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29 アーデルハイドとクララ

ロルバーンの公女を守るために、力を貸す。

――マーガレット様が言う通り、これは「王命」だった。

おじいさまは陛下から、おばあさまは王妃様から、それぞれ手を貸すように依頼を受けていたのだ。


「エリザベス嬢には苦労をかけるが、これは王家存続の危機。もし、公女がアルドラ王の手に落ちれば、この国はアルドラ王の意のままになる。是非とも力を貸して欲しい」


「姪のアーデルハイドの将来と、甥のウォルターの命がかかっているのです。姪がアルドラに囚われたなら、王子達の命も危うくなります。どうか、力を貸して頂戴」


王も王妃も、そう言いながら涙を流していたそうだ。

まあ、こうなってしまえば、臣下である我々に否やは無い。




そもそも信心深いアルドラ王は、神託の通りに、13歳で銀髪の少女を妃に迎えることにこだわっている。

彼にとっては、「13歳」「銀髪」ということが最優先なのだ。

つまり、それがロルバーンの公女である必要はない。

なので、アルドラ王自身としては、ロルバーンに婚姻を無理強いすることは無いのだ。


ロルバーンの公女という身分に固執しているのは、むしろアルドラ王の第一王妃イザベラと、その父バーランド侯爵の方だ。

だからこそ、イザベラとバーランド侯爵は、秘密裏に公女の身柄を拘束し、アルドラ王国に連れ去ろうとしている。

国に連れてきて無理やりにでも妃にしてしまえばいい、弱小国ロルバーンには、大国アルドラに盾突く力は無いだろうと。


アルドラ王は第一王妃イザベラの企みに気づいていても止めることはない。

何故なら、ことが上手く運べば、自分はフォートラン王国を手に入れることができるし、何より、自分好みの幼い公女が手に入るのだから――





そして、問題のロルバーン公国公女、アーデルハイド様だが。

学院入学前に少しでもこちらの生活に慣れるためという名目で、すでにフォートランの王宮に滞在している。

アルドラ王国を刺激しないよう、穏便に逃げてきたというわけだ。



「アルドラ王は本当に最低! そんな大人の思惑に振り回されて国から逃げて来なきゃならない公女様が本当にお気の毒だわ!」


アメリア様が、両手をぐっと握りしめつつ、怒りに震えながら叫んだ。


「アルドラ王の後宮には、王妃以外にもたくさんの若い側妃がいるそうです。王の寵愛を得るために、お互いに毒を盛るなどの足の引っ張り合いが横行しているそうですわ。死に至るまでの毒でなくとも、昏睡状態になるような程度の毒が使われることが日常茶飯事だとか」


ビアンカ様が、下がり眉を顰めながら、頬に手を添えつつ言った。


「ロルバーンとアルドラは隣り合っていて互いに交流が盛んです。ロルバーンにアルドラの民がいても、誰も不思議に思わないでしょうし、何より距離が近すぎます。その点、フォートラン王国にアルドラの民がいたら目立ちますし、これだけ離れていれば、万が一攫われたとしても、アルドラ王国に辿り着く前に取り戻すことが可能でしょう。公女をフォートラン王国に逃がすと言うのは、大変良い手ですね」


シャーロット様が、目をキラキラと輝かせつつ頷いている。


三人とも、今日のドレスも赤、白、黄色だ。

前回とはデザインが違うようだが。好きな色なんだろうか。


今現在、チューリップトリオと私とリチャードは、マーガレット様から呼び出されてスペンサー伯爵邸を訪れている。

アーデルハイド様との顔合わせをするためにだ。


余談だが、私は、「マーガレット様とチューリップトリオとリチャードと私」のことを「()()()()()()」と呼んでいる。

だって、その方が言いやすいから。

マリーには『なんだかちょっと残念な感じになっちゃいますね』、リチャードには『せっかくお嬢様が考えたことですけど、外では言わないように』と言われた。

腑に落ちない。だが、一応言う通りにして、心の中だけの呼び名とする。


「アーデルハイド様は、皆様にお目にかかる前に特別な準備があるそうなので、もう少しお待ちくださいませ」


マーガレット様に促され、お茶が用意された部屋で待つこととなった。

皆、カップを手に取ったビアンカ様をなんとなく見てしまう。


「うふふ。もうお茶に何かを入れるなんて真似はいたしませんわ。安心して召し上がって」


マーガレット様がニコニコと笑顔で言う。

それを合図に、皆それぞれ手に取ったカップに口を付ける。

美味しい。ほんのりと甘い香りがする。


「それにしても、公女様の特別な準備って何でしょう?」

「シャーロット様も気になります? 私もさっきからそれが気になってますの」

「シャーロット様とアメリア様もですの? 私もですわ。マーガレット様、教えて下さいな」


チューリップトリオが、仲良さそうに話し出す。

和やかなお茶会という感じになってきた。


「うふふ。実は私も知らないの。家に着くなり、特別な準備をするから部屋を貸して欲しいと仰ったものですから」


(おお! これはもしかして完全なサプライズってこと? なんかちょっと面白そう)


ちょっとワクワクしてきた。

横のリチャードをちらっと見ると、何故だか怖い顔で睨まれた。

浮かれてないで気を引き締めろということか。


「お嬢様、公女様のお支度ができました」

「そう。ではこちらにご案内して頂戴」

「かしこまりました」


そして、ややあってスペンサー家の執事と共に、公女とその侍女らしき人物が現れた。

その二人の登場に、その場の全員が息を呑んだ。


車椅子に乗っているのは、銀髪のおかっぱ頭に青い大きなリボンを付けた、整ってはいるが細い糸目の、青いドレスを着たがっしりとした人物。

後ろから車椅子を押しているのは、控えめな黒のワンピースを着た侍女らしき女性で、黒髪を二つに分け三つ編みにしている。長い前髪と分厚いレンズの眼鏡のせいで、顔はよくわからない。侍女にしてはずいぶんと背が小さく、子供にしか見えない。


「皆様、初めまして。ロルバーンの公女、アーデルハイドです。どうぞよろしくお願い致します」


車椅子の人物が丁寧に頭を下げた。


(公女……? え、嘘。だってこの人、どう見ても男性よね?)


マーガレット様の方を見ると、目を丸くして固まっている。

シーンと静まり返った部屋の中で、いたずらに時間だけが過ぎていく。


それに耐えきれなくなったのか、公女だと名乗った男性が、突然叫んだ。


「ああっ! もう我慢できない! だから無理だって言ったんですよ! バレるに決まってるじゃないですか、こんな茶番!」

「だ、だって、クララは背が高いから、立ってると女性に見えないでしょう? 座ってればなんとかなると思って……」

「座っていたって女性には見えないでしょうよ!」


何だろう、この茶番。

目の前で繰り広げられる光景を、皆、呆然と見つめていた。


「ほら、見てごらんなさいよ、皆さんの表情を!」

「ううう、クララってば、そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないの」

「泣いてないで早く皆様にご挨拶なさい! ほら!」

「ううう、わかったから怒らないでよう」


侍女らしき女性は、私たちの方に向き直ると、被っていたウイッグと眼鏡を外した。

すると、緩やかにカールした、肩までの長さの灰色に近い銀髪で、薄い水色の瞳の少女が現れた。


「皆様、お初にお目にかかります。この度は私のためにお集まり頂き、誠にありがとうございます。ロルバーン公国公女、アーデルハイドと申します。今後はハイジと愛称で呼んで下さいませ」


(この人が公女様……! うわあ、小さい! 同じ年とは思えない! ていうか、ハイジ? そっちの人はクララって呼ばれてたわよね?)


さすがは公女と思えるような、この上なく優雅な淑女の礼を取りながら挨拶の言葉を告げる公女に、一同はっと我に返り、各々礼の姿勢を取る。


ハイジにはやっぱりクララなのか、ペーターもいたりして、などと頭の中で考えが脱線しかけていた私は、少し反応が遅れてしまい、リチャードに訝し気に見られてしまった。


そして、クララと呼ばれた男性が、頭のリボンをむしり取って床に投げ捨て、おもむろに立ち上がった。


(おっ! クララが立った! 背が高いな! 180cmは超えてるよね!? よくもまあ、公女になりすまそうとしたな!)


「先程は皆さまを騙そうとして申し訳ありませんでした。深くお詫び申し上げます。私は公女の護衛騎士のクラウス・フォン・シュタインと申します。以後、よろしくお願い申し上げます」


そして彼は、優雅に右手を胸に当て、頭を下げながら右足を引いた。


「……これは一体どういうことですの?」

「マーガレット様、申し訳ございません。実は、公女様がこちらに来る前に突然『いいこと思いついた! 私とクララが入れ替わればいいのよ!』と言い出しまして」

「入れ替わりですか……?」

「そうですよね、呆れてしまいますよね。全く、こんな大男とちびっ子が入れ替わりだなどと、公女様は本当に馬鹿な、いや奇抜なことを思いつかれる」

「ひどい、クララったら!! 今、馬鹿って言ったわよね? 馬鹿って言う方が馬鹿なんだから!」


またもや始まった主従の言い争いに、一同揃って無言になる。

それに気づいて、クララことクラウスが、やれやれと言った顔で言う。


「皆様、アーデルハイド様は、こんな愚かなことを考えつくとんでもない方ですが、どうか見捨てないでやってください」


「……クラウス殿()、大変なんだな……」


(ちょっとリチャード! 何その、『も』っていうのは!)


私は思わず眉を顰めてリチャードを見た。


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