105 お見舞いに行きます
結局、お見舞いに行くのは私とリチャード、それからマーガレットの三人だけとなった。
他の皆は、まだ正式に友人になったわけでもないギルバート殿下の家に行くことに、かなり抵抗感があるようだったし、大勢で押し掛けるのも良くないだろう。
スペンサー伯爵家の馬車に乗せてもらい、三人でギルバート殿下のいるバーランド侯爵邸に向かう。
余談だが、スペンサー伯爵家の御者はとても強いらしい。
いざという時の護衛もできる優秀な人材を雇っているのだそうだ。
マーガレットは宰相の娘。
誘拐などを警戒してのことだろう。
手ぶらで行くのも何なので、途中、王都の商店街の花屋に寄り、薔薇やガーベラなどで作られた小さめの花束を買った。
色はピンクやオレンジなどの明るく元気になれるようなものにした。
バーランド侯爵邸に着くと、門の前にいた使用人が馬車に近寄って来た。
開けた窓からリチャードが、ギルバート殿下のお見舞いに来たと告げる。
すると、使用人は目を大きく見開き、ひどく慌てた様子で家令を呼びに行ってしまった。
しばらくすると、門が開き、馬車はバーランド侯爵邸の中へと進んだ。
門から玄関までかなり距離がある。
さすが侯爵家。
フォークナー伯爵邸や、スペンサー伯爵邸より大きい。
馬車が玄関の前に停められる。
リチャードが先に馬車から降り、私とマーガレットが馬車から降りるのに手を貸してくれる。
待っていたのは白髪で穏やかそうな初老の男性だった。
頭を下げ、丁寧に挨拶を述べる男性は、バーランド侯爵家の家令と名乗った。
「本日はギルバート殿下のお見舞いにいらしたと伺っておりますが……」
「ええ、二日も学院をお休みされていましたので……先触れも無しの急な訪問で申し訳ございません」
「いいえ、迷惑だなんてそんな。むしろ、ギルバート殿下は大層お喜びになるでしょう!」
リチャードとのやり取りを見るに、家令は物凄く喜んでいるようだった。
ありがとうございますと繰り返す家令は、興奮したように顔が赤くなっていて、よく見ると目が潤んでいる。
その後、屋敷の中に案内されたのだが、すれ違うメイド達の誰もかれもが物凄く嬉しそうだった。
皆、家令と同じように頬を染め、キラキラと輝く瞳でこちらを見ている。
(え? なんで皆、こんなに嬉しそうなの?)
謎の歓迎ムードに圧倒されつつ、通された応接間でギルバート殿下が来るのをしばし待つ。
これまた頬を染め、キラキラと目を輝かせたメイドが、お茶を出してくれたのだが。
添えられた輪切りのレモンが、ふわりと爽やかな香りを振りまいている。
そういえば、バーランド侯爵家はレモンの名産地アルドラに王妃として嫁がれたイザベラ様の生家。
きっと良いレモンを使っているのだろう。
香りだけでなく、味も普通のものとは違うようだ。
ただ酸っぱいだけでなく、ほんのりとした甘みがしっかり感じられてとても美味しい。
そんなことを思いつつお茶を飲んでいると、ひどく慌てた様子でギルバート殿下が部屋に駆け込んできた。
「ほ、本当だ……! 本当に来てくれたなんて……!」
感極まったようにそう呟くギルバート殿下は、いつもの気取った感じではなかった。
制服姿ではない殿下を見るのは初めてだったが、シンプルな白いシャツブラウスと淡いグレーのズボンが、いかにも休日の王子様といった感じでよく似合っている。
私達は座っていた長椅子から腰を上げ、揃って貴族の礼を執った。
学院では身分の上下は気にしないこととなっているが、学院から一歩出たらそうもいかない。
私達は伯爵家の者であり、ギルバート殿下は他国の王族だ。
「ギルバート殿下におかれましては……」
「そんな堅苦しい真似は止めてくれ」
リチャードの挨拶の言葉は、すぐにギルバート殿下によって遮られた。
「お願いだから、気安く喋ってくれないか。あの、その、お、お見舞いに来てくれたのだと聞いているのだが……」
真っ赤な顔でそう言うギルバート殿下は、いつもよりなんだか素直そうに見える。
病気で心細くなっているのだろうか。
とは言え、タメ口で話すような真似はできない。
王族に対する口調から、貴族の子弟同士で話す時の口調に変えるくらいが妥当だろう。
マーガレットが「それでは遠慮なく話させて頂きます」と前置きをし、話し出した。
「ギルバート殿下に会いにB組の教室に行きましたら、昨日からお休みされていると聞きまして」
「わ、私に会いに……? 一体、何の用で?」
「まあ、殿下。お忘れになったのですか? 私と賭けをしましたでしょう? 何をやって頂くか決めましたのでお伝えしに参りましたの」
「あ…………あの賭けか…………」
先程までのなんだか嬉しそうな表情から一変、死んだ魚のような虚ろな目になった殿下がそっと俯く。
「何でも一つだけ言う事を聞いてくれるのですよね? では、『私や、私の友人達と、お友達になって下さい』」
「え……?」
弾かれたように顔を上げたギルバート殿下は、呆然とした表情のまま黙ってマーガレットの顔を見つめていた。
だがしばらくして、ハッと我に返ると、怪訝な様子でマーガレットに問いかけた。
「私がお前達……いや、失礼、あなた達と友人に?」
「そうです。私だけでなく、ここにいるエリザベスやリチャード様も。それから、アーデルハイド様、アメリア・グラント伯爵令嬢、ビアンカ・トール子爵令嬢、シャーロット・ベンティス子爵令嬢の四人ともお友達になっていただきます」
マーガレットが私達の名前を挙げていく。
「うふふ。これは『お願い』ではありませんよ。ギルバート殿下は、賭けに負けたのですから。これは勝者からの『命令』なのです」
「……わかった」
教師から大事なことを言い渡された子供のように、ギルバート殿下は素直にこくりと頷いた。
「あの、でも、それは……今、名前が挙がった者達は、納得してのことなのだろうか? どうして急にこんなことを?」
さすがに少し警戒したのだろうか。
ギルバート殿下がそう問いかけてきた。
「もちろんですわ。ねえ、エリザベス」
「はい。むしろ、私が最初にギルバート殿下とお友達になりたいと言い出したのです」
「…………っ!」
ギルバート殿下の顔が真っ赤になり、わなわなと震え出した。
「信じられない…………ああ、精霊は本当にいたんだ…………!」
「「「…………は?」」」
突然、ギルバート殿下が感極まったようにそう言った。