135 国立美術館 ①
国立美術館編、スタートします!
「よし! それじゃあ、国立美術館に行きましょうか!」
無事にマーガレットの酔いも覚め、体調にも問題が無さそうだっため、私達は今日の目的の一つである国立美術館に向かうことにした。
ルーカスさんやヘレンさん、それからバーランド侯爵家の使用人の皆さんに、温かいおもてなしのお礼と騒いで迷惑をかけてしまったお詫びを言って、私達はバーランド侯爵邸を後にする。
私とリチャードは、マーガレットと一緒にスペンサー伯爵家の馬車に乗せてもらうことにした。
いざという時には騎士並みに戦えるという御者が手綱を握り、スペンサー伯爵家の選りすぐりの護衛騎士が馬で並走してくれているので安心安全。
ギルバート殿下とカイルはバーランド侯爵家の馬車に乗っているが、これまた頼もしい護衛騎士が二人、馬で並走している。
こちらもかなりの警備体制だ。
バーランド侯爵家から国立美術館までは馬車で15分ほどという近さなのに、なんだか大げさな感じねと言うと、これくらいは当り前よ、とマーガレットが苦笑する。
まあ、宰相の娘のマーガレットと、他国の第三王子が乗る馬車だものね。
過剰な警護は当然なのかも。
そうこうしているうちに、あっという間に国立美術館が見えてきた。
「わあ、綺麗な建物ね!」
思わす窓にへばりついてそう叫ぶと、マーガレットとリチャードもつられたように窓の外を見た。
国立美術館は、王都の大聖堂から程近い森の中にある。
国立美術館、国立科学博物館、国立博物館の三つが並んで建っているのだが、今回の目的地である国立美術館は、向かって一番左側の建物だ。
かつては王族の離宮として使われていたものを、有名な建築家が改修工事を手掛け、現在はこうして美術館として生まれ変わっている。
実は今回初めて知ったことなのだが、国立美術館の床に使われている石は、なんと我がフォークナー伯爵家の領地から切り出された大理石なのだそうだ。
どうやらうちの領地には、国内有数の大理石の採掘場があるらしい。
「フォークナー伯爵領では、その他にも水晶、トパーズ、サファイア、ルビーなどが採掘されています。フォートラン王と王妃の王冠に付いているルビーもフォークナー産ですよ」
「えっ!? そうなの?」
「あらやだ、エリザベスは知らなかったの?」
リチャードの説明に驚きの声を挙げる私に、マーガレットが呆れたような顔をした。
「宝石の産地だと聞いてはいたけど、そんな凄いことになってるなんて知らなかったわ」
「もう、エリザベスったら。それに比べてリチャード様は流石ですね」
「お嬢様の領地のことですからね。できるだけ知っておきたくて。フォークナー伯爵にお願いして、領地に詳しい人物を紹介して貰い、今は必死に学んでいるところです」
そう言って微笑むリチャードに、マーガレットが「リチャード様、なんて健気な……」と感動している。
ヤバいヤバいヤバい。
このままだと、跡取り娘の癖に何も知らない私の勉強不足が目立ってしまう!
「将来はエリザベスが伯爵家を継ぐことになるんだから、今後はもっと自領について勉強した方が良いわね。でないと、将来困ることになるわよ?」
「そうね、でもまあ、リチャードが隣にいて教えてくれるから大丈夫だと思う。ねぇリチャード、この先も、ずっと一緒にいてちょうだいね!」
「…………ずっとですか?」
「そう! 私がおばあちゃんになるまでずっと一緒にいてね!」
「……っ!!」
(優秀なリチャードが補佐してくれるのなら、領地経営なんて楽勝よね!)
本当は死ぬまでと言いたいところだが、そこまで長期間の助けを願うのは図々しいだろう。
なので、とりあえず私が老人になるまでと言ってみたのだが。
リチャードは突然、真っ赤になり、手で口元を押さえふるふると震え出した。
「あれ? どうしたのリチャード、顔が真っ赤よ? 具合が悪くなっちゃったの?」
「……エリザベス。あなたってばもう……」
マーガレットはそう言うと、呆れたように大きなため息をついた。
リチャードといい、マーガレットといい、一体どうしたんだろう。
(はっ! さすがにおばあちゃんになるまでは長すぎた!? 欲張らずに、おばさんになるまでくらいにしとけば良かったかな?)
そんな風に、自分の図々しさについて脳内一人反省会を行っていたところ、不意に馬車が止まった。
どうやら国立美術館に到着したようだ。
馬車の扉が開き、リチャードがサッと先に外に出る。
その後、マーガレットと私も、リチャードにエスコートされつつ馬車を降りる。
「わあ、綺麗……」
目の前に現れたのは、息を飲むほど美しいファサード。
王族が住んでいた館なだけあって、窓や柱に豪奢で美しい装飾が施されている。
そんな素敵な建物の入口にはチケットを買うための窓口があり、灰白色のワンピースと同色のベレー帽というセンスの良い制服姿の女性が二人、にこやかに対応してくれた。
渡されたチケットを握りしめ、正面の扉から中に一歩足を踏み入れる。
吹き抜けになった玄関ホールの天井は、一体どれくらいの高さなのだろうか。
遥か頭上に嵌め込まれた飾り窓から差し込む柔らかな光が、足元の大理石の床に繊細で複雑な模様を描いている。
「これがフォークナー伯爵家から採掘された大理石ですよ……って、お嬢様、どうされました!?」
「ここ……なんか面白い模様があるんだけど……」
急にしゃがみ込んで床を凝視する私に、玄関ホールの隅に控えていた学芸員らしき若い男性が慌てて走り寄ってきた。
「大丈夫ですか? 眩暈でも起こされたのですか?」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。この、足元の石の模様が気になったものですから」
慌ててそう言いながら、指で床の一部を指し示す。
そこには、10センチ程度の長さの細長いドリルのようなものが浮き出ていた。
これはあれだ、多分だけど、巻貝の化石だと思う。
大理石の床とか壁って、化石が埋まっていることがよくあるみたいだし。
なのに、それを見た途端、学芸員の男性がとんでもないことを言い出した。
「なんと……! これは『ユニコーンの角』ではないですか!」
「……はあ?」
いけない。
思わず淑女にあるまじき間の抜けた声が出てしまった。
しかし、『ユニコーンの角』とは一体どういうことだ。
誰かどう見ても尖った巻貝の化石だろうに。
しばらく間が空いてしまいました。
どうか、皆さんに忘れられてませんように……。
★「そして、美貌の公爵令息は学院一の美少女になりました。」というお話を書きました。
マーガレットがシュガーボンボンで酔っぱらっていた時の、『ウォルターの手紙に出てくる人物』についてのお話です。
宜しければ、是非とも読んでみて下さい。