ロメル君
「どうか、どうかお願い申し上げます陛下!!どうか、テティス様を処刑しないでください!!」
ダン、と大きな音を立ててヴァニカは床に額を擦り付けた。普段の尊大で自信家な彼女からは想像もできない、土下座をしている姿に俺はもちろん、ラナもキリルもクリントも目を丸くした。
場所は戦艦内のトレーニングルーム。久しぶりにアステラの特訓でもするかとクリント相手に特訓していたところにヴァニカは来た。どこかでテティスが拘束されたことを聞いたのだろう。
テティスが拘束されたことは俺のほか、キリルとロメル君、ノクトとその部下しか知らない。キリルやノクトがそのことを敢えて外部に漏らすわけもないから、消去法で発信源はロメル君になる。おしゃべりなやつだ。
トレーニングルームに入ってくるなり、ヴァニカは俺の前で土下座した。テティスの助命を嘆願するその姿に俺は既視感を覚え、キリルを見た。キリルが土下座をしたことはない。既視感を覚えたのはその真摯さだ。忠誠心の強さと言い換えてもいいかもしれない。
「テティスをどうこうしようとは思っていない。ただ危険だから拘束しているだけだ」
ヴァニカを落ち着かせるため、俺はとりあえずの事情を説明した。ベンサム兄上のアステラ能力で操られた、と聞かせると、それまで悲嘆にくれていたヴァニカの瞳に炎が灯った。怒りの炎だ。
「陛下、無礼を承知でお願いしたき義がございます」
絞り出すような声でヴァニカはそう言った。何を言おうとしているのか、予想はついたが念の為俺は彼女に言う用ように促した。
「もし、その不貞の輩を拘束した暁にはその身柄、私にいただけませんでしょうか」
「ああ、いいぞ?殺さないならそれで」
「ありがとうございます。この世の苦しみを味合わせてあげましょう」
笑うヴァニカはとても怖かった。これまでも変態という意味で怖かったが、それとは別の意味で怖いと感じさせられた。
その直後のことだ。ヴァニカが立ち上がったと同時にトレーニングルームの扉が開き、テオが入ってきた。テオの後ろにはゼルドリッツ兄上もいた。
「レアン陛下、こちらにいらっしゃいましたか」
「なんだ、テオか。どうした」
「通信が繋がらず、もしやと思いましたが。いい加減トレーニングルームをお使いになる時も通信機をお持ちになってください」
「悪かったな。どうも壊しちゃいそうでな」
テオの苦言を交わしながら、俺は何かあったのか、と聞いた。テオは姿勢を正し、俺に報告した。
「つい先ほど、リノベル伯爵より通信がありました。リノベル家所有のコンサート会場で会おう、と」
「コンサート会場?」
「リノベル伯爵家保有の豪華なコンサート会場です。楽団のコンサートはもちろん、歌劇やミュージカルなども行えるとても広いコンサートホールです」
俺の疑問に答えたのはゼルドリッツ兄上だ。なんらかの憧れでもあるのか、声が上擦っていた。
ゼルドリッツ兄上は芸術家気質だから、音楽にも興味を持つのは当然で必然なのはまぁそうなのだが、それはそれとしていささか高揚しているように見えた。もういっそ、この惑星に置いていってしまおうか、とすら思ったほどの浮かれ様だった。
*
コンサートホールは前世の知識で言うところの国技館や東京ドームのようでありながら、しかしそれの数十倍の大きさを誇る巨大な施設だった。同行したゼルドリッツ兄上曰く、元はこじんまりとしたものだったが、新たな前衛芸術が台頭する度に増改築を繰り返したらしい。
確かにそういう印象を受ける外観をしている。
ドーナッツ状のコンサートホールはその中心に小さなコンサート会場を有している。ドーナッツ状のコンサートホールにはいくつもの同規模のコンサート会場が置かれていて、真ん中を除けば、常に何かしらの演目がどれかの会場で行われているのだそうだ。
24時間営業の娯楽施設のようなもので、こういったふざけた施設を造れるのはリノベル家の財力だとか、影響力だとかに所以しているのだろう。
今回、俺が連れてきたのはラナやテオといったいつものメンツに加えて、ゼルドリッツ兄上とロメル君だ。ゼルドリッツ兄上は単に好きそうだから、という理由で、本命はロメル君だ。言っては何だが、ゼルドリッツ兄上はおまけみたいなものだ。
「お待ちしておりました、レアン陛下」
コンサートホールに入って間もなく、俺達はリノベル伯爵の部下に連れられて中心にあるコンサート会場へ案内された。通されたバルコニー席にはすでにリノベル伯爵がいて、相変わらず立派なお腹をしていた。
握手を求める俺の手をうやうやしく握りながら、リノベル伯爵は俺の背後で身を低くするロメル君を一瞥した。少し驚いた様な表情を一瞬浮かべたが、すぐにいつもの恵比寿顔に戻り、俺を席に案内した。
一通りの挨拶を済ませ、俺は視線を会場のステージへ向けた。ステージに並ぶオーケストラは音の調律をしていた。
「何かの催しか?」
「御意であります、陛下。この度は我が家紋主催のクリスタルヴァイオリンのコンクールにお越しくださり、感謝申し上げます」
リノベル伯爵は含みのある笑みを浮かべた。いっそ怪しい商人のような雰囲気すら醸し出していた。
伯爵の言うクリスタルヴァイオリンとは文字通り、見た目はガラス製のヴァイオリンだ。内実はナノテクノロジーの産物で、無限に近い音を奏でるこの銀河世界で幅広く知られた楽器の一つだ。
もっとも、無限に近い音を奏でられるため、扱いは難しい。前世の地球でも自動調理器とあだ名されたスチームコンベクションとかいう機械があったが、あれと同じで無限の選択肢は扱う人間に相応の技量を求めるものだ。そのため、クリスタルヴァイオリンの奏者というのは金銭的、時間的余裕がある貴族に多い。平民でも商人の子供なんかが弾けることがあるが、それは例外的な例だ。
「今季の最終選抜はいずれも粒揃いでして、陛下を満足させるでしょう」
「口ぶりからすると何人もいるようだが。すまない、どういう形態の催しなんだ、これは?」
俺の問いにリノベル伯爵が答えた。
「非常にシンプルです。我がリノベル家が誇る、リノベル交響楽団と共演し、もっとも得点が高かった選抜者が優勝です。今回は3名が最終選抜に残っております」
「つまり、協奏曲形式の審査ということか」
「はい。半世紀前までは伴奏付き、ソロでの審査だったのですが、それでは面白みに欠けるとこういった催しにさせていただきました。これが好評をはくしまして、以来このような形式で審査しています」
リノベル伯爵は誇らしげにそう語った。あいにくと、俺は芸術への造詣が深いわけでもないから、ふーん、としか思わないが、隣に座るゼルドリッツ兄上のそわそわ具合からして、わかるやつにはこの審査形式はワクワク感があるのだろう。
なにせ、興奮しているのか、興味がない俺にオタク感全開で、補足説明をするほどだ。
「前日に最終選抜者は1時間の合わせ練習をする時間が与えられているのですが、それで合わせがうまくいくわけもありません。事実上、ぶっつけ本番で合わせるしかないのです。技量が足りなければ、そのまま」
「悪趣味だな、おい」
「ですが、陛下。クリスタルヴァイオリンに限らず、音楽に魂を捧げている者ならば、この程度の試練は乗り越えるでしょう。失敗するということはそうでなかった、というだけに過ぎません」
厳しく、冷徹にリノベル伯爵は吐き捨てた。ゼルドリッツ兄上も同じ意見なのか、まったくその通り、と伯爵の発言を後押しした。
凡俗な俺には理解できない世界だ。その熱量に呆れてしまう。
そうこうしている内に最初の選抜者が壇上に立った。見た目は20代くらいの青年だ。青年が奏でたのはおどろおどろしい雰囲気の曲だった。ハイドンとか、なんかそういう感じの。
「ジルド・エル・ジョラール卿です。セクター20のジョラール子爵のご子息です」
リノベル伯爵が小声で青年の紹介をする。俺はその説明を聞き流しながら、奏でられる音楽に耳を傾けた。
演奏は15分程度で終わった。全体を通してジルド青年に大きなミスはなかった。しかし、後ろのオーケストラとは音が噛み合っていないように感じた。
「ふむ。まぁまぁですな」
リノベル伯爵が厳しい感想を口にした。聞き慣れているだろう伯爵の意見に俺は渋面を浮かべた。審査員ではないということだったが、どう見ても審査員面だ。
続く演奏の奏者は赤いドレスを着た茶髪の少女だった。彼女が演奏したのは、その外見に相応しい、華やかな曲だった。花畑を舞い踊る妖精を想起させる楽曲だった。
「メリッサ・ノービスです。ノービス商会のハラルド・ノービスの孫娘だそうです」
貴族ではなく、商人の娘だからか、リノベル伯爵は彼女を呼び捨てた。別になんとも思わないが、露骨だな、と感じた。
演奏はよくできたものだった。ややメリッサ女史が先走ってしまう部分もあったが、よく周りの音を聞いている様に感じた。惜しむらくはそのせいで、彼女の演奏が隠れてしまったことだろうか。
「ふぅむ。もう少し我を出すべきですなぁ」
俺と同じ意見なのか、リノベル伯爵は残念そうに唇を尖らせた。それくらい、惜しい演奏だったのだろう。
最後に登場したのは亜麻色の髪の少女だ。白いワンピースを着た、見目麗しい外見のあどけない少女だ。
その少女を俺達が見ていると、不意に「あ」という声が後ろから聞こえた。振り向くと、声の主であるロメル君が目を見開いて硬直していた。少女のことを知っているのだろうか。
「彼女はユリア・エル・オーデル女史です。お察しかもしれませぬが」
「オーデル家の家門か。それならロメル卿が声をあげるのも納得だな」
仮にも仇敵。たとえ少女でも敵は敵だ。こういったコンクールの場でそれに出くわして、いい気分じゃないんだろう。
俺が改めて壇上へ視線を向けると、音合わせを済ませたユリア女史の演奏が始まった。彼女の演奏する楽曲は澄んだ泉を彷彿とさせる清らかなものだった。春の雪解けを彷彿とさせ、小川のせせらぎを想起させる演奏だった。
演奏はよくまとまっていた。いずれに不備があったわけでもなく、短期間で仕上げたにしては上手に演奏したように俺には感じられた。
「ほぉ。なかなかですな」
リノベル伯爵も高評価なのか、何かしら苦言をこぼすということもなかった。
演奏が終わり、周りが拍手を送る中、ふとラナに視線を向けると彼女はなぜかユリア女史を見ながらニヤニヤしていた。不敵な、怪しさすら感じさせる笑みに俺は首を傾げた。
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