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107 願い事を言いました

「あの……殿下はその後、鬼ヶ島に行かれたのですか?」

「オニガシマ? それは地名だろうか?」

「いえ、何でもないです、忘れて下さい」


犬、猿、キジときたら行先はあそこしかないと思ったのだが、どうやら違ったようだ。





――ギルバート殿下の話はさらに続く。


二匹と一羽と共に歩き出した時、背後から誰かに声を掛けられた。

振り返ると、すぐ後ろに背の高い黒髪の青年が立っていた。


青年は二匹と一羽を見るなり、『ああ、お前達……よくぞ無事で……』と呟き、その場に崩れ落ちるようにして泣き出した。

そんな青年の周りを二匹と一羽が取り囲む。

まるで感動の再会といった様子だった。


二匹と一羽は、青年に向かってワンワンキーキーケンケンと、何やら必死に訴えかけている。

それに対して青年は、黙ってうんうんと頷いている。

不思議なことに、まるで青年には動物たちの言葉が通じているかのようだった。


しばらくすると、青年が指で涙を拭いながら言った。


『お礼が遅れて申し訳ありません。私はこの者達の主人です。この度は、この者達をお助け頂き、誠にありがとうございました』


そう言って頭を下げると、青年は持っていた鞄の中から小さな黒い箱を取り出した。


『これは助けて頂いたお礼です。どうかお納めください』


だが、私はそれを受け取らなかった――




「えっ? 断っちゃったんですか?」

「もちろんだ、エリザベス嬢。そんな得体の知れない物を受け取るわけにはいかないからな」

「さすが、腐っても王子ですね」

「失礼だぞ、リチャード・ベルク! 私は腐ってなどいない!」




――さらに話は続く。


私が箱の受け取りを拒否すると、青年は困ったように、『では、何か欲しいものなどはありませんか?』と言い、じっと私の顔を見つめてきた。


その時、私は改めて青年の顔をよく見た。

その青年は、恐ろしいほど整った顔をしていた。


黒曜石のように光る切れ長の目。すっと通った鼻筋に、形の良い薄い唇。

夏至祭の仮装だろうか。

艶のある真っ直ぐな黒髪を高い位置で一つに結んだ彼は、額に幅広の白いリボンのようなものを巻いていた。




「そ、そのハチマキには、桃の絵が描いてありませんでしたか?」

「ハチマキ? あのリボンはそう呼ばれるものなのか? そういえば、何かピンクの模様が描かれていたような気もするが……」

「ええっ、憶えていないんですか!? そこ凄く気になるのに!」

「す、すまない」

「お嬢様、話が進まないのでいったん黙りましょうか」





――話を戻そう。


その青年の人間離れした美しさに、私はしばし見惚れてしまった。

そして、ふと思ったのだ。

もしかしたら、この青年は精霊なのではないかと。こんなに美しい人間など、そうそういるはずがない。

だとしたら、先程の動物たちの奇跡も納得がいくではないか。


これはチャンスだ。そう思った。

そして、私は願い事を口にしようとして――ふと、思った。

私は何を願おうとしていたのだったか。

おかしい、何故忘れている? チェスが強くなりたい。頭が良くなりたい。

違う、そんなつまらないことではなかったはず。

あの美しい彼女に婚約者になって欲しい。そうだ、それだ。

けれど、何故だろうか、今の私は。私の願いは――


目の前で、仲良さそうに寄り添う二匹と一羽と青年。

その親し気な様子が、何よりも尊いものに思えて仕方が無かった。

そして、私は言った。『私も、沢山の友人が欲しい』と――







「そして、願いは叶えられた! やっぱりあの青年は精霊だったのだ!」


ギルバート殿下の頬は紅潮し、潤んだ眼がキラキラと輝いている。

黙っていれば美形の殿下のそんな様子は、思わずはっとするほど色めいている。

だが。



「…………お話し中、誠に申し訳ございません。殿下、ちょっと失礼いたします」



部屋の隅に控えていた家令が近寄ってきて、すっとギルバート殿下の額に手を当てる。



「やはり、また熱が上がってきているようです」

「いや、大丈夫だ」

「駄目ですよ! 部屋に戻って横になって下さい!」



興奮して話しているから顔が赤くなっているのかと思っていたら、まさかの発熱だったなんて。

私は思わずギルバート殿下に向かって早く休むように叫んでしまった。



「いや、でも、せっかくこうして訪ねて来てくれたのだから、もっと話がしたい」

「いいですか、殿下。私達はもう友達なんですよ。話したいことがあるならば、明日からいくらでもお聞きします。だから、今日はもう、休んで下さい」

「……エリザベス嬢…………」

「そうですわ、殿下。私達はもう友達なのです。殿下が嫌でも、そうして頂きますからね!」

「早く休んで下さい。そうでないと、お嬢様が心配するじゃないですか」

「スペンサー伯爵令嬢……リチャード・ベルク……すまないな。では、お言葉に甘えて、失礼させてもらう」



そして、メイドに付き添われながら、ギルバート殿下は席を立った。

一度振り返って私達の方を見るなり、「友達……」と呟きながらふにゃっとした笑顔になったのがなんともいじらしかった。



扉が閉じると、家令が申し訳無さそうに頭を下げた。


「本日は誠にありがとうございました。ギルバート殿下にあのように言って頂けるとは……本当に、本当にありがとうございます」


家令の目には涙が浮かんでいる。


「学院に入学されてから2ヶ月以上が経ちますが、よもや殿下が、友人がいないことを悩んでおられたとは露知らず……」


見ると、すぐ後ろに控えていた女性もハンカチで目を押さえていた。


「私は侍女頭のヘレンと申します。夫のジャン共々、殿下のお母上のイザベラ様がいらっしゃる頃からバーランド侯爵家に仕えております」


母親世代というところだろうか。それほど若くない女性がそう名乗った。



「夏至祭の夜、夫はギルバート殿下の護衛として共に王都の噴水広場に参りました。殿下は、最初のうちはとても楽しそうに過ごしていたそうです。ですが、何故か突然、黙り込んでしまわれて……」



その後ヘレンさんは、夫のジャンさんから聞いたという話を、涙ながらに語り出した。


――ジャンさんは、ギルバート殿下には何か悩みでもあるのだろうかと思ったらしい。

まあ、ギルバート殿下も思春期の男子だ。

自分だってこのくらいの年の頃は、何かと悩むことが多かったではないか。

ここはひとつ、しばらく放って置いて様子を見ることにしよう。

そう考えたジャンさんは、ギルバート殿下と二人で黙ったままベンチに座っていた。


だが、結構な時間が経っても、殿下は口を開かずにただその場でじっとしていた。

よく見ると、光を失ったような瞳で、ぼんやりとした表情になっている。

何かがおかしいと思い、殿下に声を掛けようとしたその時。

殿下が言ったのだ。『私も、沢山の友人が欲しい』と。


突然どうしたのかと殿下の肩に触れると、身体が火のように熱かった。

額に手を置く。かなりの高熱があるようだった。

それから急いでバーランド侯爵邸に戻り、事の次第を家令や妻であるヘレンさんに語って聞かせた――





「ああ、殿下がそんなに思いつめていたなんて……」


ヘレンさんがハンカチに顔を押し付けるようにする。

そんなヘレンさんを気遣うように、家令が代わりに話し出した。


「お側にいながら、私どもは殿下の悩みにちっとも気づいていなかったのです。たしかに、カイル様というご友人はおります。でも、殿下は学院の入学式の前に言っていたのです。『友達が()()できるといいな』と……なのに……どうやら殿下にはなかなか友人ができないのでは? と屋敷の者は皆、心を痛めておりました。……ですが!」


家令の声が大きくなった。


「あなた方が殿下の友達になって下さるだなんて! なんと素晴らしいことでしょう! ああ、殿下……本当にようございましたな……」


感極まったように呟く家令。

その言葉に激しく頷くヘレンさん。



(ああ、そうか、だから使用人たちは皆、あんなに歓迎ムードだったんだ……)


知恵熱を出すほど友達が欲しいと思い詰めてしまったギルバート殿下。

そんな殿下を心から案じ、私達の訪問を心から喜ぶ使用人たち。



「来て良かったわね」

「そうね、エリザベスの言う通り、お見舞いに来て良かったわ」



マーガレットと顔を見合わせ、お互いにっこり笑顔になった。

本当に来て良かった、と思いつつも。

さっきからどうしても一つだけ、気になって仕方が無いことがあった。


(青年が差し出した小さな黒い箱って一体……? まさか、玉手箱的な……? いやでも、お礼にくれるのに、玉手箱はないか……)


ギルバート殿下の具合が良くなって学院に登校して来たら、青年の近くに大きめのカメがいなかったかどうか聞いてみよう。


とにかくギルバート殿下には、できるだけ早く良くなってもらいたい。

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