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131 可哀想に思えてきました

「リチャード、あなたまで騙されてたなんて……」



思わずそう呟くと、リチャードは慌てて首をブンブン振りながら叫んだ。



「誤解です! いや、確かにあれが偽物だとは気づいていませんでしたが、でも違うんです!」

「何が違うのかわからないけど、そんなに慌てなくても大丈夫よ」



(まあ、私だってミーアがハニトラ要員だったって気づかなかったわけだしね……)



そんな私に、リチャードのことをとやかく言う資格はないだろう。



それにしても。

目が合った時に皆が頷いていたのは、『この女は怪しいぞ!』っていう意味だったのか。

私はてっきり、『ギルバート殿下って、ミーアのこと好きだよね!』くらいの軽いノリだと思ってたのに。



(……ん? あれ? ってことは、ミーアをバーランド侯爵家の使用人として雇うのって、かなり危ないんじゃないの?)



ギルバート殿下は、今までに何度も命を狙われてきたという。

なのに、こんなに簡単に怪しい人物を邸内に入れていいのだろうか。


私がそんなことを思っていると、ギルバート殿下がマーガレットに向かって言った。



「マーガレット嬢は、ミーアが後宮にいたことがあると言うのだな?」

「ええ、そうですわ」

「ミーアが、その、間者の可能性があると」

「ええ。可能性どころか、間者で間違いないと思ってますわ」


どうしても認めたくないのだろうか。

ギルバート殿下は、マーガレットに食って掛かった。



「ティーカップを置く順番くらいで、ミーアが後宮から送られてきた間者だと決めつけるのは」

「ギルバート殿下、彼女は顔に傷がありますよね? 顔にガーゼを当てていました」

「あ、ああ。彼女は意地悪な姉達に粗悪な化粧品を与えられたらしく、肌がかぶれてしまったと言っていた」

「殿下。あのように顔にガーゼを当てているような者は、普通は来客の対応はしないものです」

「え?」

「侯爵家には彼女以外にも沢山のメイドがいますよね? なのに、どうして彼女がわざわざ出てきたのですか? あのように一目で怪我をしているとわかるようなメイドは、普通は治るまで裏方で働くことが多いのですよ」

「……それは……」

「私には、彼女が殿下の同情を引くためにわざわざ来たとしか思えません」


そこまで言われてついに反論できなくなったギルバート殿下は、悔しそうに唇を噛んで俯いた。




その時。不意にノックの音がした。


「失礼致します」


扉が開き、現れたのはバーランド家の家令と侍女頭のヘレンさんだった。



「ルーカスさんと言ったかしら。貴方はミーアさんがアルドラの後宮から送り込まれた間者だと気づいていたわよね?」


マーガレットがそう問いかけると、家令は恭しく右手を胸に当て、深く頭を下げた。


「はい、仰る通りでございます」


「ルーカス……!? どうして言ってくれなかったのだ!」

「旦那様が、『ギルバートがいつ気づくのかしばらく様子を見るように』と仰せになりまして……」

「……お祖父様が!?」



信じられない、とばかりに目を見開くギルバート殿下。

だが、隣に立つカイルは驚いた様子がない。

おそらくカイルはこのことを知っていたのだろう。



「旦那様は、殿下のことを試しておいでだったのですよ。まあ、カイル様も気づくのに三日かかりましたからね。殿下は一週間くらいかかるかと思っておりましたが……まさか、二週間以上騙されたままだとは……」

「ルーカスさんの言う通りですわ。こんなにも長い間、あの娘が怪しいと気づかないとは、なんて情けないことでしょう。母君が……イザベラ様が知ったら、何と仰ることやら!」

「ルーカス、ヘレン……というか、カイル、お前も騙されていたんだな……」

「いやいやいや、俺は三日で目が覚めたからね!?」



厳しい顔で殿下にダメ出しをするルーカスさん。

情けないと呆れ顔のヘレンさん。

ギルバート殿下よりはマシだと主張するカイル。



これはもう、かなりの修羅場と言っていいのでは。

 

ゴタゴタ揉めている三人から目を逸らし、壁に掛かっている肖像画に目をやる。


そこに描かれていたのは、ギルバート殿下の父親のアルファード王と、おそらく母親のイザベラ様だと思われる女性の姿だった。



「あの、この絵の女性はギルバート殿下のお母様のイザベラ様でしょうか?」

「はい、左様でございます。アルドラ王国第一王妃のイザベラ様でございます」


ルーカスさんが恭しくそう応える。


「この絵は、私が留学先で部屋に飾るために描かれたものなんだ」


ギルバート殿下がそう付け加えた。



元はこのバーランド侯爵家の令嬢だったイザベラ様。

アルドラ王国の第一王妃。アルファード王の最愛の女性。


そこに描かれたイザベラ様は、ブルネットの髪を結い上げ、大きなルビーが嵌め込まれたダイヤモンドのティアラを頭に載せ、一目で高貴な方だとわかる衣装をまとっている。

だが、大きな琥珀色の瞳で優し気に下がった目尻のせいか、まるで小動物のような愛らしさだ。

アルファード王も驚くほど若々しく見えるが、イザベラ様も二十代前半くらいに見える。

とてもじゃないがギルバート殿下のような大きな息子がいるようには見えない。



(誰かに似ているような……誰だろう、うーん、思い出せそうで思い出せない……ええと…………あっ!)


「そうだ、ミーアさんに似てるんだ!」


思わずそう呟くと、周りの人が全員こちらを向いた。



「たしかに……髪の色と眼の色がそっくりですしね」

「でも、彼女なんかよりイザベラ様の方がずっと気品があるわよ」



リチャードとマーガレットの言葉を聞いたカイルが、ポンと手を叩いた。



「言われてみれば確かに王妃様に似てるかも。だったらまあ、ギルが騙されるのも仕方がないかもね!」

「うるさい! お前だって騙されてたくせに!」

「お二人共、そこまでです。ギルバート殿下、カイル様、周りを見て下さいませ。お友達が呆れておられますよ」



ルーカスさんにそう言われハッとした顔で私達の方を見たギルバート殿下は、悔しそうに顔を歪ませ、唇を噛んで俯いてしまった。



(うーん、ギルバート殿下、なんだか可哀想だな……)



ちょっと良いなと思った女の子が、自分を騙していた。

同情していたその過酷な生い立ちも、大きな胸も、全てが偽物だったのだ。

しかもそれを友人に指摘された上、祖父や家令達からは、いつ気付くのかと観察されていたという。

これはもう、絶対ショックだと思う。

思春期の男子には耐えられない屈辱だろう。



(ギルバート殿下が人間不信になっちゃったらどうしよう……そうだ!)



「大丈夫よ、ギルバート殿下! 私は呆れてなんかいないわ! だって、私達、友達ですもの!」

「エリザベス嬢……こんな私でも、友達だと言ってくれるのか……ありがとう」



とにかくギルバート殿下を元気づけなければ。

そう思った私は、ギルバート殿下に向かって笑顔でこう言った。



「男性は皆、マザコンでおっぱい星人だって言うものね! 私はそんなことでギルバート殿下の友達をやめたりしないから安心して!」

「お嬢様! なんてはしたない!」


すかさずリチャードからダメ出しを食らった。

しまったと思ったが、これでギルバート殿下が元気になるなら――



(あ、あれ? ギルバート殿下の様子がなんかおかしい?)



「うううう……私はマザコンじゃないし、おっぱい星人でもない……」

「あーあー、エリザベス嬢がギルのこと泣かせたー」

「えっ! 私のせい?」

「お嬢様……貴女という人は……」

「うふふ。私はマザコンとおっ……ゴホン、なんとか星人は嫌ですわ。友達やめますね」

「うわああああ!!」

「ギル、落ち着いて! マーガレット嬢、ギルが大変なことになっちゃうからそれ以上は止めてあげて!」

「うふふ、冗談ですわ」



私達の大騒ぎを眺めながら、ルーカスさんととヘレンさんが大きなため息をついた。






その後。

ヘレンさんが淹れ直してくれたお茶を飲んで落ち着いた後、ルーカスさんからミーアについての話を聞いた。


ミーアは確かにアルドラ王国の後宮から差し向けられた者なのだが、その目的がいまいちわかりかねるということだった。



「ギルバート殿下を誘惑するのが目的なんじゃないの?」

「いいえ、エリザベス様。あの者は、あんな成りをしておりますが、殿下を籠絡することを目的としているわけではないようなのです」



本当にハニトラ要員なのであれば、もっとグイグイ迫るはず。

屋敷に入り込むためにギルバート殿下に気に入られようと、多少同情を誘うようなことをしたたけで、それ以上の好意を得ようとはしていない、というのがルーカスさんの見立てだった。



「じゃあ、別にハニートラップ仕掛けられたわけでもないのに、ギルバート殿下が勝手に好きになっちゃっただけなのね? うっわ、チョロすぎない?」

「エリザベス嬢、もう止めてあげて! ギルの精神がこれ以上耐えられないから!」



カイルから止められ、リチャードからもチョロいだなんてはしたない言葉を使わないようにとたしなめられてしまった。



それにしても。

ハニートラップの為にバーランド侯爵邸に入り込んだのではないとしたら。



ミーアの目的は一体なんなのだろうか。





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お嬢様あなたですよ〜!ふふふ。 チョロいなんて思っても(ほぼみんな思ってるけど)口に出してはいけません。ふふふふ。でも皆わちゃわちゃしてて楽しいですね。
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