30 好きなものはなんですか
その後は、マーガレット様以外の者が順番に挨拶をし、改めて顔合わせのお茶会を始めた。
「あの……アーデルハイド様は、どうしてクラウス様のことをクララとお呼びになるのですか?」
シャーロット様がキラキラとした目を向けながら尋ねた。
そうそう、それ、私もずっと気になっていたのだ。
「ああ、それはですね」
クララことクラウス様が、自分が何故そう呼ばれることになったかを説明し始めた。
「アーデルハイド様は小さい頃から人見知りでね。特に男性は超苦手だったんですよ。護衛騎士が近寄ると怯えて泣き出すので、困った大公夫妻が『腕の立つ少年に女の子の格好をさせて、護衛として側に置くのはどうだろう』って言いだして。ははは、本当に何考えてるんでしょうね、馬鹿なことを考え出すのは遺伝なんですかね」
クラウス様は朗らかに話しているが、内容はかなり不敬である。
「で、私が選ばれたわけです。その頃は背が小さくて、ぱっと見は女の子に見えたんですよ。女の子の格好をして、アーデルハイド様に『クララと申します』って偽名を名乗ったんですけど、もうね、すっかり信じちゃって。『わたくし、ずっとおねえさまがほしいとおもってたの!』なんて言って大喜びしちゃって、いや本当に可愛かったですよ、馬鹿な子ほど可愛いって本当ですね」
隣に座るアーデルハイド様の顔が大変なことになってきているが、クラウス様の話は止まらない。
「そのうち、どんどん背が伸びて、さすがに女だと偽るのが難しくなってきたので、さくっとカミングアウトしました。で、去年の春にロルバーンの貴族学校を卒業してからは正式に護衛騎士になりました。『おねえさま』から『護衛騎士』に華麗に変身したわけです。でもね、アーデルハイド様はいまだにクララって呼ぶんですよ。ははは、本当にもう、馬鹿みたいでしょう? こんな大男に向かってクララだなんてね」
「クララの馬鹿!」
「おや? 馬鹿って言った方が馬鹿だって、さっき言ってましたよね?」
「……っ! クララの意地悪!」
アーデルハイド様が真っ赤な顔で怒り出したが、クラウス様は気にせずからかい続けている。
この二人、いつもこんな風なんだろうか。
「まあ、小さい頃に比べればマシにはなりましたが、人見知りで引っ込み思案なのは全然直ってないんですよね。ですから、学院で上手くやっていけるかな、とか、お友達ができるかな、とか、もう心配で心配で食事もろくに喉を通らないようなんですよ。たくさん食べなきゃ、ずーっとちびっ子のままなのにねぇ」
クラウス様は、そう言いながら、チョコレートクッキーを一枚つまみ上げ、アーデルハイド様の口に無理やり突っ込む。
「……んぐ!」
「美味しいですか?」
「……ええ。美味しいわ……」
アーデルハイド様は、顔を真っ赤にして、少し俯きながらクッキーをもぐもぐと食べている。
その様子を、クラウス様が優しげな目で見つめている。
(ああ、この人は、アーデルハイド様のことを本当に大事に思ってるんだ)
口ではからかうようなことを言っていたけど、アーデルハイド様が食欲がないことをかなり心配しているんだと思う。
その理由を、これから始まる学院生活への不安のせいにしているけど、実際はそれだけではないのは、ここにいる誰もが理解している。
可哀想だな、と思う。
こんな小さい女の子が、親元から離れ遠くの国にやってきて、知らない人々に囲まれている。
人見知りで引っ込み思案なのだとしたら、それだけでもかなりのストレスだろう。
なのに、彼女は他国の王に狙われていて、いつ攫われるかわからないのだ。
そんな恐怖に晒されているなら、食事が喉を通らなくなるのも無理はない。
なんとかしてあげたい、と思う。
どうにかして、この小さな女の子を安心させてあげられないだろうか。
少しでもいいから、その心にかかる重みを軽くしてあげられたら。
この優しい護衛騎士が、ほんの少しでも、安心できるように。
大好きなものに囲まれて、幸せな気持ちになる瞬間があったなら。
それなら、少しの間だけでも、気を紛らわすことができるかもしれない。
そう思いながら、私はできるだけにこやかに微笑みながら言った。
「アーデルハイド様、ハイジ、とお呼びしてもよろしくて?」
「え? ええ、そう呼んで頂きたいわ」
「ふふっ、では、これからはハイジ様とお呼びしますね! ハイジ様はチョコレートクッキーがお好きなのかしら? 他には何かお好きな食べ物はありますか? やはり、白パンかしら?」
「……しろぱん? ええと、私は、チョコレートが好きなんです。ですから、ええと、チョコレートクッキーとかチョコレートケーキとか、チョコレートが入ってるものは何でも好きです」
アーデルハイド様、改めハイジ様が一生懸命答えてくれた。
すると、マーガレット様が、にこやかに微笑みながら言った。
「まあ、でしたらこちらのチョコレート味のマカロンもきっとお気に召すと思いますわ。是非召し上がって」
「は、はい。いただきます…………美味しい!」
「良かった。たくさんあるので、好きなだけ召し上がって下さいませ」
その後、好みの食べ物の話から、「好きなもの告白大会」になり、場はとても盛り上がった。
ハイジ様は犬がお好きで、ロルバーンで犬を飼っているそうだ。
もしかしたらと思って尋ねたが、犬の名前はヨーゼフではなくカールだった。
皆でそんな風に話をしていると、いつの間にか、ハイジ様は声を出して楽しそうに笑うようになった。
そんなハイジ様をクラウス様が嬉しそうに眺めていた。
ハイジ様は、チョコレートのお菓子だけでなく、イチゴの乗ったタルトやブルーベリージャムがかかったチーズケーキも食べた。
もぐもぐと頬を膨らませながらちょっとずつ食べるその姿は、なんだかハムスターに似ている。
※※※
帰りの馬車の中で、リチャードと今日のお茶会について話し合う。
「ハイジ様には、楽しい学院生活を送っていただきたいわ」
「そうですね」
「ねえ、リチャード、『公女を守り隊』のことだけど。『ハイジ様を守り隊』に名前を改めるべきなんじゃないかしら?」
「その話、まだ諦めてなかったんですね……」
「え? 諦めて外では言わないようにしてるけど?」
「……そうですか」
「あ、でも『ハイジ様を守り隊』って言うのもちょっと長いかな? うーん、じゃあね、いっそのこと『守り隊』いや、『隊』でいいんじゃないかな?」
「……隊」
我ながらいい考えだ。
絶対にハイジ様を守るぞ! っていう意気込みが感じられるのが良い。
それにしても。
よくもまあクラウスさんに女装させて、自分の影武者にしようなんて思いついたな。
ふと思い出して吹き出してしまう。
「お嬢様?」
「あ、いえ、ごめんなさい、クラウス様のドレス姿を思い出したらおかしくなっちゃって」
その時、ふと、リチャードが女の子の格好をしたらどうなるだろうと思い、目の前の彼をじっと見る。
リチャードは12歳の男の子にしては背が高いけど、手足がすらっと長くて華奢な体型だ。
白い肌は陶器のようにすべすべで、艶やかな黒髪や宝石のように輝く黒い瞳が何とも言えない色気を醸し出している。きっとドレスが似合うと思うんだけど。
「……着ませんよ」
「え?」
「ドレスなんて着ませんからね」
「ええっ! 私、声に出してた?」
「いいえ。でもお嬢様の考えていることなんてすぐわかります」
リチャードは、どうあってもドレスを着る気がないようだ。
「残念、私、妹が欲しかったのに」
「…………キャサリン様がいるでしょう」
「お姉さまでもいいのよ?」
「…………お断りします」
「残念、お姉さまの言うことなら、何でも聞くのに」
「…………えっ、何でも?………………いやいや、ダメです!」
それからリチャードは、目を逸らして馬車の窓から外を見ている。
もう一押しだったような気がするが、無理強いすると後が怖いので、今日のところは引き下がることにした。




