21 一目惚れだった
エリック視点です。
12年前。
弟ができたと聞かされ、それと同時に自分は両親の実の子ではないのだと言われた。
長い間子供ができなかった両親が、仕方なく養子に迎えたのが自分だと。
それを知って、両親の今までの態度がようやく腑に落ちた。
なので、その後、実の両親の元に帰されることになっても、特に悲しいとは思わなかった。
本当の両親は、今まで母だと思っていた人の姉夫婦だった。
遠く離れた領地に住んでいるので、今まで会ったことはなかった。
実の両親だという人達と、年の離れた兄らしい二人は、12年ぶりに会った自分に対してひどく戸惑っていたようだ。
無理もない。血が繋がっているというだけで、ほぼ初対面の12歳の子供が急に現れたのだから。
自分自身、実の家族なのだと言われても、ピンとこなかった。
今後、どうすれば家族と上手くやっていけるのかと戸惑うばかりだった。
家族が住む屋敷は、王都から少し離れたところにあった。
近くには子供が遊ぶのにちょうど良い森や川や池があった。
両親や屋敷の使用人達は、元気な12歳の男子ならきっと喜んでそこで過ごすだろうと思ったに違いない。
きっと二人の兄もそうやって少年時代を過ごしたのだと思う。
なので、午前中に家庭教師の授業を終えると、自分は自然の中に放り出されることとなった。
部屋で本を読んでいたかったが、そう言うと、どこか具合が悪いのではないかと心配された。
彼らにとって元気で健康な男の子というものは、家の中でじっとしていられない生き物なのだ。
それが面倒で、本を抱えて、青空の下をふらふらと彷徨う毎日だった。
そんなある日。
いつものように、森の入り口の大きな木の切り株に座り、本を読んでいた。
「こんにちは」
顔を揚げ、声の主を見る。
栗色の髪に緑色の目の、妖精のように可愛い女の子が立っていた。
「その本、面白い?」
「面白いよ」
「どんな内容なの?」
「男の子と竜が、一緒に魔王を倒す旅に出る話」
「かっこいい! お姫様は出てくる?」
「出てくるらしいけど、今のところはまだ出てきてないかな」
「お城で待ってるのね」
「多分ね」
女の子は、マリーと名乗った。
森の向こうのエルダー子爵の孫で、母親が出産のため里帰りしており、一緒についてきたのだそうだ。
マリーの母親は、大恋愛の末に大きな商会の跡取り息子のところに嫁ぎ、彼女を産んだ。
なので、彼女の身分は平民だった。
だが、祖父母も両親も、彼女に貴族令嬢のマナーを身に着けるようにと言い、家庭教師が付けられた。
来年は学院にも通うのだそうだ。
「両親ともに貴族ではないから、デビュタントには出られないけどね」
「出たいの?」
「うーん、どうなのかな。ドレスが着たいだけかも」
「ドレス?」
「そう、デビュタントのドレス」
彼女が着たいのは、ミモザのような明るく澄んだ黄色のドレスなのだそうだ。
それを着て、白い靴を履いて、デビュタントの花のダンスを踊りたいのだと言う。
「花のダンス?」
「そう、こんなダンス」
そう言って、彼女はゆっくりと踊って見せた。
くるくると優雅に舞う彼女は、まるで春の妖精のようだった。
それから何回か、森で待ち合わせて二人で遊んだ。
彼女とはたくさんお互いのことを話した。
彼女は緑色のリボンが好きで、色々な種類のものを集めているのだそうだ。
高芯咲きの薔薇が好きで、白いリボンを結んだベビーピンクの薔薇を一輪、贈ってもらうのに憧れている。
スズランの香りの香水が欲しいのだけれど、香水はまだ早いと言ってお母さまが買ってくれない。
その代わり、良い夢が見れますようにとラベンダーのポプリをもらった。
「エリック様の好きなものも教えて?」
そう聞かれて、自分が何が好きなのか考えてみたが、たいして何も浮かばなかった。
自分が好きなもの。惹かれているもの。手に入れたいもの。
そんなの、目の前の彼女以外には何も浮かばなかった。
乞われるままに、自分の生い立ちについて話すと、彼女は黙り込んでしまった。
大したことではないのだと、ごまかすように笑いながら言うと、彼女は目に涙をいっぱいに溜めて言った。
「大変だったのね。でも、よく頑張って来たわね。エリック様は、本当に偉いと思う」
そんな風に言ってくれたのは、今までの人生で彼女だけだった。
その優しい声に、思わず目の奥が熱くなった。
別れは出会いと同じく、唐突にやってきた。
彼女が、母親と生まれたばかりの弟と一緒に、王都に帰る日が来たのだ。
お互いに泣きながら別れを惜しみ、学院でまた会おうと誓った。
それから少しして、自分はまたボールド伯爵家に養子に出されることとなった。
かつての両親の生まれたばかりの子供――自分にとっての従兄弟は、とても体が弱く、領主として伯爵家を継ぐのが難しいため、自分が跡取りになるべく呼び戻されるのだそうだ。
勝手だな、と思いはしたが。
子供の自分にはどうすることもできなかった。
王都の学院には通えなかった。
弟を跡取りにすることを諦めきれない両親が、自分が学院で友達という人脈をつくり、時期ボールド伯爵として社交界に周知されることを嫌ったためだ。
なので、隣国の寄宿学校に入れられた。
ここは優秀な者が集まると評判の男子校で、なかなかに楽しいところだったし、多くの友人もできた。
だが、彼女と同じ学院に通えなかったことは、本当に残念だった。
それから時が経ち。
弟を追って訪れたフォークナー伯爵邸で、彼女と再会した。
その時、「私は貴女に一目惚れしてしまいました」と告げた。
それは嘘ではないが、本当でもない。
自分は確かに彼女に一目惚れした。
だがそれは今ではなく、はるか昔、初めて出会った時のことなのだから。
自分の人生の中で唯一と言ってもいい、温かくて優しいささやかな思い出。
今まで諦めるばかりだった自分が、たった一つ、心から手に入れたいと願った女性。
どんな手を使ってでも、彼女を手に入れて見せると心に誓い、文通を始め、逸る気持ちをなんとか抑えつつ過ごした。
そして、ついに、一緒に王都のカフェに行くことになった。
彼女の大事なお嬢様と、その小さな騎士も一緒の、子供のおでかけのようなデートだったが。
気まぐれに自分の生い立ちを話したあとで、彼女が言ったのだ。
「そのような厳しい経験を乗り越え、立派に成長されたあなたのことを、私は、心から尊敬します」
報われた、と思った。
今までの自分の努力や、寂しさや不安に耐えた日々が、意味のあるものだったと、そう認められたような気がした。
その後、伸びてきた温かく優しい三つの手のひらに撫でられながら、冷たく凍り付いた心がゆっくりと溶けていくような、不思議な心地よさに溺れた。
自分はもう、決して、これを知らなかった頃には戻れないだろう。
この温かくて大切なものを、今度こそ二度と手放さないと、そう心に誓った。




