136 国立美術館 ②
私が見つけた巻貝の化石らしきものを『ユニコーンの角』だと言う学芸員らしき男性は、興奮したように目を輝かせている。
「これは、『ユニコーンの角』と言って、古代の巻貝の化石なのですが」
やはり巻貝の化石で合っていたようだ。
『ユニコーンの角』というのは通称らしい。
(だよね。まさか本物のユニコーンの角のはずないよね)
百歩譲って本物だとしても、角がこのサイズという事は、大きさはウサギくらいだということになる。
ユニコーンがそんなに小さいはずがない。
「こうして貴女のような方に発見されるのはとても稀なことなのです! 奇跡と言っても良いでしょう!」
そんな大げさな。
それにしても、こんな入口の目立つところにあるのに、今まで誰も気付かなかっただなんて。
掃除しているときに気付く人がいてもよさそうなものなのに。
そう思いつつ、ピッカピカに磨かれた床を見る。
「結構目立つところにありますが、意外と気づかないものなのですね」
思わずそう言うと、学芸員らしき男性は、両手を上げて天井を仰ぎ見るような姿勢で叫んだ。
「ええ! ですから、これを見つけた貴女は、女神様に選ばれし聖女なのです!」
「………………………………………………はい?」
思わず隣にいるリチャードの顔を見る。
だが、リチャードも困惑したような顔で、無言で私を見返すだけだった。
戸惑う私達の様子を見て我に返ったのだろうか。
学芸員らしき男性は上げた両手を慌てて下ろした。
「失礼いたしました。ついつい興奮してしまって……」
照れたように微笑む学芸員らしき男性。
その姿を至近距離から改めてよく見てみると――
(えっ!? 何この人、物凄くかっこいい!)
柔らかそうなプラチナブロンドの巻き毛に、晴れた日の青空のような青い瞳。
整った顔立ちに気品溢れる所作。
一般的な神官服ではないが、飾り気の無い質素にすら見えるジュストコールを着た彼は、どこか禁欲的な雰囲気が感じられる。
そう。あまりに様子がおかしいので気づかなかったが、よく見てみると彼はとんでもない美形だった。
「私はジョシュア・グリーンと申します。大神殿の神官を務めております」
彼は予想に反して学芸員ではなかった。
この国立美術館のすぐ側にある大神殿の神官だという。
ここフォートラン王国では、月の女神セレーネが広く信仰されている。
人々は日常的に月の女神セレーネに祈り、国の各地にある神殿にも足繁く通う。
王都にある大神殿は、その総本山とも言うべき神聖な場所。
そして、そこで働く神官は、エリート中のエリート。
まさに選ばれし者なのだ。
そのエリート神官が。
現在、目をキラキラと輝かせてこちらをじっと見つめてくる。
そのただならぬ気配にちょっと、いやかなり嫌な予感がする。
「神官殿。先程の貴方の言葉、『女神に選ばれし聖女』というのは一体どういう意味なのですか?」
リチャードが神官にそう尋ねる。
(そうそう、それそれ。私もそれが早く知りたい)
神官は少し興奮気味に、早口で説明してくれた。
神官曰く。
ユニコーンは、純潔を司る月の女神セレーネ様の聖なる獣。
その聖獣の角によく似た化石『ユニコーンの角』は、滅多に見つからない稀少な物。
なので、それを見つけることができた人物は、『女神に選ばれし者』だとされる。
そして、それが若い未婚の女性だった場合に限って『聖女』という称号が与えられるのだそうだ。
「えっと、『聖女』に選ばれたらどうなるんですか?」
そう聞くと、神官はにっこりと笑顔で答えた。
「『聖女』と認められた方には、神殿からの大いなる名誉が与えられます」
(大いなる名誉? もしかして、とても豪華な賞品とかだったりする!? できれば美味しいものだと嬉しいんだけど!)
そう期待に胸を膨らませていた私に、神官はこう続けた。
「聖女の名と共に、神官長と一緒に儀式を執り行う栄誉が与えられます。具体的には毎月行われる儀式に参加して頂き、月の女神の像に一番近い場所で祈りを捧げることができるのですよ!」
ね、嬉しいでしょう? と言わんばかりの目で見つめて来る神官。
そんな風に見られても困る。
嬉しいどころか、ガッカリ感が隠せなかったようで、リチャードが横から「お嬢様、顔! 顔が大変なことになってますよ!」と注意してきた。
そんなこと言われても、なんか良いものが貰えるのかなと期待した後に、そんな面倒くさいお役目がご褒美でしたと言われたのだ。
ガッカリするなと言うほうがおかしい。
私が犬なら、怒ってガウガウ吠えて噛みついているところだ!
「聖女の名を授かれば、どんな縁談も思いのままと聞いています。過去には、平民の女性が、公爵家の子息と結ばれたと言う事例もあるようです」
ああ、そういう恩恵が受けられるわけか。
それは確かに、喜ぶ人もいるだろう。
身分差のせいで結ばれない恋人同士にとっては、まさに女神の祝福と呼べるようなものだろう。
でも、私には特に必要ないものだし、何より神官長と一緒に儀式に参加だなんて死んでも嫌。
何が楽しくてそんな緊張するようなことしなくちゃいけないんだ。
そんなの、栄誉でもなんでもない、むしろ罰ゲームではないか。
「ちなみに、『ユニコーンの角』を発見したのが若い未婚の女性以外だった場合はどうなるんですか?」
「ああ、その場合は、『珍しい物をよく見つけましたね』と人から褒められる程度でしょうか」
「別に何も栄誉は得られないと? 若い未婚の男性でも?」
「はい。特に得るものはないですね」
――よし。だったら、決めた。
「ですって、リチャード。あなた、珍しい物をよく見つけたわね!」
「…………は?」
ここはひとつ、『ユニコーンの角』を見つけたのはリチャードということにしてしまおう。
そうすることでリチャードに不利なことは特にないようだし。
「お嬢様、何を言って」
「さすがリチャード。こんな小さいもの、よく見つけたわね。リチャードは目がいいものね!」
必死に目を見てそう言うと、リチャードは何かに感づいたように目を大きく見張った。
「…………そうですね。自分でも、よくこんなに小さいものを見つけられたと思います」
なんとか話を合わせてくれたリチャード。
よしよし、これで聖女になるのは回避できそうだ、と安心しかけたその時。
「『ユニコーンの角』を見つけたのは、貴女ではないのですか?」
神官が訝し気にそう尋ねてきた。
「ええ、先に見つけたのはリチャード……こちらの彼ですわ」
「それは本当ですか?」
「はい、俺が先に見つけて、すぐにお嬢様にお教えしたんです。珍しいものをお嬢様にお見せできて嬉しいです」
悪びれることなく、何なら微笑みすら浮かべつつそう答えるリチャード。
今の彼は誰がどう見ても素直そうな好青年で、とても嘘なんかつくようには見えない。
よくもまあ、息をするように嘘が付けるものだと感心してしまう。
さすが『黒い狼』と呼ばれるベルク伯爵の息子にして、『言葉の錬金術師』と呼ばれるアーサー様の弟なだけはある。
「そうですか……」
残念そうにそう呟く神官。
「私はてっきり、貴女が見つけたのだと思ったのですが……」
「紛らわしい行動を取ってしまい申し訳ありません」
とりあえず謝っておくことにする。
これ以上喋っているとボロが出てしまいそうなので、さっさとここを離れないと。
「では、私達はこれで……」
軽く会釈し、その場から立ち去ろうとしたのだが。
「お待ちください。どうか、お名前を教えていただけま」
「リチャード・ベルクと申します。それでは先を急ぎますのでこれにて失礼いたします」
神官の言葉を遮ってそう答えたリチャードが、私の手を取って歩き始めた。
私は慌てて神官に頭を下げつつ、リチャードと共にその場を足早に立ち去った。