34 面倒なことになりそうです
「アルドラの第三王子……!?」
マーガレット様からは、アルドラの王子が新入生の中にいるなんて聞いていない。
マーガレット様はこのことを知っているのだろうか。
知っていて隠していたとは思いたくないが。
「えー、その話本当なの? それより、今日はストーカー伯爵とデートじゃなかったの?」
ケイトがマリーに言う。
マリーははっとした表情になった後、みるみる青ざめていき、ぶるぶると震え出した。
「あー、もしかして、デート中断して帰ってきちゃったの?」
「うっ、言わないでケイト! だって! お嬢様の一大事だと思ったから……!」
最早、涙目のマリー。
「ありがとう、マリー。私からも、あとでエリック様に謝っておくから! きっと大丈夫よ!」
「お嬢様……! ありがとうございます!」
とりあえず、マリーが少しだけ落ち着いたようで良かった。
それはさておき、問題の第三王子についてだが。
マリーはどうやってその話を知ったのだろうか。
「今日、エリック様と不動産屋に行ったんですが……」
「えっ、何、どうして? まさか新居を探しに!?」
「ええええっ!? 違います違います、そんなんじゃないです!」
不動産屋というパワーワードを聞いて思わず色めきたった私に、マリーが慌てて両手を顔の前で振る。
それからマリーは、不動産屋でのことを話し出した。
今日のデートで、マリーはいきなりアルビオン商会という不動産屋に連れていかれたのだそうだ。
マリーが以前にふと漏らした一言「温泉に入りたいな」に過剰反応を示したエリックが、アルビオン商会に言いつけ探させていた「良さげな物件」とやらがやっと見つかったのだという。
商会で担当の者を呼びだしている間、マリーとエリックはパーティションで仕切られた部屋の一角で待っていたのだとか。
「あなたに満足して頂けるような露天風呂を備えた、山奥の秘境にある古城を見つけたのです。あなたが望むなら、その古城を買い求めようかと思いまして」
「こ、古城!? え? 秘境って……」
「はい。滅多に人が近寄らない場所にあるんですよ。そこでなら、二人きりで露天風呂に入ったり……色々と楽しいことができると思いまして」
「あわわわわわ」
だがその時、妖艶な微笑みを向けてくるエリックに思わず硬直していたマリーの耳に、少し離れた仕切りの向こうから、不穏な言葉が飛び込んできた。
『ですから、できるだけフォートラン中央学院に通いやすいような場所が良いのです。それから、王子が住まう場所ともなると、馬を何頭か置いておけるような設備も必要となります』
フォートラン中央学院、王子という言葉がなんとなく気になって、マリーはついつい、そちらの話に聞き耳を立てた。
「マリー……?」
隣に座るエリックが、不審そうにマリーを見た。
思わず口の前で人差し指を立てると、エリックが理解したとばかりに頷いた。
『入学後しばらくはバーランド侯爵家から登校されることとなりますが、できるだけ早いうちにそこを出て自分の屋敷を持ちたいと希望されているのです』
『かしこまりました。アルドラ王国第三王子とお取引頂けるとは、我がアルビオン商会にとって大変光栄なことでございます。できるだけ速やかに、ご希望に叶う物件をご用意いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ』
『急な依頼で申し訳ないが、どうかよろしく頼む。我々としても此度のことは急すぎて、準備に手こずっている状態なのだ』
(アルドラ王国第三王子がフォートラン中央学院に急に通うことになったの!? 大変、お嬢様にすぐにでも知らせなきゃ!)
慌てたマリーは、エリックに向かって頭を下げると、「ごめんなさい! 私、今すぐに帰らなくては!」と叫び、夢中でその場を後にした。
――そして、現在に至る。
「あーあーあー、ストーカー伯爵を置き去りにしてきちゃったかー」
「やめてよケイト!」
マリーは両耳を押さえて涙目で首を振っている。
それにしても。
マリーが私のために急いで戻ってきてくれたのだと思うと、エリックには申し訳ないが、すごく嬉しい。
「マリー、ありがとう」
心からお礼を言うと、マリーがはにかみながら「お嬢様のためですから」と言った。
その様子が物凄く可愛い。
さすが、小説『囚われの天使』のヒロイン。動作の一つ一つが絵になる。
「それにしても、おかしいわね。どうしてこんなに急にこちらの学院に来ることになったのかしら。ケイト、マリー、どう思う?」
「あー、もしかして、例の公女様の問題に関係しているんじゃないですか?」
「私も、多分そうじゃないかと。なので急いでお嬢様にお伝えしようと思ったんです」
ハイジ様のことについて、執事のマーカスと、最近正式に私付きの侍女になったマリーの二人にだけは、詳細を全て伝えてある。
だが、ケイトを始めとしたフォークナー伯爵家の使用人達には、王位継承権云々の政治的な話はさすがに伝えられない。
なので、ごく簡単に「ロルバーン公女に求婚を断られたアルドラ王が、我が国に逃げてきた公女を攫って行くかもしれない、そしてそれにお嬢様が巻き込まれるかもしれないので、注意するように」とだけ伝えてある。
「息子の王子が、父親のために、義理の母になる同い年の少女を攫いに来た、とか……ああ、言ってて気持ち悪くなってきた!」
「お嬢様、その第三王子とやらには、絶対に近づかない方がいいですよ! 本当に、男なんて子供だとしても最低だわね! やはり信じられるのはお金だけ!」
(いや、本当に、ケイトの過去に何があったんだろう!?)
とにかく急いでマーガレット様に連絡を取らないと。
マーカスに言って、すぐさま面会を申し入れると、ほどなくして「これからすぐに会いましょう」と返事が来た。
大事な話し合いになりそうなので、リチャードも誘って、スペンサー伯爵家に行く。
もちろん、マリーも一緒だ。
スペンサー伯爵家に着くと、すでにハイジ様とクラウス様、チューリップトリオの皆も揃っていた。
「皆様、遅れて申し訳ありません。実は、私の侍女のマリーが、街で不穏な話を聞いてきたのです」
それから、マリーが事の次第を話すと、マーガレット様の表情がどんどん険しくなっていった。
「アルドラの第三王子……ギルバート殿下ですわね……」
マーガレット様の言葉を聞いて、いつもは好奇心に目をキラキラと輝かせているシャーロット様も、眉を顰めながら呟く。
「ええ。よりによって、ギルバート殿下とは……」
「シャーロット様。ギルバート殿下とは、どんな方なのですか?」
リチャードがシャーロット様に問いかける。
「アルドラ王国には、三人の王子がおります。第三王子のギルバート殿下は私達と同い年で、二つ年上の第一王子と第二王子は二卵性の双子です。真面目な優等生の第一王子と少し乱暴な第二王子。特に目立つところのない第三王子、と世間では言われておりますが……私が父から聞いた話は、少々違っております」
敏腕外交官であり外務大臣の懐刀ベンティス子爵の話だ。
多分、そちらが真実なのは疑いようが無い。
「ギルバート殿下のことをお話する前に、アルドラ王国の王位継承についてのお話をさせて下さい。ご存じの方もおられるでしょうが、彼の国では王太子という地位を特に設けません。王子は全て王位を継ぐ資格を持ち、常にその座を争っている状態です」
そうすることで、より強い王が選ばれる仕組みになっているのだとか。
だがその仕組みは、常に王位争いという火種を産む。
「アルドラ王の子供は、第一王妃イザベラ様の産んだ王子三人のみ。なので、王位を狙える立場にあるのはこの三人のみなのです。そして、この三人のうち、王位に就くのは兄王子達のどちらかだろうと、そういうことになっているようです。表向きはですが」
シャーロット様は、そこで一度口を閉じ、皆の顔を見回すように視線を動かした。
今から話すことを、よく聞くのだと念を押すような視線だった。
「表向き、つまり、後宮の外ではそのように思われているようですが、後宮では違った見方をされているようです。母であるイザベラ様は、双子の兄王子達より、第三王子のギルバート殿下を可愛がっていて、将来の王にはギルバート殿下を望んでいると」
「……つまり、よりによって、アルドラ王国の王太子のような大物がやってきたというわけですか」
リチャードの問いかけに、シャーロット様が頷く。
「その通りですわ。ですから、何か面倒なことになりそうだと思いまして……」
一同息をのむと、場はシーンと静まり返った。
それにしても、シャーロット様にここまで言わせるとは。
さきほどはマーガレット様もその名を聞いて眉を顰めていたし。
「その第三王子って、どんな顔なのかしら」
思わずそう呟くと、糸目のイケメンクラウス様が、場の空気を和ますように軽い口調で言った。
「アルドラ王に瓜二つだという噂ですよ。あ、そうだ、アルドラ王の肖像画なら、今ここにありますけど、皆さんご覧になります?」
そう言いながら、クラウス様が懐から折りたたんだ紙を取り出し、テーブルの上に広げた。
皆でその紙を覗き込む。
そこに描かれていた人物を見て、私は思わず叫んでしまった。
「えっ、この人がアルドラ王!? 噓でしょう!?」




