27 閑話 ★リチャードの誕生日 (エリザベス視点)
デビュタントの少し前くらいのお話です。
リチャードは1月生まれだ。
9月生まれの私より、4ヶ月あとに産まれたことになる。
そのことを知った時、リチャードは少し悔しそうにしていた。
なので思わず「年下の方が良かった……?」と尋ねてしまった。
リチャードは真っ赤な顔で、「そんなことないです!」って否定してたけど。
悔しがってることに気づかれて恥ずかしかったのかもしれない。
リチャードは本当に負けず嫌いだ。
でも、生まれた順番は、どんなに努力しても変えられないからね!
最近のリチャードは、思わず見惚れるほどかっこいい。
以前からびっくりするほどの美少年だったけど、最近はもう、道を歩いていると皆が振り返るレベルだ。
そうでしょう、私の従者は思わず見惚れてしまうほどかっこいいでしょう、と、ついつい口元が緩んでしまう。
艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳、整った顔立ちに、すらりと伸びた手足。
見ているだけで、うっとりとしてしまう。
でも、何より素晴らしいのが声だ。
数ヶ月前から、んんっと咳払いをしたり、喉の調子がおかしそうな素振りをしていたが、どうやらそれは声変わりだったようだ。
今ではだんだんと落ち着いた青年の声に変わりつつある。
……これがものすごく良い!
話し声は高すぎず低すぎず、心地良い高さの透明感のある爽やかな声で、とても聞き取りやすい。
小声で囁くように話すときは、ちょっと艶っぽい大人の魅力を仄かに感じさせる低音だし、無邪気に笑いながら話すときは、年相応の元気で明るい雰囲気になる。
その、くるくると万華鏡のように変わる表情豊かな声。
ああ、本当にもう、なんというイケボ! 耳が幸せ……!
私は毎日ご褒美を貰いっぱなし状態なのである。
そんな、日々幸せを与えてくれるリチャードだが。
もうすぐ彼の誕生日がやってくる。
日頃の感謝の意味を込めて、いい感じのプレゼントを贈りたいのだが。
リチャードは伯爵家の子息だから、結構何でも持ってるのよね。
そうだ! お金で買えるものじゃなくて、手作りの物がいいかもしれない。
私だって毎日、リチャードからプライスレスなご褒美を貰ってるしね。
やっぱりここはひとつ、手編みのマフラーとかを用意すべきなんじゃない?
ということで、今日はマリーと街の手芸店に来ている。
マフラー作りに必要な編み棒などの道具と、散々悩んで紺色の毛糸を買うことにした。
リチャードはなんでも似合うから、どんな色でもいいんだけど。
赤いマフラーは「ゼーット!」って感じで面白くなっちゃうから、紺色を選んだ。
落ち着いた冬の夜空のような紺色が、彼にはとても良く似合う。
たしか、初めて会った時も、紺色の服を着ていたし、嫌いな色ではないはずだ。
途中で足りなくなると困るから、ちょっと多めに買っておこう。
たくさん買い込んで屋敷に戻ると、リチャードが来ていた。
マーカスと話をしながら、私の帰りを待っていたらしい。
今日は来る予定じゃなかったのに、どうしたんだろう。
何かあったのかな? 少し元気が無いように見えるけど……。
「急に来て申し訳ありません」
「ううん、私は会えて嬉しいわ」
やっぱりちょっと様子がおかしい。
何となく暗い表情だ。
「……お嬢様」
「何?」
「お嬢様には、将来の夢、というか、将来何をしたいとか、そういうのはありますか?」
「え? 何? いきなりどうしたの?」
「突然すみません。ちょっと聞いてみたかっただけなんです。気にしないで下さい」
本当に、いきなりどうしたんだろう?
私の将来の夢が知りたいの? んー、将来の夢かー。特に考えたことないけど、強いていうなら……
「長生きしたい。ずっと、リチャードと仲良くしていたい」
思わず本音が出てしまった。
だって、あの小説「星空の下の恋人たち」の悪役令嬢エリザベス・フォークナーのように、リチャード・ベルクに殺されるなんて絶対に嫌だ。
小説の中の悪役令嬢と今の私とでは、かなり状況が違う。
だからこのまま仲の良い関係を維持できれば、恨まれて殺されるなんてことは避けられると思う。
でも、何がきっかけで小説のストーリー通りになってしまうかわからないから……「小説の強制力」とやらも怖いし……
だからこそ、一瞬たりとも気を抜かず、毎日笑顔で好意を伝えて、できるだけ良好な関係でいなければ!
「私ね、リチャードが従者になってくれて本当に嬉しいの。ありがとう、リチャード」
「お嬢様……」
「リチャードは真面目で、何でも一生懸命努力していて。そんな姿を見てると、私も頑張らなきゃって思えるの。それに、リチャードは、私が困ってるといつも助けてくれるでしょう? 本当に感謝してるの」
リチャードは、頬を染め涙目になっている。
そして、私の両手を取って、大きな声で叫んだ。
「俺は……ずっとお嬢様のお側にいますから!」
「え、ええ。ありがとう」
それから、リチャードは笑顔で帰って行った。
何が何だかよくわからないけど、まあ、リチャードが元気になって良かった。
それから、一生懸命マフラーを編んだ。
思ったより時間がかかってしまい、昨日はほぼ徹夜になってしまった。
でも、何とか間に合って本当に良かった。
箱に入れ、艶消しの銀色の包装紙で包み、青色のリボンを結ぶ。
これでよし! うん、思ったより上品なラッピングになった。
リチャードが来るまでは、まだちょっと時間があるかな。
長椅子に座って本でも読みながら待っていよう。
※※※
「ん……」
唇に何かが触れたような違和感があり目を開けると、リチャードが少し離れたところで両手で顔を覆ってしゃがみ込んでいた。
「あれ? リチャード? 何してるの?」
「すみません!」
見ると、リチャードの顔は真っ赤だった。
え? 本当にどうしたんだろう。
すみませんて何? 何かあったの?
……ま、まさか!?
「リチャードごめんなさい! 私、いびきかいて寝てた!?」
「い、いえ、そんなことはないです。静かに眠ってましたよ」
リチャードは慌ててそう言うけど、本当にそうなんだろうか。
淑女にあるまじき振る舞いを見て、驚き呆れてしゃがみ込んでたんじゃないの?
ううう、恥ずかしい、どうしよう。
とにかく誤魔化さないと! はっ、そうだ!
「リチャード、お誕生日おめでとう!」
そう言いながら、銀の包みをリチャードにぐいぐいと押し付ける。
「これ、良かったら使って……」
「今、開けてみていいですか?」
「どうぞ」
「では、遠慮なく」
リチャードは、嬉しそうな顔で丁寧に包みを開くと、中から出てきたマフラーを手に取った。
「編み目が不揃いで恥ずかしいんだけど」
「……」
「もし、気に入らなかったら、家の中で巻いて……って、家の中でマフラーって変よね」
「ありがとうございます」
「リチャード?」
見ると、リチャードはマフラーに顔を埋めて震えていた。
「泣かないで」
「泣いてないです」
明らかに泣いているとわかる鼻声で、リチャードが言う。
それがなんだかおかしくて、リチャードには悪いけど、ちょっと笑ってしまった。
「そうね、リチャードは泣いてないわよね」
「はい、泣いてないです」
リチャードは本当に負けず嫌いだ。
私にサッと背を向け、ゴシゴシと手の甲で涙を拭ったあと、何事もなかったかのような顔でまたこちらに向き直った。
「お嬢様」
「なあに?」
「嬉しいです。本当に、嬉しいです。ありがとうございます。宝物にします。一生大事にします」
「喜んでもらえて良かったわ」
リチャードは本当に嬉しそうにしていた。
こんなに喜んでくれるなんて、苦労して編んだ甲斐があった。
「今年の誕生日は一生忘れられない誕生日になりました」
「ふふ、良かった」
「お嬢様から、プレゼントを2つも貰えましたから」
「え? 2つ?」
一体どういうことだろう?
「どういうこと?」
私の問いかけに、リチャードは耳元に唇を寄せて囁いた。
「内緒です」
うわあ、なんて良い声。
ああ、耳が幸せ……!




