120 いつか必ず
授業が終わり、なんだかんだで夏休みに突入した。
フォートラン中央学院では、休みの前に終業式は行われない。
休み明けの始業式はあるのに。
なので、なんとなくグダグダな感じで夏季休暇になだれ込んだ感じだ。
ところで。
夏季休暇の間に皆で遊ぼうと言う計画だが。
――残念ながら無理だと言う結論に至った。
だって、とにかく皆の予定が合わない!
さらに言えば、警備の関係で行けないところが多すぎるのだ。
ハイジの行動が制限されるのは想定内だったが、言いだしっぺのギルバート殿下もだというのは予想外だった。
ギルバート殿下はアルドラ王国の第二王妃と第三王妃から命を狙われている。
なので、いつもバーランド侯爵家の護衛騎士が付いている。
それでも、祖父であるバーランド侯爵が外出を快く思わないらしい。
心配で仕方が無いと、いちいち大騒ぎするのだとか。
「おじいさまは過保護すぎるのだ……」
「まあ、あれだけ何度も危ない目にあったんだからさ。そりゃ、孫が心配で過保護にもなるよ」
ギルバート殿下はため息をつきながら文句を言っていたが、カイルは苦笑交じりにそう返していた。
「そんなに何度も狙われたの?」
「ああ、余程私が目障りらしい」
思わず聞くと、ギルバート殿下は少し疲れたような表情でそう言った。
「とくに第二王妃のルクレツィアが酷かったのだ」
「そう、第二王妃ルクレツィア。メディア侯爵家の出であり、冷酷なチェーザレ・メディアの妹。あいつらは悪魔だ」
その後、カイルが眉間に皺を寄せつつ、第二王妃ルクレツィアについて語ったところによると。
――第二王妃ルクレツィアは現在16歳。
月の女神の神殿の神官長を数多く輩出した名門、メディア侯爵家の長女である。
アルドラでは、第一王妃や第一夫人といったように『第一』という名称がついた女性は、他の国で言うところの『妻』なのだが。
『第二』以下の名称がつく場合は、単に戸籍上の繋がりを表すだけという場合が多い。
なので、義理の母である第二王妃が、現在義理の息子である第一王子と結婚することは、とくに問題にはならないらしい。
それどころか、よくあることだったのだ。
ルクレツィアの場合も、貴族間の力関係から生まれる軋轢を避けるべく、大人になるまでは王の後宮に入って過ごすことをメディア侯爵が望んだのだそうだ。
なにしろアルドラでは、
女性を略奪後に無理やり妻にするということも盛んに行われていたのだ。
ルクレツィアは小さな頃から美しいと評判な上、彼女を手に入れてメディア侯爵家と強引に繋がりを持とうとする輩が後を絶たなかった。
だからこそ、彼女の父親は、万が一にも娘を奪われることの無いように後宮に入れてしまったというわけだ。
後宮は王の住まうところ。
何かと物騒なアルドラにおいては、比較的安全なところだった。
とはいえ、後宮は毒の使用が盛んに行われる恐ろしい場所でもあったのだが。
そんなルクレツィアは、第一王子が王になったら、その第一王妃になるつもりでいるらしい。
第一王子はメディア侯爵家を後ろ盾として王の座を狙っている。
その見返りとして、ルクレツィアは第一王妃の座を与えられることとなっていた。
ちなみに、ルクレツィアは容姿が美しいだけでなく、とても賢いことでも有名だった。
彼女の兄のチェーザレは、そんな美しく賢い妹ルクレツィアを溺愛していて、普段から『次代の第一王妃となるのは我が妹ルクレツィアをおいて他にない』と言って憚らないらしい。
「でもさ、そんなシスコンの兄がいる気の強い令嬢なんて嫌だろう? フェルディナンド殿下は、ルクレツィアのことを嫌ってるんだよね」
まがりなりにも自国の第二王妃を呼び捨てにするカイル。
いいのか、それで。
「だからね、神託の乙女の話が出て、ルクレツィアは焦ったんだよ」
神殿で行われた新年の占いで降ろされた神託。
『月の女神の祝福を受けた銀髪の、齢13の乙女を王に連なる者とせよ。さすれば、アルドラ王国は繁栄の道を歩み、民は豊かな生活を送るだろう』
その神託を聞いた者達の中から、『神託の乙女は隣国ロルバーンの公女のことではないか』という声が挙がった。
そんな中で、第二王子が、『ならば公女を俺の妃に迎えることにしよう。王に連なる者とせよ、とは王族にせよ、と同義だ。俺の妃となればそれが叶う』と言い出した。
それを聞いた第一王子も、弟に負けじと『いや、公女を妃に迎えるのはこの俺だ』と張り合ってきた。
双子の王子達は、少しでも相手より優位に立とうと必死になっていた。
ロルバーンの公女を娶り、隣国という後ろ盾を得ることで、その地位をより確実なものとしたかったのだろう。だが。
それを知ったルクレツィアは非常に焦った。
何故なら、自分は事実上、婚約者のような立場ではあるが、それは只の口約束でしかない。
さらに言えば、王子の気持ちは自分に向いていない。
第三王妃も似たようなものだった。
彼女たちはお飾りの王妃。
今は王の妃として貴い身分の女性と大事にされているが、実際には誰からも愛情による庇護を受けていない状態だ。
王子達がロルバーンの公女を攫って妃にするならば、自分は邪魔者になってしまう。
なので、ルクレツィア達は非常に焦っていた。
その結果、王子達がロルバーンの公女を攫ってくるならば、公女を亡き者にしようと計画を立てていた。
そんな息子と妃たちの企みを阻止するべく、アルドラ王はロルバーンの公女を自分の妃とすることで守ろうとしたのだが。
自分の娘が親子ほど年の離れた王の第四王妃になることを許さなかったロルバーン大公が、フォートランに娘を逃がした。
表向きは留学と言う形をとりつつ。
さらに、気まぐれな兄達に振り回され、ルクレツィア達に命を狙われるギルバート殿下もフォートランに逃げて来た。
敵の敵は味方。
出会った当初は敵だと思っていたギルバート殿下達も、実はルクレツィア妃達という共通の敵がいると知った。
なので、今ではこうして情報を共有し合い、アルドラの脅威から身を守る仲間同士となっている。
そう考えると何だかとても不思議だ。
「皆で遊びに行きたかった……」
ハイジがきゅっと唇を噛んで下を向く。
ハイジは夏休みの間も国に帰ることができず、フォートランにいなければならない。
「自由にお出かけできないなんて……」
「公女が14才になれば、神託の乙女ではなくなる。そうしたら、公女はもう狙われることは無い。私と違ってあと一年弱の辛抱か。ちょっと羨ましいぞ」
ギルバート殿下が、少しふざけたような口調でそう言った。
ハイジがしょんぼりしていたので、元気づけるつもりらしい。
でも、皆、なんとなく気づいてしまった。
ハイジは来年の誕生日まで我慢すればいいけれど、ギルバート殿下はそれ以降も我慢を続けなければならないのだということに。
ハイジはこくんと頷いたあと、ギルバート殿下の顔をじっと見つめて言った。
「今年は無理だけど……いつか必ず。ギルバート殿下は、友達、だから……」
「………………っ!!」
いつもは口数の少ないハイジの至近距離からの上目遣い。
ギルバート殿下はあっという間に真っ赤になり、数歩後ろに後ずさった。
「ああ、必ず。と、友達なのだからな!」
だが、なんとか持ち直し、凛々しく頷きながら言った。
「あはは、ギルかっこいい!」
「さすが、腐っても王子なだけあるわね!」
「うるさいぞからかうなカイル! それからエリザベス嬢、私は腐ってなどいない!」
こんな風に皆で笑い合う時間はしばしお休み。
そう思うと、ちょっとだけ寂しいような気がする。
でもまあ、明日からは楽しい夏休みだ。
頑張って遊んで、この夏を満喫するぞ!
私はチャールズ・ウィラーの言葉を思い出しつつ、夏季休暇に向けて自分に気合を入れた。
次回、リチャードの兄達が登場