33 嫌な予感がします
「お嬢様! 信じてますからね! 絶対にリチャード様に勝ってくださいね!」
参考書を買いに行った日からずっと、マリーが私に呪文のように言ってくる。
なんだか凄く怯えているみたいだけど、一体どうしたんだろう。
「いやいやいや、私、前世は社会人だったんだよ? いくらなんでも12歳には負けないってば」
「そんなフラグ立てるようなこと言わないでください! リチャード様、相当頭いいですよ! エリック様がそう言ってましたもの」
「え?」
「リチャード様はこの前、エリック様に勉強を教えてもらったみたいです。呑み込みが早いってエリック様が褒めてたんですよ!」
「何それずるい!」
天下のリドフォール卒がバックについているなんて!
「で、でも、万が一負けたとしても、頬にキスするくらいだしね」
「お嬢様はそれで済むかもしれませんが、私は違います!」
そうだった。マリーとエリックの賭けの内容は、『負けた方が勝った方の言うことを何でもひとつ聞く』だった。
「あ、あの、一つ確認なんだけど、マリーとエリックって、もうキスとかしたことあるの? あ、私は前世では成人済みだから、遠慮せずに話してくれて大丈夫だからね」
そう、体は12歳の子供だけれど、中身は立派な大人なのだ。
どんな話を聞いても動じない自信がある……と思っていたのだが。
マリーの話を聞いてるうちに、頬に熱が集まってきた。
「嘘でしょう!? い、いつの間にそんな……」
そこで私は思い出した。
マリーは、前世で私が好きだったイラストレーターがイラストを描いている小説『囚われの天使』のヒロインだった。
小説の中のヒロインは、彼女を愛するあまり狂ったヤンデレ伯爵によって、古城に監禁される。
そこで繰り広げられるヒロインとヤンデレ伯爵のラブシーンは……R18。
そう、とんでもなく濃厚で特殊な性癖の人向けのものだった。
ヤンデレ伯爵の激しい求愛に耐え切れなくなったヒロインは、何度も脱出を試みるが、毎回捕まっていたっけ。
「マ、マリー、できちゃった婚で寿退職の可能性、何パーセントくらい?」
「ゼロです! そこまではまだいってません!」
「寸前で止められるエリックの精神力……凄いな」
「お嬢様、何を感心してるんですか!」
「でも、確かに、その状態で『負けた方が勝った方の言うことを何でもひとつ聞く』なんて賭けに負けたら…………うわあ」
「お嬢様! 何、想像してるんですか! 止めて下さいよ!」
「ご、ごめんね、マリー」
涙目で訴えてくるマリーをなんとか宥めつつ、今後の対策を練ることにする。
まあ、私が必死に頑張れば良いだけなのだが。
せめて過去問とかが手に入れば。
「ねえ、マリー。過去問ていうか、マリーが学院時代に受けたテストの問題用紙って、まだ持ってる?」
「持ってはいますけど、役に立たないと思いますよ」
「え? どうして?」
「入学式後のテストは、過去の問題と似た問題は出さないようになってるんです」
「ええ? 何それ、意地の悪いことするわね!」
「対策されないように、らしいですよ」
でもまあ、ほとんどの生徒は対策も何もせずにテストに望むらしいので、そんなに難しい問題は出ないだろう。
とりあえず、ミスの無いように気を付ければ大丈夫なのではないだろうか。
「それにしても、リチャード様はずいぶんと気合が入ってますね」
「あー、そうね。リチャードって本当に負けず嫌いよね」
「絶対に、違うと思いますけどね……」
「え?」
マリーがため息をつきながら言う。
身の危険を感じすぎて、疲れているようだ。
※※※
そして。ついに、入学式まであと三日となった。
新しい制服を部屋の壁に掛けて、しみじみと眺める。
上半身は、白の襟付きブラウスで、濃紺のリボンタイを結ぶ。
そして、その上に白のスタンドカラーのショートケープを羽織る。
下半身はハイウエストの濃紺のミモレ丈スカート。
靴は踵の低い黒のストラップシューズ。
とても清楚で上品なデザインだ。
だが、私はちょっと不満だった。
「上着が白いのがちょっとね……。私、絶対にすぐ汚すと思う。昼ごはんがパスタだったりしたら、一発アウト間違いなし」
「お嬢様、そこはできるだけ気を遣って下さい」
メイドのケイトが呆れたように言う。
今日はマリーがお休みなので、ケイトがお茶を淹れてくれる。
ケイトの淹れてくれるお茶もとても美味しい。
「ねぇねぇケイト、マリーは今日はデートに行ったのよね?」
「そうだと思います。青い顔して、ため息つきつき出かけていきましたから」
「え……それって、本当にデートなの?」
「相手があのストーカー伯爵ですからね」
「ケイトって、エリック様のことをストーカー伯爵って呼んでるんだ」
「ぴったりのあだ名でしょう?」
「ま、まあね」
ケイトはマリー同い年で、マーカスやマリーと一緒にバートン子爵家からフォークナー伯爵家に移ったメイドだ。
口はちょっと悪いけど、気持ちは優しいしっかり者だ。
「ケイトも彼氏がいるの?」
「いませんよ」
ケイトは可愛い。
色白で、ぱっちりと大きな青い目が人形のように可愛らしく、肩より少し長い金髪を首の辺りから三つ編みにしている。
「私の恋人はお金なんです」
「ふふっ、それ、ケイトの口癖ね」
「お金は裏切らないですからね」
ケイトの目が怪しく光る。
一体、過去に何があったんだろう。
「お嬢様あああっ! 大変です!」
そのとき突然、マリーが部屋に飛び込んできた。
驚きすぎて椅子から転げ落ちそうになった私を、ケイトが慌てて支えてくれた。
「ちょっとマリー! いきなりどうしたの!? お嬢様が驚いてるじゃないの! びっくりさせないで!」
「ご、ごめんなさい! 急いでたから」
「どうしたの、マリー? デートに行ったんじゃないの?」
あまりのマリーの慌てぶりに、なんだか嫌な予感がする。
「それがですね、今年の新入生の中に、アルドラ王国の王子様がいるらしいんです!」
「えっ!!」
「元バーランド侯爵家の令嬢、イザベラ第一王妃様が産んだ、第三王子らしいんです!」
(うわあああ! 嫌な予感的中!)
R7.5.21 ケイトの年齢をマリーの2歳上→同い年に変更しました。




