110 チューリップトリオの独白 ~シャーロットの場合~
★今回はシャーロット視点です
父は外交官だ。
若い頃に、赴任先の大使館で開かれたパーティーで出会ったその国の侯爵令嬢と恋に落ち、結婚した。
そして、一人娘の私が生まれた。
父に連れられて、私と母は各国を移り住むこととなった。
学院に入るまでの私は、自国であるフォートラン王国より、他国で過ごした時間の方が長いくらいだった。
母は明るく社交的な人だった。
各国のマナーに通じ、流行に敏感で、どんな話題にも付いて行ける。
人の名前をすぐに覚え、聞き上手な母は、とても顔が広かった。
そんな母の元には様々な情報が集まった。
女同士の付き合いだからこそ得られた貴重な情報が、どれほど父の役に立ったことか。
父が『敏腕外交官』『外務大臣の懐刀』と呼ばれるようになったのは、母のおかげだと言っても過言ではない。
もちろん、そのことを一番に理解しているのは父だった。
父は母を物凄く大事にしていた。
両親の仲睦まじい姿を日々目の当たりにし、私は幼いながらも心に誓った。
『私も、夫から愛される妻になりたい』
なので、母のようになるべく、マナーを必死に身につけた。
それから、流行をいち早く取り入れられるように努力した。
それには人が話すことをよく聞くことだと思い、友人達とのお茶会だけでなく、メイドや使用人達の会話や、買い物に行った先の店員の話など、色んな場所の色んな人の話に耳を傾けるようにした。
その甲斐あってか、デビュタントの少し前くらいには、『流行に敏感なお洒落な令嬢』と言われるようになった。
王都で今、流行っているドレスの形は?
一番人気のカフェは? 劇場で流行っている演目は?
『ベンティス子爵家のシャーロット様に聞けば、大抵の流行り物がわかる』
そう言われて、調子に乗った私は、夢中で流行を追いかけた。
だが、そんなある日。
私は偶然耳にしてしまった。自分についての噂を。
人と言うのは面白いもので。
どんなに噂に敏感であろうとしても、所詮自分が知りたいような話しか耳に入って来ない。
私もそうだった。
自分自身についての噂話など、集めようと思ったことも無いし、聞きたくなかった。
けれど、あの日。
母に連れられて行ったガーデンパーティーで。
お手洗いに行くために友人達と離れた私は、植え込みの陰にいた数人の女の子達の会話を偶然聞いてしまったのだ。
『今日も得意げに話していましたわね』
『本当に。流行に敏感な方というより、流行に踊らされている方と言ったほうが良いですわね』
『まあ、うふふ。そんな風に言っては可哀想ですわ。でも、そうですわね。彼女は自分の好みはさておき、流行りを優先させることに夢中なのですから。中身の無い軽薄な人なのですわ』
自分がそんな風に思われていたと知って、立っていられないくらいの衝撃を受けた。
具合が悪くなったと言って、早々に屋敷に戻り、それからしばらくの間は部屋から出なかった。
心配した両親から、何があったのだと問い詰められたが、あの日の彼女たちが言っていた言葉を自分の口から言う事には抵抗があり言えなかった。
部屋に籠り、ひたすら考えた。何がいけなかったのだろうか、と。
今まで良かれと思ってやってきたことが、全て否定されたような気持だった。
一番堪えたのは、『自分の好みはさておき、流行りを優先させることに夢中で、中身の無い軽薄な人』という評価だった。
そんなことはない、そんなはずはない。
そう思って自分の好みとは何かと考えてみる。
たとえば、そう、私が好きなドレスとは。
袖は、今、令嬢達の間で流行しているパフスリーブ。色は、そう、最近流行っている舞台のヒロインが身に着けていた水色――そこまで考えて愕然とした。
私は、自分の好きな色や形ではなく、流行っているかどうかで選ぼうとしているではないか。
彼女たちが言っていたことは真実だった。
私という人間は、中身の無い軽薄な人間だった。
それから私は、考えた。
何が好きで何が嫌いか。何をするのが好きで、何をしたくないか。
流行っているからとか、そんなことは全く考えずに、私という人間が心から好むものは何か。
そして、私という人間はどんな人間か。
そうしているうちに、段々と心が落ち着いてきた。
そして、散々考えに考え抜いた末に、私が出した結論とは。
――私は、やっぱり、流行を追うのが大好きだ!――
そう、完全に開き直ったのだ。
※※※
「シャーロットは凄いわね!」
エリザベスが、私を見てそう言った。
私達は今、王宮に来ている。
ロルバーンに残して来た飼い犬のカールを思い出して泣いているハイジの為に、王太子殿下が手配したらしい『わんわんサーカス』を見に来たためだ。
「ええっ、急にどうしたの?」
「だって、今日のシャーロットの格好ってば本当にお洒落なんだもの!」
エリザベスが興奮したように叫ぶ。
「淡い黄色のワンピースが本当に似合ってる。シャーロットの髪って明るい茶色で、外側にくるんとカールしているじゃない? それが、この袖とスカートの裾のカットと相まって、百合の花の妖精みたいに見えるわ!」
今日、私が着ているのはレモンイエローのワンピースで、袖と裾がスカラップデザインのものだった。
「ベルト替わりに結んでいるリボンの刺繍もとっても綺麗だし、シャーロットの瞳の色と同じブルートパーズのネックレスがこれまた上品で素敵!」
このリボンの刺繍は、隣国の山岳地帯の民族特有のもので、小花が散りばめられたような可憐な模様に初めて見たときは目を奪われた。
ネックレスは12歳の誕生日に両親から貰ったものだ。
控えめで上品なデザインで、どんな場所にも着けていけるので重宝している。
「シャーロットって、自分に似合うものを見つけるのが本当に上手なのよね。それって凄いことよね。自分自身のことを良く理解しているってことだもの。それに、シャーロットの選ぶものってどれも必ず後から流行るじゃない? 流行を追うと言うより、流行を作り上げちゃうって感じよね!」
エリザベスがあんまりにも手放しで褒めるので、私はもう、どんな顔をしていいのかわからなくなってしまった。
頬に熱が集まるのを感じる。
「そんなに褒めないで。恥ずかしくていたたまれないわ。……そうね、私はエリザベスみたいに何を着ても似合うってわけではないから、少しでも良く見えるように考え抜いてお洒落してるだけよ。ところでエリザベスは、いつもお洒落な格好しているけど、服は自分で選んでるの?」
「ううん、上から下まで全て侍女達にお任せしているの。彼女たちに言わせると、私の趣味は最悪なんですって。自分で選ぶと、『どうしてそんな地味な服ばかり選ぶんですか!?』『はあ!? 今から煙突掃除でもするおつもりですか!?』って言われちゃうのよね……」
「あの、参考までに聞きたいんだけど……一体、どんな服を選んでるの?」
「食事で汚してもバレないような濃い色の服。あと、肩が凝らないようなゆったりしたデザインの服」
「エリザベス……貴女と言う人は……」
「えっ? 何で? シャーロットがリチャードみたいなこと言った!」
誰よりも美しいエリザベス。
でも、ちょっぴりズボラでガサツなエリザベス。
「ねえ、エリザベス。今度一緒に買い物に行きましょうよ」
「わあ、是非! 食事するときに気を遣わなくて、いっぱい食べても苦しくならなくて、それでいてお洒落な服を一緒に探してね!」
「…………が、頑張るわ」
天使のような笑顔でとんでもないことを言うエリザベス。
私はそんな彼女が大好きだ。
彼女とこんな風に話せる今があるのは、かつて私のことを木陰で噂していた令嬢達のおかげかもしれない。
今更ながら、彼女たちに感謝の気持ちが湧いてきた。
それがなんだかおかしくて、思わずクスっと笑ってしまった。