102 恋とはどんなものかしら
「マーガレット様のウォルター様に対する今の気持ちって、それって本当に恋なんですか?」
ケイトの問いかけに、マーガレットがクッションに押し当てていた顔を勢いよく上げた。
やはり泣いていたようで、目が潤み赤くなっている。
「恋……?」
まるで生まれて初めてその言葉を聞いたとでも言う様に、マーガレットはそう呟いた。
「私はウォルター様のことが好きよ。この気持ちは多分、恋だと思う」
そして、正解を探すように喋り続ける。
「ウォルター様がロルバーンに行く前に、私の前で跪いて言ったの。『愛しい、マーガレット。どうか、ずっと僕の側に居て欲しい。僕のすることを応援して欲しい』って。その時、私は」
ゆっくりと、自分の気持ちを確かめるように、マーガレットは一言ずつ言葉を選んでいる。
「嬉しかったの。ウォルター様にそう言ってもらえたことが。そして、私もウォルター様の側に居たいと思った。……それが恋でも恋じゃなくても、もうどっちでもいいわ。私はこれからもずっとウォルター様の側にいて、彼のことを応援していくことにするわ」
そう言い切ったマーガレットは、難しい問題を解き終わった時のように晴れやかな顔をしていた。
ケイトは、教師が「よくできました」と言う時のような顔で頷く。
すると、それまで黙って話を聞いていたマリーが、徐に口を開いた。
「私がマーガレット様くらいの年の頃は、恋に恋する感じでしたよ。恋というものがなんなのかなんて、ちっとも理解してませんでした」
「ふーん、じゃあ、今は?」
「えっ?」
「今はどうなの? 恋っていうのが何なのか、わかったの?」
ケイトがニヤニヤと笑いながら言う。
マリーは突然のケイトの問いかけに、顔を真っ赤にして口ごもった。
「言葉にするのは難しいんですが。えっと……その人のことが頭から離れなくなって、ふと気づいたらその人のことを考えていた、とか、その人に会いたくてたまらないという状態ならば、恋に落ちたと言えるのではないでしょうか?」
「ふーん、マリーはそんなこと考えているんだ。ははっ、エリック様に言っちゃお。きっと大喜びするわよ」
「ちょ、ちょっと! ケイトってば絶対にやめてよね!」
真っ赤になってケイトにそう抗議しているマリーは、きっと今、恋に落ちている最中なんだろう。
エリックの思いが届いているようで何よりだ。
「マーガレット様。恋とは頭で考えてするものではないと思いますよ。古くから言われていることですが、恋とは落ちるものなんだと思います」
マリーとじゃれ合うようにしていたケイトが、ふと真顔になってそんなことを言い出した。
それを聞いて、マリーもうんうんと頷いている。
「まあ、恋とはどんなものかだなんて、正解は一つではなさそうですしね。いつどんな風に恋に落ちるのかも人それぞれでしょうし」
「ふふっ、マリーの時はどんな風だったの?」
「もう! ケイトったら、からかわないでよ!」
「ねえ、マリー。私も知りたいわ。良かったら教えて?」
「マーガレット様…………えっと、最初は苦手で会うたびに恐怖すら感じていたけど、気づいたらいつのまにか好きになっていたって感じです……まあ、今だって怖いと言えば怖いんですが……」
「会うたびに恐怖……?」
不思議そうな顔をするマーガレットに、大笑いするケイト。じゃれ合うようにケイトに抗議するマリー。
(あれ、これってなんか良い雰囲気じゃない? こういうのが女子会よね? よし! やっと私が思ってたような感じなってきた!)
「ところで、お嬢様はどうなんですか?」
これぞ女子会と満足して油断していたところに、ケイトが突然、話を振って来た。
「リチャード様のこと、どう思ってるんですか?」
「あー、リチャードのことは好きよ。でも、恋とかそういう恋愛感情はないわ」
「「「えっ?」」」
同時に驚きの声を上げ、三人が私の方を見た。
「だ、だってリチャードってまだ子供よ? そんな子供相手に恋だなんて」
「お嬢様だって同い年でしょうに」
「い、いやそれはそうなんだけど」
前世社会人だった私の常識が、中一男子との交際に抵抗感を示す。
私に前世があると知っているマリーならいざ知らず、ケイトとマーガレットにはそんなこと言えないし、言っても理解しては貰えないだろう。
「いやでも、リチャードの容姿は文句なしに好きよ。部屋にポスター飾ってたこともあるくらいだから」
まあ、前世でのことだが。
私が大好きなイラストレーターが描く、『星空の下の恋人たち』の男主人公リチャード。
艶のある黒髪に、黒曜石のように怪しく光る瞳。今、思い出してもうっとりする。
憂いを帯びた表情がなんとも素晴らしいそのポスターは、『星空の下の恋人たち』2巻の特装版に付いていたものだ。
ちなみに、店舗特典のイラストカード欲しさに、同じ本を2か所の書店で購入した。
だって、どちらのものも欲しかったから。
「ポスター?」
マーガレットが不思議そうにする。どうやらポスターという言葉が通じなかったようだ。
「えっとね、姿絵みたいなものよ」
慌ててそう説明すると、ケイトが訝しげな表情をした。
「あれ? お嬢様、リチャード様の姿絵なんて持ってましたっけ?」
「え、ええと、従者を決める時に送られてきたのがあったから!」
「そんなの部屋に貼ってましたっけ?」
「いや、貼ったけど恥ずかしいからすぐに剝がしたの!」
「ふーん、そうだったんですね」
ケイトの追及が予想外に厳しい。
でも、なんとか上手く誤魔化せたようだ。
「エリザベスは、リチャード様の容姿が好きなのね」
「そうね、大好きよ。ところでマーガレットはリチャードの父親のジェームス・ベルク伯爵を見たことがある? ジェームス様は本当に素敵よ! もうね、私の好みのど真ん中! 理想が服を着て歩いているって感じなの!」
「そ、そうなんだ。ベルク伯爵には以前お会いしたけど、確かに素敵だったわ。リチャード様によく似てらっしゃるわよね」
「そうそうそうなの! リチャードもきっと、もうちょっと育てばあんな風になると思うの! それがもう今から楽しみで楽しみで!」
「リチャード様……お気の毒に……」
何故だか急にマーガレットがリチャードに同情し始めた。どういうことだろう。
「確かにリチャード様はまだ子供ですからね。でも、子供と言えども男です。今現在のリチャード様はかなり信用できますが、この先でどんなクズに育つかわかりませんからね。気を抜かないで下さいね」
「そ、そうね、気を付けるわ」
「あと、男は容姿で選んじゃ駄目です。見目の良い男なんてクズの中のクズが多いんですから」
「わ、わかった」
いやしかし、ケイトは本当にブレないな。
「見目が良いけど中身がアレと言えば、ギルバート殿下って相当残念よね」
マーガレットがレモネードを飲みつつ言った。
どうやら、いつの間にかボンボンの酔いから覚めてきたらしい。
「確かに、黙ってれば整った顔でカッコイイのにね」
「明日、殿下に『エリザベスにはもう近寄らないように』って言ったら、きっと物凄く駄々をこねるでしょうね。はあ、やれやれだわ」
「マーガレット、そのことなんだけど」
「ん? 何?」
さっきからずっと考えていたことを、私は思い切って言うことにした。
「ギルバート殿下には『私に近寄るな』ではなく、『私と友達になれ』って言って欲しいの」
そして。
部屋の中に、怖いくらいの沈黙が訪れた。
Voi che sapete