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青い瞳

 「レアンは逃げたか」


 「そのようですね。とはいえ、引き際はさすが」

 「あいつにそんな技量があるものか!!」


 戦艦の艦橋、退いていくレアンの艦隊を睨みながらジェイムズは声を荒げてセドリックの声をかき消した。ジェイムズにとってレアンを賞賛する声、そのすべてが許せなかったし許す道理もなかった。


 先ほど、オーデル公爵からジェイムズを賞賛する通信があった。それはジェイムズやセドリックを褒め称えるものであり、ジェイムズの自尊心を高める効果があった。


 それをレアンを称賛する一言で邪魔され、ジェイムズは非常に不快だった。自分を称賛する場でなぜ、敗者であるはずのレアンを賞賛するのか。もし発言者がセドリックでなければ、不敬だと言って切り捨てていただろう。


 ジェイムズの変わり様にセドリックは内心、眉を顰めた。つい一瞬前までの上機嫌が嘘のような怒りっぷりに二重人格を疑ったほどだ。しかし、すぐにジェイムズの腹の中を看破し、彼に見えないようにほくそ笑みながら、セドリックは「失礼しました」と上部だけの謝罪を口にした。


 セドリックに謝罪され、ジェイムズはハッとなって咳払いをした。仮にも兄であるセドリックに気をつかせたことに気がついたのだ。


 「いや、失礼した。しかしうまくいくものですな、兄上」

 「おおよそ、神の視座を持たねば、この計略がうまくいこともなかったでしょう。あるいはレアン、も予想はしていたかもしれませんが、それが形になった時にはすでに」


 「時遅しということですな。あの愚弟が無様に逃げていく様は小気味よかったものです」


 ほんとうに、とセドリックは内心で呆れながらもジェイムズの意見に同調した。ここはジェイムズに乗っかっておいた方が今後、関係が円滑になると考えたからだ。


 セドリックは決して軍事に明るいわけではない。彼の知識はせいぜい、幼少期の教育係から教授されたもので、実戦によって培われたものではない。そもそも、皇族で継承権を有するものは軍隊への所属を皇族法で禁止されているため、例えばクロードやグランのような名目上、私兵という扱いでもない限り、実戦を経験することは皆無と言っていい。


 そのセドリックから見ても、レアンの退却は決して無様ではなかった。組織立った、節度ある、流水のように間断なく艦隊が撤退したように彼には見えた。


 それはただ玉座でふんぞり返り、我が身を優先する貴族らしからぬ、整然とした撤退劇だった。普通の貴族ならば、旗艦が真っ先に逃げ出すのに、そんな素振りも見せなかった。


 「追撃はどうなさいますか?」

 

 「オーデル公爵次第でしょうな。さすがにないとは思いますが」


 セドリックの問いにジェイムズは理性的に答えた。


 「ベンサム殿はどうしているでしょうか」

 「うまくいったようです。これであとは」


 ジェイムズの口元には笑みがあった。決定的な一手を打つ瞬間の策士、それを彷彿とさせる芝居がかった笑みに、セドリックはつい、失笑しそうになった。



 暗い宇宙の中で恒星とは一種の灯台のようなものだ。実際、灯台のように使われている。


 宇宙を移動するためのハイパーディメンションワープ航法。長距離でそれを行う場合、恒星系を目印にしてワープする。必然、ワープアウト先はどこかの恒星系になるわけだが、領主がいる恒星系は多くが、ワープ阻害装置の範囲内であるため、ワープアウト先は恒星系の外縁部になる。


 そのため星系の外縁部はある種のポートスペースであり、大量の艦船を収容する港湾施設などが建設されることが多い。かく言う俺も星系外縁部に自動工場を作っていた過去がある。今はそれを発展させて数万隻規模の艦艇を収容できるようにまでになったわけだが、それは今はどうでもいいことだ。


 重要なのは今、この俺が、銀河帝国の皇帝である俺がローレンス星系の外縁施設で足止めを食っている、ということだ。


 「——はぁ、もう二週間になるぞ?」


 苛立ち混じりに愚痴る俺にキリルは渋面を浮かべた。


 場所は施設のスーパーVIPエリア。俺はソファに座ってふんぞり返って、ふてくされていた。


 ヴェローナ星系の撤退戦から一ヶ月、這々の体で逃げた俺達はその後、最短最速でセクター20にあるリノベル伯爵領に転がり込んだ。そして今までの二週間、俺は色々と理由をつけられて足止めを食っていた。


 ゼルドリッツ兄上をはじめとした官僚団が領地へ入れないかと交渉しているが、いまだにリノベル伯爵は首を縦に振らない。風邪を引いたとか、今日はお日柄が悪いとか、平安貴族みたいなことを言って、俺の入国ならぬ入領を断っていた。


 ちなみにラナは一部の近衛騎士を連れて、交渉を行なっている官僚団の護衛に行ってしまった。


 「あの、レアン陛下」


 気弱そうな声に俺は視線を向けた。俺とは別のソファに座るロメル君はおどおどした様子で、俺の顔色を伺っていた。


 「このまま、こちらにどれほどいれば良いのでしょうか」

 「知るか。リノベル伯爵の腹づもり次第だろ」


 ぞんざいに言い捨てると、ロメル君はいよいよ顔を青くした。紫になったり、青くなったりこいつは何かの病気なんだろうか。いっそ、俺の侍医に診せようか。


 「だが、まぁ。俺達をここから追い出そうとしない程度の器量はあるんだろう。あとは何かきっかけさえあれば俺達を領内に入れるだろ、多分」


 「きっかけですか?」


 「そう、例えばどこかの会場で偶然、ばったり、たまたま出会って、そのまま接触、とか」


 「えっと」


 あまりにIQを下げた俺の物言いにロメル君は反応に窮した様だ。冗談だよ皇帝ジョーク、とおちゃらけるが、苦笑を崩さなかった。


 そんな無駄話をしていると、紅茶を淹れたテティスが静かにソーサーを俺達の前に置いた。それに俺やキリルは手を伸ばすが、ロメル君は気分がすぐれないのか、飲もうとはしなかった。


 無理もない。父親を失ってまだ半年も経っていない。一ヶ月前には長兄をはじめ、親族の多数を失ったのだ。出会った時の初々しさは翳りを見せ、今は薄幸な雰囲気を纏って仕方なかった。


 こういう時は紅茶でも飲んで落ち着くのが吉だと言うのに。人生経験が足りないな、俺より年上のくせに。


 「ん?なんだ、これ?」


 毒味もかねて、俺は紅茶に口をつけた。皇帝が毒味というのもどこかおかしな気もするが、キリルにさせても毒味にならないので、俺が最初に紅茶に口をつけた。テティスを疑うのもおかしな話でもあったし。


 しかし、口にした紅茶の味に俺は違和感を覚えた。舌先に痺れが走り、とっさに俺は手にしていたカップを投げ捨てた。


 「テティス!!」


 俺は洸粒を発し、紅茶を淹れたテティスを睨んだ。振り向いたテティスの瞳には青い光が灯っていた。


 「く、かけ。ほ、本当に化け物、だな。普通の騎士なら、ばばばば。一滴で死ぬほどの毒なのだがな」


 声は最初は途切れ途切れに、しかし徐々に流暢になっていった。テティスの瞳の色が普段の碧眼ではなく、ルビーの光を発していた。


 「誰だ、お前」


 「ああ、そうだ。お前は私のことなど知らんだろうさ」


 青い瞳のテティスは俺を笑う。テティスの顔だからまだ激発を抑えられるが、これが他の、例えばフィリップとかだったら、俺は迷わずゲンコツを顔面に叩きつけていたかもしれない。


 察するになんらかのアステラ能力だ。色は多分、青。青は確か精神操作が得意なアステラ能力だったか。


 「もう一度聞くぞ、誰だお前は」


 「ベンサム・ソル・アルクセレス。それでわかるだろう?」


 「ベンサム。ベンサム兄上か。へー。アステラ使いだったんだ。それならそうと言ってくれればよかったのに」


 もし言ってくれたら俺はベンサム兄上をアリンのように厚遇しただろう。アリンのように仕事を任せたかもしれない。それくらいベンサム兄上のアステラ能力は魅力的だった。


 不思議と、テティスを乗っ取っているのがベンサム兄上だと聞かされても俺の心は揺らがなかった。なんて非道を、とか、なんて最低なことを、といった罵倒は俺の舌先から出てくる言葉ではなかった。


 気がつけばキリルがテティスの後ろに回っていた。か弱いテティスをキリルが拘束しようと思えば拘束できる。俺の合図を待っている状態だ。俺は動くな、と合図を送り、彼女に近づいた。


 「テティスを返してくれませんか、ベンサム兄上」

 「はっ。返してほしければ返すさ。もう用済みだからな」


 「そうですか。要件はそれだけですか?」

 「——いいや?お前達にちょっとした贈り物をしたくてな」


 そう言ってテティスに憑依したベンサム兄上は部屋に備え付けられたホロスクリーンを起動し、地方ニュースのチャンネルを開いた。


 そのニュースを見て俺は目を細め、ロメル君は息を呑んだ。


 報道されているのはフィリップについてだ。彼が暗殺者を雇い、父であるリップマン侯爵を殺害した、と報じていた。


 「どういうことだ、兄上」

 「見ての通りだ。これで彼を支援する勢力は減るだろうな」


 「フィリップを殺したのはこのためか。死人に口無し、と」

 「そうだとも。いい気味だな、レアン」


 ベンサム兄上は得意げにケタケタと笑った。テティスの声でも耳障りな、嫌な笑い声だ。


 「——ベンサム兄上、いい加減テティスの体から出ていってくれませんか?」


 「ああ、そうするとしよう。これ以上長居をしても意味はないとわかったからな」


 そう言ってそれまで爛々と輝いていた青い輝きがテティスの瞳から消えた。崩れ落ちるテティスをキリルが支え、俺に判断を仰いだ。


 「テティスを拘束しろ。それと、ノクト!!」


 俺が呼ぶと、俺の影が揺らぎ、ノクトが姿を現した。相変わらず、容れ物のパワードスーツを着ていた。


 「この数ヶ月、バートン家が来てからテティスに接触した人物を洗い出せ。全員だ」

 「かしこまりました。しかし全員となりますと、リップマン家の防犯システムなどにもアクセスしなくてはなりませんが」


 「いい。許す。この際、リップマン家も調べろ。犠牲は、俺の身内を除いて、いくらでも払っていい」

 「かしこまりました」


 消える間際に軽く会釈をして、ノクトは影の中に姿を消した。


 同時にロメル君が俺に詰め寄った。


 「へ、陛下。さっきの発言はどういうことでございましょうか!!」

 「言葉通りだ。悪いが、ロメル卿、お前の実家を調べさせてもらうぞ?」


 「そ、そんな。これは帝国貴族の権利を侵害する」

 「その権利を与えたのは皇帝家だ。そして俺は皇帝だ。俺の判断が全てに優位する。違うか?」


 そうですが、とロメル君は表情を曇らせた。例え皇帝でも、他人の実家のことを調べられるのは気持ちのいいものじゃない、と言いたげだ。


 その気持ちは俺もわかる。俺などは冤罪だったわけだから、なおのこと気分が悪かった。


 「それにな。俺はさっきのやつがお前の家の中にも紛れ込んでるんじゃないか、と考えている」

 「さきの、ベンサム殿下が、ですか?」


 ああ、と俺は首を縦に振った。むしろそう考えるのが自然だ。仕込んでいた駒がテティスだけなんて、お粗末にもほどがある。


 「いずれにせよ、厄介なことになったな」


 身内を疑わなくちゃいけないなんて、なかなかいやらしいことを兄上もするものだ。


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