100 寝巻の会を始めます
「本当に、ウォルター様はひどいと思わない?」
マーガレットはコップの中身をぐいっと飲み干し、手の甲で口の周りをぐいっと拭った。
顔が真っ赤で、目が座っている。
どこから見ても立派な酔っ払い。
コップの中身はレモネードなのにもかかわらず、だ。
酒を飲んだわけでもないのに、何故こんなことになっているかというと。
パジャマパーティー改め、『寝巻の会』の為にと用意したお菓子の中に、砂糖でできた殻の中に洋酒を入れたお菓子――ボンボンがあったためだ。
私は、どうやら大変に酒に強い質のようで、ボンボンなんて何個食べても全く酔わない。
確かリチャードもそんな感じだった。
なので、これを持ってきたマリーは、まさかこんなことになるなんて全く予想できなかったようだ。
薄いピンクや水色のボンボンは、女の子だけの集まりにはぴったりの可愛いお菓子だ。
マリーは単に、女子会を盛り上げようと思って持って来たにすぎない。
マカロンや色とりどりのフルーツとともに並べられたそれを、マーガレットは一つしか食べていない。
なのに、気づいたらこの状態になっていた。
マーガレットは相当酒に弱いようだ。
まさかボンボン一つで酔うなんて、全くの想定外だ。
「ど、どうしましょう、マーガレット様を酔わせてしまいました……!」
「まあまあ、落ち着きなさいよマリー。むしろ、今ここで酒に弱いってわかって良かったんじゃない?」
「もう、ケイトったら、そんなこと暢気なこと言って……」
いやでも確かに、ケイトの言うことには一理ある。
これだけ酒に弱いとわかったからには、マーガレットは今後、酒に気を付けた方が良いだろう。
ところで。
今がどういう状況かと言うと。
ここはフォークナー伯爵邸の私の部屋で、私とマーガレット、それからマリーとケイトの四人での女子会の真っ最中だ。
時を遡ること数時間前。
マーガレットの家でのお茶会で、皆に「女子会をしましょう!」と誘ってはみたものの。
警備の関係でハイジは参加できず、チューリップトリオも今日は外せない用事があるらしく不参加となった。
だがマーガレットはとても乗り気で、すぐさま母親のキャロライン様に外泊の許可を取りに行った。
「あらまあ、ふふふ。『寝巻の会』ね! 懐かしいわ。私もあなたのお母様とよくやったのよ」
「え、キャロライン様と母がですか?」
「そうよ。マーガレット様がうちに来ることもあったし、私が泊りに行くこともあったわ。ああ、懐かしいわ。とても楽しかったのよ」
そう言って、キャロライン様は懐かしそうに目を細め、小さく微笑んだ。
キャロライン様は本当にお母様と仲が良かったようだ。
「二人で夜通し色んなことを話したのよ」
「お母様達がどんなお話をしていたのか興味があるわ」
「キャロライン様、是非とも教えて下さい!」
私も知りたかったので、マーガレットの話に乗っかってみる。
「そうねぇ、ヘンリー様の泣き虫をどうにかしたいって話になった時、私が『あれは死ななきゃ治らないわよ』って言ったのよ。そしたら、マーガレット様ったら『だったら一度死ぬような目に遭わせてみようか』って。ふふっ」
「「え……」」
そこは笑うところなんだろうか。
「あとはね、ダグラス様が下ネタばかり言うから困るって言ったら、マーガレット様ったら『怒ってもあいつは喜ぶだけだ、泣いて謝って来るまで無視しろ』ですって。ふふっ、いつもこんな風にヘンリー様とダグラス様の話をしてたのよね。要するに、アレよ、『恋バナ』ばっかりしてたのよね」
「それって恋バナなんですか……?」
「お母様、恋バナって言葉を使ってみたかっただけですよね?」
まあ、とにかくマーガレットの外泊許可もすんなり出たので、無事に我が家での『寝巻の会』開催が決定したわけだ。
その後、私は一足先に家に帰って、マーガレットを迎える準備をすることにした。
フォークナー伯爵邸に戻り、家令のマーカスに我が家に友人を招いてパジャマパーティーをすることを告げる。
するとマーカスは不思議そうに「パジャマパーティーですか?」と言ってしばらく考え込むような素振りをした後、「ああ、『寝巻の会』でございますね」と言った。
(あれ? パジャマパーティーが通じない……? そういえば、ハイジ達もパジャマパーティーという言葉に首を傾げていたような気がする……?)
よくよく考えてみると、今世では『パジャマ』という言葉を聞いたことが無かった。
ついでにいうと『ネグリジェ』もだ。
女性は飾りのない薄手のワンピースのようなものを着て寝ているのだが、皆、それのことを『寝巻』と呼んでいる。
男性は上下に分かれたパジャマを着ているが、それも一般的には『寝巻』と呼ばれていた。
気分的には『パジャマパーティー』の方がポップな響きで楽しそうなのだが、郷に入っては郷に従え。
今後は私も『寝巻の会』という事にしよう。
おじいさまとおばあさまには、またしても事後報告になってしまったが、マーガレットと『寝巻の会』をしたいのだと言うと、すんなり許してくれた。
それからしばらくして、『マイ寝巻』を持参したマーガレットがやって来た。
おじいさまとおばあさまは、私に仲の良い友人ができたことを喜び、それが娘の親友の娘だと知ってさらに喜んでいた。
それから料理長が張り切って作ってくれた夕食を食べ、入浴し、寝巻に着替えた。
二人きりだとちょっと寂しいのでマリーとケイトも誘ってみたら、二人とも快く参加してくれることになった。
私の部屋に、毛足の長いふかふかの絨毯を敷き、沢山のクッションを並べた。
銀のトレイの上にはマカロンやフルーツ、ボンボンなどを並べ、未成年である私とマーガレットは蜂蜜入りのレモネード、ケイトとマリーは果実酒を飲むことにした。
そして、第一回『寝巻の会』が和やかに始まり――冒頭に至る。