28 閑話 ★リチャードの誕生日 (リチャード視点)
俺は1月生まれだ。
9月生まれのお嬢様より、4ヶ月あとに産まれたことになる。
そのことを知った時、無性に悔しくなり、思わず無言になってしまった。
そうしたら、お嬢様は俺を気遣って「年下の方が良かった……?」と尋ねてきた。
お嬢様に気を遣わせてしまった……!
慌てて「そんなことないです!」って否定してたけど。
上目遣いで聞いてくるお嬢様が余りにも可愛くて、頬が熱くなった。
それにしても、お嬢様より数ヶ月だとしても年下の時期があるだなんて。
悔しいが、生まれた順番は、どんなに努力しても変えられないので諦めるしか無い。
近頃のお嬢様の可愛さは、神懸かっている。
初めて会った時も、こんな可愛い生き物がいていいのかと思うほどの可愛さだったけれど、最近はもう、道を歩いている誰もが振り返るレベルだ。
そうだろう、俺が仕えるお嬢様は、思わず見惚れてしまうほど可愛いだろう、と、ついつい胸を張ってしまう。
最近のお嬢様は、出会った頃より少し伸びた前髪を、小さな雪の結晶の飾りが付いたピンで留めていることが多い。
透けるような白い肌に、流れ落ちる銀の髪。
そこに舞い降りてきた雪の結晶が、きらきらと輝いているようだった。
まるで雪の妖精のようなその姿は、いつまでだって眺めていられる。
お嬢様は黙って座っていると、硝子細工の人形のように繊細で儚げに見える。
だが、ひとたび微笑むと、周りの誰もが「天使のような」と称する無邪気で明るい笑顔になる。
普段は淑女らしく大人びた振舞いをしているのに、大好きなイチゴを前に目がキラキラと輝いている姿は、まるで子供のよう。
どのお嬢様も素晴らしく、どのお嬢様も愛しい。
そんな風に、色んな表情のお嬢様を一番近くで見ていられる幸せな毎日。
だが、そんな日々に水を差すような出来事が起こった。
我が国の貴族の子息たちは、幼少の頃から剣術や乗馬などの武芸を学ぶ。
大抵は自分の家のお抱え騎士に習うのだが、騎士志望の者やもっと強くなりたいと思う者は、騎士団が主催する訓練の場に通うことが多い。
俺は元々が騎士志望だったため、週に一度は必ずそこに通っていた。
いつものように、騎士団の訓練場に足を踏み入れると、横から不躾に声を掛けられた。
「お前のような奴がフォークナー伯爵令嬢の従者に選ばれるとはね。どうせ顔で選んだんだろう。フォークナー伯爵令嬢も、所詮はくだらない女だったってわけか」
そのひどく不快な言葉を掛けてきたのは、ケイン・ウィーゼル。ウィーゼル侯爵家の次男だ。
いつも何かと俺に張り合ってくる嫌な奴だ。
いつもなら、ただ無視するだけだが、今回は見過ごすわけにはいかない。
お嬢様を侮辱するなんて絶対に許せない。
「もしかして、お前もエリザベス様の従者候補だったのか?」
「……っ! だったらなんだと言うんだ!」
「エリザベス様は見る目があるなと感心したよ。侯爵家の者より、伯爵家の者を選んだんだ。爵位に惑わされずに人を見る、聡明な方だと思わないか?」
「なんだと、無礼な!!」
その後は当然のように取っ組み合いの喧嘩になった。
周りは「やれやれ」という表情でただ遠巻きに見ているだけ。
だが、誰かが呼んできた騎士団長が現れ、俺たちは強引に引き離された。
「訓練する気が無い奴はとっとと帰れ!」
そう怒鳴られ、外に放り出された。
ケインは悔し気にこちらを睨みつけたあと、踵を返して去って行った。
エリザベス様の従者に決まった後から、こんな風に挑発されることが多くなった。
皆、妬ましいのだろう。
フォークナー伯爵は、爵位こそ伯爵だが、公爵家に匹敵する程の財力を誇っている。
現宰相スペンサー伯爵の父親である前宰相の友人で、今でも『王のご意見番』と呼ばれているくらい、政治的にも力がある御仁だ。
伯爵夫人も、娘の友人だった王妃様と懇意にしていて、社交界で大きな力を持っているらしい。
そんなフォークナー伯爵家の跡取り娘の従者という立場は、全ての貴族子息にとっては喉から手が出るほど欲しいものに違いない。
むしゃくしゃして、どうしてもこのまま家に帰る気になれない。
お嬢様の顔をちょっとでいいから見たい。
馬車は返してしまったので、歩いてフォークナー伯爵家に向かう。
訓練場からはそう遠くない距離なので、すぐに着いた。
「リチャード様? どうなさったのです?」
執事のマーカスさんに、心配そうに言われた。
約束も無しに来たことを咎められたわけではなく、取っ組み合いの喧嘩の際に乱れた服装を心配されたようだ。
取れた上着のボタンをメイドのケイトさんが付け直してくれて、乱れた髪も丁寧に梳かしてもらうと、まるで何事もなかったかのように元通りになった。
「俺がエリザベス様の従者にふさわしくないと、そう考える者が多いようです」
そう言うと、マーカスさんは、静かに微笑みながら言った。
「そうですか。では、リチャード様がお嬢様にふさわしい人物だと、皆に認めさせれば良いだけですね」
「……マーカスさん」
「お嬢様は凄いんですよ。亡き母上に守られているとしか思えないくらい運が良いし、まだ12歳とは思えないくらい人を見る目が確かなんです。リチャード様は、そんなお嬢様が選んだ方です。私から見ても、十分お嬢様に釣り合った方だと思いますよ」
マーカスさんの言葉に、胸がいっぱいになり、目が熱くなった。
「おや、お嬢様が戻られたようですよ」
玄関ホールが急に騒がしくなり、お嬢様の声が聞こえてきた。
買い物から帰って来たお嬢様は、俺の顔を見るなり、心配そうな表情になった。
「急に来て申し訳ありません」
「ううん、私は会えて嬉しいわ」
お嬢様はいつでも優しい。
いつだって、俺の欲しい言葉をかけてくれる。
「……お嬢様」
「何?」
「お嬢様には、将来の夢、というか、将来何をしたいとか、そういうのはありますか?」
「え? 何? いきなりどうしたの?」
「突然すみません。ちょっと聞いてみたかっただけなんです。気にしないで下さい」
ふと、お嬢様が何を望んでいるのか知りたくなった。
そして、できる限り、その希望を叶えてあげたいと思ってしまった。
突然、そんなこと聞いてきた俺に、お嬢様は真剣な顔で答えてくれた。
「長生きしたい。ずっと、リチャードと仲良くしていたい」
息が止まるかと思った。
それがお嬢様の願い? ずっと俺がそばにいることが、お嬢様の夢だと言うのか。
「私ね、リチャードが従者になってくれて本当に嬉しいの。ありがとう、リチャード」
「お嬢様……」
「リチャードは真面目で、何でも一生懸命努力していて。そんな姿を見てると、私も頑張らなきゃって思えるの。それに、リチャードは、私が困ってるといつも助けてくれるでしょう? 本当に感謝してるの」
お嬢様はいつも俺を認めてくれる。
俺の欲しい言葉をかけてくれる。
初めて会った時から、ずっと、変わらず。
俺は思わずお嬢様の両手を取って、大きな声で叫んだ。
「俺は……ずっとお嬢様のお側にいますから!」
※※※
それから俺は、目の前の霧が晴れたような、清々しい気持ちで毎日をすごした。
考えてみれば、簡単な話だった。
俺が全てにおいて秀でた人間だと、周りの人間に見せつけてやればいいだけの話だ。
俺がお嬢様にふさわしくないだなんて、もう誰にも言わせない。
そうこうしているうちに、誕生日が来た。
やっと、お嬢様に追いついた。
そう思うと、なんだか心が浮き立つようだった。
誕生日プレゼントを渡したいから来て欲しいと言われ、喜びのあまり約束の時間より早めに着いてしまった。
マリーさんに案内されてお嬢様の部屋に着くと、お嬢様は長椅子に凭れて眠っていた。
マリーさんがお茶の用意をしに行ったため、部屋にお嬢様と二人きりで残されると、長椅子の側に歩み寄り、眠っているお嬢様の寝顔をじっと見つめた。
穏やかな顔で眠るお嬢様は、まるで天使のようだった。
そのさくらんぼのような瑞々しい唇から、目が離せなくなって、どうしても触れてみたいという衝動にかられた。
そして、思わず――
「あれ? リチャード? 何してるの?」
「すみません!」
俺は、何ということをしてしまったんだろう。
思わずお嬢様から離れ、両手で顔を覆った。
頬に血が上り、顔がかっと熱くなった。
「リチャードごめんなさい! 私、いびきかいて寝てた!?」
「い、いえ、そんなことはないです。静かに眠ってましたよ」
お嬢様は何か誤解をしているようだ。
そうじゃないんです、と言いたい。だが、どうしても言えない。
「リチャード、お誕生日おめでとう!」
そう言いながら、顔を赤くしたお嬢様に、銀の包みを渡された。
「これ、良かったら使って……」
「今、開けてみていいですか?」
「どうぞ」
「では、遠慮なく」
包みを開けると、中からマフラーが出てきた。
「編み目が不揃いで恥ずかしいんだけど」
「……」
「もし、気に入らなかったら、家の中で巻いて……って、家の中でマフラーって変よね」
「ありがとうございます」
「リチャード?」
お嬢様が、俺のために、一目一目丁寧に編んでくれた。
そう思ったら、もう駄目だった。
思わずマフラーに顔をうずめてごまかしたが、次から次へと涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「泣かないで」
「泣いてないです」
明らかに泣いているとわかる鼻声になったが、仕方がない。
お嬢様はもう気づいていて、少し笑っているような気配がした。
「そうね、リチャードは泣いてないわよね」
「はい、泣いてないです」
「お嬢様」
「なあに?」
「嬉しいです。本当に、嬉しいです。ありがとうございます。宝物にします。一生大事にします」
「喜んでもらえて良かったわ」
なんとか涙をひっこめて、お嬢様に伝える。
「今年の誕生日は一生忘れられない誕生日になりました」
「ふふ、良かった」
「お嬢様から、プレゼントを2つも貰えましたから」
「え? 2つ?」
お嬢様が不思議そうな顔をする。
「どういうこと?」
「内緒です」
耳元で囁くように言うと、お嬢様は真っ赤になり、ふにゃりと気が抜けたような顔で耳を押さえた。
その様子が本当に可愛らしくて。
俺は、絶対に、お嬢様のこの笑顔を守っていこうと心に誓った。




