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3 マリー!!

ここから追加のお話です

あれから4年経った。


なんとか不幸を回避し、今は、フォークナー伯爵家に引き取られ優しい祖父母と穏やかに暮らしている。


フォークナー伯爵領は王都からは少し離れた場所にあるが、広大な農地と、多種多様な鉱石が採掘される鉱山を多数所有していたため、かなり豊かな土地だった。

領地には風光明媚な観光地がいくつかあり、貴族たちの別荘も数多くある。

そんな豊かな領地を、将来私が婿を取り、継ぐことになっている。


元々、母には兄がいて、その伯父がフォークナー伯爵家を継ぐ予定だった。

だが伯父は独身のまま事故で亡くなったため、今では私しか跡を継ぐ者がいない。

二人いた子供を全て失った祖父母にとって、私は唯一の希望となったのだ。


亡き娘の忘れ形見である私を、祖父母は本当に可愛がってくれた。

そのおかげで、両親がいないことを寂しいと思うことはほとんどなかった。

私はそんな祖父母の気持ちに、精一杯報いたいと思った。

そして、伯爵家の跡取り娘として恥ずかしくないように努力するよう決意した。


(おじいさまとおばあさまに、誇りに思ってもらえるような伯爵令嬢にならなければ!)


そもそも私はドアマットヒロインだったのだ。

今はこんなに穏やかに暮らせているけど、いつ「物語の強制力」とやらが働いてもおかしくない。


それには、大好きなイラストレーターが渾身の力を込めて描いた(であろう)ビジュアルと、必死に身に着けた「天使の笑顔」だけでは、この先に何かあった時乗り切るのは難しいだろう。


しかも私はまだ12歳。一人では絶対に生活できない。

今の自分ができることを一生懸命にやって、どうにかこの幸せな日々を維持していかねば!


だから、苦手なダンスも必死に頑張った。


「ワンツースリー、ワンツースリー、はいエリザベス様! リズムがずれていますよ! でもとても良い姿勢ですね!」

「ありがとうございます!」


とにかく必死に練習した。

ダンスの講師は優しい女性で、褒めて伸ばす方針なのか、いつも良いところを見つけて褒めてくれた。


私はまだ子供で背が小さいため、大人とは一緒に踊れない。

なので、一人でひたすら踊り続けた。


「はい! 今日も大変良い姿勢ですが、何故かリズムがずれていらっしゃいます! 大変個性的で素晴らしいですが、お相手の方が驚かれるでしょうから直していきましょう!」

「わかりました!」


必死に努力しているにもかかわらず、私のダンスはなかなか上達しなかった。

何故か上手くリズムに乗れない。

さすがにちょっと挫けてしまって、ついつい愚痴を漏らしてしまう。


「はあ、全然上手くならない……それにしても、どうして貴族はダンスしなきゃならないの? ……そんなに皆で踊りたければ、マイムマイムとか踊ればいいのに」


独り言のような呟きに、メイドのマリーがにこやかに返して来た。


「ふふっ、それじゃあ、運動会ですよ」

「まあね、それにしても運動会かー、懐かしいな。チェッコリ玉入れとか思い出しちゃった…………え?」


私は驚いてマリーの方を見た。


(え? マリー、今、なんて……? マイムマイムを知っている……?)


マリーは「あっ、バレちゃった」と小さく呟いた後、にこっと笑顔になった。

栗色の髪に緑の瞳のマリーが笑うと、とても可愛らしい。


「マリー……あなた、もしかして!?」


「はい。私、前世は日本人だったんです」


嘘でしょ!? マリーもなの!?





※※※





それからマリーに詳しい話を聞いた。

マリーは前世では女子大生だったらしい。


「いつ思い出したの?」

「先日、お嬢様が入浴の際に頭に畳んだタオルを乗せて『あー。お風呂最高! でも、もっと大きなお風呂に入りたいな……温泉って無いのかな』と仰った時です」


その時、マリーは『わかる! 温泉良いよね。露天風呂とか超最高! あー、風呂上がりのアイス食べたい!』と思ったのだそうだ。

で、自分が前世は日本の女子大生だったと思い出したらしい。


「どうしてすぐに教えてくれなかったの?」

「申し訳ありません。お嬢様も多分そうだと思ったんですが……万が一違っていたら、おかしなことを言うメイドだと解雇されてしまうかもしれないと思って」


マリーが申し訳無さそうに言った。

いや、確かにマリーの立場だとそう考えるのも無理はない。


その後、私は、マリーに今までのことを説明した。


日本人だった前世の記憶があること。

しかも、前世で読んでいた小説のドアマットヒロインに生まれ変わってしまったこと。

不幸な未来を回避すべく、お母様が夢枕に立ったと偽って小説のストーリーを皆に話したこと。


「マリー、騙して本当にごめんなさい。お母様が夢枕に立っただなんて、嘘だったの」


マリーの前で、頭を下げつつ謝る。


「お嬢様……頭をお上げください。お嬢様は私達を一緒にフォークナー伯爵家に連れてきて下さったじゃありませんか。あのままバートン子爵家にいたら、私は本当に不幸な人生を送るところでした。お嬢様は命の恩人です」

「えっ、仕事を解雇されるのって、そんな命に関わるような大変なことだったの!?」


マリーがあまりにも真剣な顔で言ったので、私は焦ってしまった。

だが、続けてマリーが話したことを聞いて、驚きのあまり心臓が止まりそうになった。


「いえ、実は……私も、お嬢様と同じく小説のヒロインだったのです」


その後、マリーは自分が主人公だという小説のストーリーを話してくれた。


――心優しいメイドのマリーは、継母と義妹に虐げられる子爵令嬢を庇ったために、子爵家を解雇されてしまう。その後、新たに勤めたお屋敷で、美しいが冷酷な伯爵に出会う。彼はマリーに執着し、ことあるごとに愛を囁くが、マリーは身分差を理由に彼の愛を拒み続ける。そんなある日、伯爵はマリーを古城に閉じ込めてしまう。

監禁された日々の中、伯爵の悲惨な過去に触れ、彼の心の闇を理解していくマリー。

冷酷な伯爵に愛されながらも、自由を求める彼女の心は揺れ動く。そして、ついに古城から脱出する決意をするが――


「えっ、それって『囚われの天使』じゃない!?」

「はい。お嬢様、ご存知でしたか」


ご存知も何も。

『囚われの天使』は、私が好きだったイラストレーターがイラストを描いている小説で、ヤンデレ伯爵がそれはそれは素敵だった。

一途にマリーを愛する伯爵の狂気に満ちた執着心が、彼をより魅力的に見せていて、一度ハマると抜け出せない中毒性があった。

ヤンデレ好きの友人に薦めてみたら、「ヤバい。ハマった……」と言っていたっけ。


「あのままバートン子爵家にいたら、私はきっと解雇されていたでしょう。そして、小説の通り、新たに勤めたお屋敷の伯爵に監禁される未来が待っていたに違いありません!」


マリーが両手を握りしめながら言った。


(えっ、それってダメなの? ヤンデレ伯爵、凄くカッコ良いのに、嫌なの?)


私なら、監禁されてもいいけど……なんて思ったけど、マリーは光を失った目で、言った。


「ラストが本当に悲惨なんですよ……」


そうだった。

小説の中のヒロインは、何度も脱出を試みるが、毎回捕まってしまう。そして最後は、執着を深めたヤンデレ伯爵に殺されてしまうのだ。

血塗れのヒロインを抱きしめながら、『ああ……これで君は永遠に僕のものだ』と言うシーンのイラストは本当に素敵だった。

ここまで好かれるヒロインが羨ましいとさえ思ったくらい。


けれど、マリーの立場になって考えたら、血塗れになって死ぬなんてとんでもなく嫌な最後だと思う。


「なので、フォークナー伯爵家に来れたことは、本当に幸運でした! 私はお嬢様のお陰で、あの悲惨な未来を回避できたのです! お嬢様、本当にありがとうございます!」


マリーに感謝されればされるほど、ヤンデレ伯爵贔屓で、マリーが羨ましいなんて思ったことが申し訳なく思えてくる。

でもまあ、こうして二人とも不幸な未来は回避できたわけだし。

結果オーライ、めでたしめでたし。




――なんて油断していたせいだろうか。


「お、お嬢様!!」

「どうしたの、マリー? そんなに慌てて」


真っ青な顔のマリーが、薄いピンク色の封筒を手に持って部屋に駆け込んで来た。


「お嬢様にお手紙です!」


友達からのお茶会の招待状かと思ったが、マリーの慌て方からして違うようだ。

一体、誰からだろうと封筒を受け取り差出人の名前を見ると――



キャサリン・バートン



そこには、義妹の名前が書いてあった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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