103 友達になれば解決するはず
「ギルバート殿下に、『私に近寄るな』ではなく、『私と友達になれ』って言って欲しいの」
「……ねえ、エリザベス、本気で言ってる?」
沈黙を最初に破ったのはマーガレットだった。
「ギルバート殿下と友達になるですって? 一体何を考えてるの? さっぱりわからないわ、説明して」
まあ、マーガレットがそう思うのも無理はない。
ほんの少し前まで、それこそ数時間前までは、ギルバート殿下が近寄って来ないことを望んでいたのだから。
でも、今日の寝巻の会での三人の会話を聞いていて、ふと思ったのだ。
ギルバート殿下は本気で私に恋しているわけじゃない。
まあ、中学生男子なんてまだまだ子供だ。
ちょっと良いなと思った女子に、当たって砕けろ精神で猛アタックしているだけだろう。
だって、殿下は私のことを良く知らないはず。
そもそも、知り合ってまだ二ヶ月しか経っていないのだ。
会話だってそんなにしてないし。
確実に、私の内面を知って惹かれたわけではないだろう。
それどころか、ギルバート殿下は私のことをかなり美化している。
どういうわけだか、彼は私のことを『淑やかで口数の少ない、儚げな少女』だと思っているようなのだ。
最近ではあいうえお作文ではなくなったものの、相変わらずラブレターを渡してくる。
その中には、私のことを『とても心配だ』だの『守ってあげたい』だのと書かれていた。
何をどうしたらそんな勘違いできるんだ、随分と美化されたもんだなウケる、と最初はゲラゲラ笑って読んでいた。
だが最近は、そんな理想のお姫様みたいな女が現実にいるわけないだろうが、と思わず突っ込みたくなるような文章もちらほら。
正直、勘違いが凄すぎて読んでいて怖い。
だからこそ、このタイミングで接近禁止命令なんて出したらどうなることやら。
おとなしい私が、マーガレットやチューリップトリオに命令されて、嫌々自分から遠ざかって行こうとしている……などと被害妄想を抱きかねないではないか。
「確かに、意地になって今よりもっとお嬢様につきまとうかもしれませんね」
「マリーもそう思う?」
ギルバート殿下ならやりかねない。
あのしつこさはお国柄らしいけど、後先考えない愚かなところは彼自身の個性だろう。
「ストーカー具合がエスカレートして、柱の陰からじっとりとした目で見つめてきたり、近寄らなければいいんだろうって開き直って、ラブレターを大量に送り付けてきたりするかも」
「それよりも、可愛さ余って憎さ百倍ってなるかもしれませんよ。突然、逆ギレして襲い掛かってくるかも。お嬢様、気を付けたほうがいいですよ」
「ちょっと、マーガレット、ケイト! 二人とも怖いこと言わないでよ!」
もし、そんなことになったらどうしよう。いやいや、怖がっている場合じゃない。
そうならないように、先に手を打つのだ。
「だからこそ、ギルバート殿下と友達になるのよ!」
私は手をぐっと握りしめ、気合を入れて言った。
「いつまでも遠ざけておくとヤバいことになりかねないでしょう? だからね、友達になって私のことをよく理解してもらうのよ! 私の本当の姿を知れば、殿下はきっと幻滅するわ! 私、どう考えても彼の理想の少女とは程遠いから!」
「ちなみに、ギルバート殿下の理想の女の子ってどんな感じなの?」
「手紙から察するに、淑やかで、控えめで、口数が少なくて、少食で、庇護欲をそそるような儚げな感じだと思う。まあ、私って銀髪でわりと色白だから、貧血起こして倒れそうなイメージなのかも」
全体的に色素が薄くて、生命力が無さそうに見えるのよね。残念なことに。
「あの、殿下はどうしてお嬢様のことを少食だと思ったのでしょうか?」
「あ、マリー、それ私も気になった。お嬢様、どうしてですか?」
マリーとケイトが質問してきた。
「うーん、心当たりないのよね。でも何故か少食で心配だとか書いてあったのよ」
「それ、多分だけど、エリザベスって昼食でサンドイッチを選ぶことが多いからじゃないの?」
学院の食堂は、自分で好きなものを選んで食べるシステムだ。
比較的量が多くて重めな肉料理などがAセット。これは男子に人気だ。
パスタやグラタンなどとサラダ、スープの組み合わせがBセット。
サンドイッチとフルーツもしくはヨーグルトなどのごく軽めのものがCセット。これはダイエットしたい女子が選ぶことが多い。
そして私はというと、Cセットを選ぶことが多い。
本当はBセットのパスタが食べたいのだが、トマトソースなどで制服を汚すと大変なので、サンドイッチで我慢しているのだ。
そのせいで夕方にはかなりお腹ペコペコになってしまう。
「お嬢様が帰宅後、物凄い勢いでおやつを食べているのはそのせいだったんですね」
マリーが可哀想な子を見るような目で見てくる。
なんだろう、ちょっと悲しい。
「我慢しないで好きなものを食べればいいじゃないの」
「マーガレット様、お嬢様をそそのかすのはお止め下さい。制服の染み抜き、大変なんですよ?」
「こぼさず食べるようにすればいいじゃないの」
(ケイト、いつもお手数かけてごめんなさい。マーガレット、それができれば苦労しないんだってば。あっ、そうだ!)
「ランチを爆食して、制服を汚しまくれば、ギルバート殿下もドン引きするんじゃない? トマトソースとか付けてたら絶対いけるでしょ!」
「ギルバート殿下以外からもドン引きされますよ。お願いですから止めて下さい」
ケイトからストップがかかってしまったので、それはやらないことにする。
「とにかく、私の為人を知ってもらえば、全て上手くいくと思うの!」
これ以上ギルバート殿下を放置するのはマズい。
だからこそ、先手を打って殿下から嫌われるのだ。
「名付けて『先手必勝! ギルバート殿下よ、目を覚ませ!』作戦よ! 三人とも、協力してね!」
そう言うと、三人は目を見合わせながら渋々といった感じで頷いた。
どうしてそんなに乗り気でなさそうなんだ。
「ちょっと、そんな暗い顔しないでよ。もしかして作戦名が気に入らなかった? だったら『ギルバート殿下よ! 刮目せよ!』でもいいわよ?」
「いや、それはどうでもいいわ」
「そう? じゃあ、最初の案で行きましょう! 皆、一緒に頑張りましょう、ほら、エイエイオー!」
右手を握りしめ、勢いよく突きあげながら叫ぶ。
三人も、同じように手を挙げつつ声を出している。
なんでだろう。どうしてそんなにヤケになってるんだ。
とにかく、今後の方針は決まった。
後は、ハイジや守り隊のメンバーにも作戦を伝えて、協力してもらうだけだ。
※※※
「お嬢様、貴女という人は……!」
「え? リチャード? どうしてそんなに怒っているの?」
寝巻の会の翌日。
迎えに来たリチャードと、マーガレットと私の三人で馬車に乗り込む。
最初は寝巻の会の話題などで和やかにしていたのだったが。
『先手必勝! ギルバート殿下よ、目を覚ませ!』作戦について話した途端、リチャードの表情が変わった。
(なんだろう、背後に黒いモヤモヤが見える!)
ファンタジー小説のラスボスである魔王並みの禍々しいオーラを放ちながら、リチャードが低音で話し出した。
「ギルバート殿下と友人関係になるですって……? 一体どういうつもりなんですか?」
あまりの剣幕にビビりながら、昨日三人にしたのと同じ説明をする。
「却下で」
「えっ、そんな」
「アルドラの王子を側に近寄らせるだなんてとんでもない。ハイジ様だって嫌がるでしょうに」
たしかにそうかもしれない。
殿下は最初にやらかしちゃってるから、ハイジとの仲は最悪だ。
「でも、ギルバート殿下もハイジと同じく、国からの保護対象なんですよ。その身に何かあったら困る、ということでフォートラン王国の護衛が付いているんです」
それまで黙っていたマリーが、にこやかに口を開いた。
昨夜は酔っぱらっていたので、二日酔いを心配していたが、どうやら心配無さそうだ。
「だからこそ。この際、殿下とハイジには和解してもらいましょう。そして、殿下には私達の友人になってもらうんです。エリザベスにちょっかいかけようとしたら『その態度は友人がとるものではない』と言って止めさせることができますし、もし本当に友情が芽生えるようであれば、少なくともギルバート殿下は脅威ではなくなります」
いつもの頼りになる口調。マーガレットの目がきらりと光る。
「ギルバート殿下も兄弟たちから命を狙われている立場のようですし。この際、共闘を持ちかけるのも良いのでは?」
「マーガレット様……さすがですね」
「ん? 教頭? クロウリー先生のこと? あ、そうそう、あの人って絶対カツラよね!」
「「…………」」
何故だろう。二人とも、急に黙ってしまった。