂が二つあり、生徒はどちらを利用しても構わないようになっている。
だが、実際には、1年生は東棟の食堂、上級生は西棟の食堂を利用することが多いようだ。
マーガレット様からそう聞いたので、それではと東棟の食堂に向かった。
食堂は、自分で好きなものを選んで、席に持って行って食べるシステムだった。
前世ではおなじみのこのシステムだが、初めてでとまどう貴族の子弟が多いのだと言う。
なので、あらかじめ、Aセット、Bセット、Cセットと、トレイにそれぞれメインやサラダなどが並べられた状態で用意されていた。
西棟の食堂では、もっと細かく自分好みにメニューを選べるのだと言う。
(ああ、だから不慣れな新入生はこっちで、慣れてきた上級生はあっちに行くのか)
なるほどと思いつつ、サンドイッチとスープ、フルーツサラダが乗ったCセットのトレイを選ぶ。
本当はトマトソースのパスタセットのBセットが食べたいのだが、初日から制服を汚すと大変なので、サンドイッチで我慢しよう。
飲み物は、給仕の運んでくるワゴンから、水、温かい紅茶、アイスティーのいずれかを選ぶシステムになっている。
マーガレット様曰く。
「生徒自身に飲み物を運ばせると、零したりぶつかったりのトラブル続出になるので、飲み物だけは給仕に運んでもらうことにしたらしいです」
貴族の子弟って、どんだけ不器用なんだ!
本当は食後はコーヒーが飲みたいけれど、選択肢にないので紅茶に……しようとして水にした。
水なら零してもシミにならない。
リチャードはAセットのハンバーグを取っている。
よしよし、たくさん食べて、もっともっと大きくなれ! の気持ちを込めて頷いたら、何故か「お嬢様、ハンバーグ一口食べますか?」と言われた。
別に欲しかったわけじゃないのに。でも、せっかくなので一口頂くことにする。
ハイジ様はBセットを選んでいる。
すぐ後ろに続いたビアンカ様も、同じBセットを選んだ。
そして、席に着くなり、ビアンカ様はパスタ、スープ、サラダを一口ずつ食べた。
そして、うんと頷いたあと、ハイジ様のトレイと交換した。
ハイジ様は、「ありがとうございます」とペコっと頭を下げ、ビアンカ様が選んだトレイのものを食べ始めた。
(ああ、ビアンカ様は毒見をしたんだ)
改めて、ビアンカ様の凄さを思い知る。
ビアンカ様は覚悟を持ってハイジ様を守ろうとしているのだ。
それに比べて私ときたら、リチャードにハンバーグをあーんしてもらってモグモグしているだけだなんて。
ちょっと申し訳ないような気持になっていたら、マーガレット様がニコニコしながら言った。
「うふふ。エリザベス様、さすがですわ。もっともっと目立って下さいませ!」
(え? もっと目立てってどういうこと? …………っ!?)
不思議に思って周りを見回すと、何故か皆に注目されていた。
「まあ、リチャード様、なんてお優しい……!」
「ああ、エリザベス嬢! まるで雛鳥のような愛らしさだ……!」
ヤバい。
リチャードの分のハンバーグを一口奪っているところを、周りにバッチリ目撃されていた。
気を付けないと、淑女失格だと噂されてしまう。
「エリザベス様とリチャード様は、何をしていても目立ちますからね。そうそう、目立つと言えば、今朝のキャサリン様! 凛々しくて本当に素敵でしたわ。あのあと、『夜の女王を称える会』に女子の入会希望者がたくさん増えたらしいですわよ」
「そうそう、キャサリン様のことを『お姉さま』と呼んでいるそうよ」
シャーロット様が、目をキラキラさせながら言うと、隣に座るアメリア様も、うんうんと頷いた。
キャサリンはとうとう女子をも虜にしたか。
そういえば、キャサリンはどうしているだろう。
一人で食べてるのかなと姿を探すと、遠く離れたテーブルに着いていた。
周りの女子生徒となんだか楽しそうにおしゃべりしながら食べている。
さすが、キャサリン。コミュ力高いな!
私達のテーブルも、なんだかんだで和気藹々としたムードだった。
ちょっと前までは、アメリア様の見ているところで、初恋の人だったというリチャードと仲良くするのは不味いかなと思っていたのだが。
アメリア様曰く「名前も憶えてくれない人に、もう未練はない」とのこと。
強がりかなと思ってよくよく観察してたら、どうやら別に好きな人ができたようだ。良かった。
そんな風にのんびりと食事を楽しんでいると、シャーロット様が、突然、思い出したように言った。
「そうそう、皆さまご存じですか? キャサリン様のファンクラブ『夜の女王を称える会』の会員は、胸に黒猫のブローチを、エリザベス様のファンクラブ『月の女神をお守りする会』の会員は、銀の羽のブローチを付けているのですよ」
(な、なんですって!?)
思わず、ブフォッと水を吐き出してしまった。良かった紅茶を選ばなくて。
とんでもない情報を得て、改めて周りを見ると……いる!
銀の羽のブローチを付けた男子生徒が周りにたくさん!
舌打ちしたリチャードが、周りを鋭い目で見まわすと、頬を染めてこちらを見ていた銀の羽のブローチの生徒たちが一斉に目を逸らす。
「うふふ、全て順調。計画通りで何よりですわ!」
マーガレット様がニコニコと言った。
※※※
午後のテストもなんとか無事に終え、帰りの馬車に乗り込む。
しかし疲れた。
確かに、入学式のあとすぐテストがあるとは聞いていたが、まさかこんなにすぐだったなんて。
入学式の日にテストだなんて、前世の常識では考えられない。
私もまだまだこちらの世界に慣れていないということか。
「お嬢様、その、テストはどうでした?」
リチャードがおずおずと聞いてきた。
「んー。まあまあかな。リチャードは?」
「俺も、まあまあと言ったところです」
(ふふふ。本当は、バッチリだったのよね!)
まあ、前世で社会人だった私にとって、中学生レベルの問題なんて楽勝だった。
多分だけど、全科目満点だと思う。
(ふふふ。勝負はきっと私の勝ちね! マリーに言って、リチャードが着られるようなドレスを用意してもらおうっと。メイド服とかもいいかもしれない。そうだ! ケイトも誘っちゃおう! あー、生きた着せ替え人形ごっこ楽しみ!)
リチャードの女装姿を思い浮かべていると、思わず口元がニマニマしてしまう。
(あー、早く結果が知りたいな)
そう思いつつ、目の前に座るリチャードの顔を見ると。
(あれ……?)
なんと、リチャードが頬を染め、キラキラと期待に満ちたような目で私を見つめていた。
これは一体どういうことだろう。
(まさか、私に勝ったと思っている?……いやいや、まさかそんな……でも、そういえばリチャードって、エリック様に家庭教師してもらってたのよね……)
急に不安になってきた。
その後、帰宅してすぐにマリーが「お嬢様! テストはどうでした!?」と思いつめたような表情で尋ねてきた。
「えっと、大丈夫! 絶対私の勝ちよ!」
「本当ですか? あー良かったー!」
ほっとしたような表情になるマリーを見ながら、心の中で呟く。
(神様仏様、どうかリチャードに勝てますように……!)




