37 入学式 後編
「な、なんだと……?」
顔を真っ赤にしながら、ギルバート殿下が呟く。
心なしか声が震えているようだ。
キャサリンの方が背が低いのに、そうしているとギルバート殿下がか弱い令嬢のように見えるのは何故だろう。
「素晴らしい……! さすがは、『夜の女王』」
「羨ましい……俺も壁ドンされたい!」
「ああ、女王様……」
周囲から、何やらとんでもない声が聞こえてくる。
もしかしてこれが例の、『夜の女王を称える会』の会員の声なのだろうか。
「彼女は私の婚約者だからね。いずれ君の叔母になる」
エリオットが、にこやかに進み出て、ギルバートに言った。
「はじめまして、と言うべきかな? 私は君の父親の弟、エリオットだよ」
ギルバートが、驚いたように目を見開く。
そうだった。エリオットはアルドラ王の弟だった。
神託によりフォートランの侯爵家に養子に出されたが、アルドラの王族であったことは間違いない。
「キャサリン、早く彼から離れなさい。ああ、また君の信奉者が増えてしまったようだね」
エリオットの顔は微笑んでいるのだが、何故だろう、見ていると背筋が寒くなる。
「アルドラの王族が、女性に対して失礼な態度を取るなんてね。アルドラの男が皆、そんな酷いやつばかりだと思われたらどうしてくれるんだい?」
「……っ!」
エリオットの言葉に、ギルバート殿下は顔を歪め、無言で走り去っていった。
一体、何がしたかったのか、全くわからない。
もう今後は、絶対に関わり合いたくない。
「さあさあ、皆様、もう入学式が始まりますわ、早く会場に入りましょう」
場の空気を変えるように、マーガレット様がニコニコと言う。
さすがだ。あんなことがあった後でも、全然動じる気配を見せない。
正門を抜け、中庭を越えると、内門がある。
そこから先は、学生と、教員などの学校関係者以外は立ち入ることが許されていない。
なので、エリオットとは、ここで別れて先に進む。
そもそも、入学式に、保護者は招待されていないのだけれど。
なのに。ふと横を見ると、クラウス様がハイジ様と一緒に付いてきていた。
不思議に思っていたら、クラウス様が、私の方を見て微笑みながら言った。
「ああ、私は学校関係者ですので、校内の立ち入りが許可されているのですよ」
「え? 学校関係者?」
「はい。剣術の非常勤講師として勤めることとなりましたので」
「それならハイジ様も安心ですね」
「とはいえ、四六時中そばにいられるわけではないですからね」
「大丈夫です。私達、守り隊がついてますから!」
「……そうですね。アーデルハイド様、いいですか。お手洗いに行くときは、必ず隊……クッ……失礼、皆様のうちの誰かと一緒に行くんですよ。絶対に一人きりになりませんように」
クラウス様。隊って言いながら笑うの止めてください。
「それから、食事の時は、できるだけ好き嫌いなく食べるんですよ。食べなきゃずっとちびっ子のままですからね?」
「もう! 恥ずかしいから止めてよ!」
頬を膨らませて不満げなハイジ様を、クラウス様がいつもの調子でからかっている。
その様子を見ている周りの女子達から、クラウス様に熱い視線が注がれる。
クラウス様は、糸目でさっぱり顔だが、よく見るとかなり整っている顔立ちなのだ。
背も高く、ハイジ様を守るように寄り添うその姿は、女子の憧れる理想の騎士様といった感じだ。
とは言え、ハイジ様とクラウス様は、周囲のそんな視線は気にならないようだ。
そして、周囲の熱い視線といえば。
私の横に立つリチャードも、かなりの注目を浴びている。
サラサラの黒髪、切れ長の黒い瞳。均整の取れた身体つき。
元々、ちょっとびっくりするほどの美少年だったが、こうして沢山の男子生徒の中にいると、その美しさがさらに際立って見える。
ポニーの中にサラブレッドが混じっているというか。
チワワの中にドーベルマンがいるようなというか。
とにかく、目立つ。
一人だけスポットライトが当たってるんじゃないかと思うほど、輝いて見える。
式典の会場では、座る席はとくに決められていなかったので、とりあえず皆で固まって座った。
私の左隣にはキャサリン、右隣にはリチャードが座る。
二人とも、ものすごく目立っていて、なんだか私まで見られているような気がして恥ずかしい。
そして入学式が始まった。
学院長の挨拶の後に、生徒会長である王太子の挨拶があった。
王太子殿下もかなりの美形だが、リチャードほどではない。
そして、入学式が無事終わり、生徒が自分のクラスの教室に向かうため席を立つ。
「その髪型、すごく似合ってるわ。ベルク伯爵みたい」
小声でリチャードにそう囁くと、何故だが眉をひそめ、不機嫌そうな表情になった。
何だろう、何か不味いことを言っただろうか。
ベルク伯爵に似てるなんて最高の誉め言葉なのに、気に入らなかったのだろうか。
「この中で、リチャードが一番素敵よ」
慌ててそう言ってみる。
すると、リチャードはにこやかな笑顔を浮かべ、私の耳元に顔を寄せ囁いた。
「お嬢様は、この中だけでなく、世界で一番素敵です」
(うわあ! なんて良い声……!)
あまりの破壊力に、思わず耳を押さえる。
顔に熱が集まる。
鏡を見なくてもわかる。今の私は、きっと真っ赤になっているだろう。
※※※
それから、皆で教室へと移動した。
自分がどのクラスかは、会場の入口に貼られた紙に書いてあった。
残念ながら、キャサリンは違うクラスだったが、守り隊の皆は全員同じクラスだったので、ホッとした。
キャサリンは、自分だけ違うクラスであることに不満そうだった。
「あーあ、お姉さまと同じクラスが良かったのにな。しかも、あの、エリオットの甥っ子も同じクラスだなんて、最悪」
キャサリンには悪いが、私はギルバート様とクラスが違ったので、一安心だ。
あんな失礼なのと一緒のクラスだなんて、想像するだけで嫌だ。
私達はA組。キャサリンとギルバート殿下はB組だった。
今年の新入生は約200人。
ひとクラスの人数は40人程度なので、A組からE組までの5クラスがある。
これは例年より少し多いのだそうだ。
第二王子が産まれた年であることが関係しているらしい。
貴族達が、自分の子供をあわよくば側近や婚約者にしようと、あわてて子作り調整した結果なのだとか。
A組の教室に入り、適当な席に座っていると、前の扉からひとりの男性が入ってきた。
銀縁メガネをかけた小柄な男性で、肩より少し長い金髪を後ろで一つに束ねている。
ぱっと見は女性のようにも見えるくらい線が細い印象で、生徒だと言っても信じられるくらいの童顔だ。
そんな、儚げな美少年風の男性が口を開いた。
「はい、うるさいよ、静かにして。僕がこのクラスの担任の、セオドア・ブルックだ。僕はとにかく忙しいんだ。担任なんてやってる暇はないのに、クジ引きで負けて仕方なくやらされてるんだからね。絶対に面倒事を起こさないようにしてよ。僕からは以上。何か質問は?」
教室がシーンと静まりかえった。
登場して1分で、なんだかとんでもない教師が担任になったぞと悟った生徒達は、とりあえず今は静観していようと覚悟を決めたらしい。
「質問は無いみたいだね。まあ、何かあったら教員控室に来て。誰かが何とかするだろうから。この後の予定は、テストを受けてもらうことになってる。まず、国語と数学を午前中に受けて、そのあと昼休みを挟んで理科と社会だ。それぞれ1時間ずつ。言っとくけど、不正を行ったら、社会的に死ぬからね、はい、では今から問題用紙を配るよ」
(えっ、何、いきなりテスト開始!? 心の準備ができてないってば!)




