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裏切り

 時間は5時間前に遡る。


 レアン麾下の艦隊がワープしたことをラッド・エル・バートンは部下からの報告で知った。


 「さすがはレアン陛下、()程度の動きは読まれるか」


 賞賛のセリフを吐くラッドは決してレアンの前では見せなかった獰猛な、野獣の笑みを浮かべた。それまでの持ち合わせていた最低限の気品すら捨て去り、伯爵は艦隊全体へ通信を行った。


 「全員、聞こえているかぁ?そろそろ俺達は本来の作戦に移るぞ。貴族ごっこもここで終わり、ここからは戦士として敵を叩き潰せぇ!!」


 艦橋に、艦内に、艦隊全体に叫声が轟いた。鬱屈とした味気ない卒業式が終わったあとの大学生がごとく、それまで被っていたベレー帽を脱ぎ捨て、艦内のダストボックスにぶち込み出した彼らは、真実化けの皮を脱ぎ捨てていた。


 艦内の人間のほとんどが本性を露わにする中、一人艦橋でラッドの背後に立っていたベンジャミンだけは冷かな表情で化けの皮を自ら剥がした彼らを見つめていた。それに気がついたラッドはニヤニヤと笑いながら、不愉快そうなベンジャミンに近づき彼の背中に手を回した。


 「どうしたベンジャミン殿。まるで浮かない顔だな。見るからに陰鬱そうですなぁ」


 煩わしげにラッドの手を払いながら、ベンジャミンはふん、と鼻を鳴らした。


 「特に何がということはない。それに嫌味たらしく偽名を言う必要はもうない!」


 「ああ、そうでしたそうでした、()()()()殿!レアン陛下の兄君、ベンサム殿!」


 芝居がかったラッドの口調にベンジャミン改め、ベンサムは不快感を隠そうともしなかった。数ヶ月にわたって、ラッドと付き合い、彼の我慢は限界に達しようとしていた。


 ベンサム・ソル・アルクセレスは帝国の皇子だ。ジェイムズの実弟で、レアンの実兄である。レアンがそのことに気が付かなかったのはベンサムが顔を変えていたからだ。


 煩わしげに顔を覆っていたホログラムを剥がしながら、ベンサムはラッドに今後の予定を聞いた。レアンに先んじなければいけない、と言うベンサムにラッドは笑顔で答えた。


 「こちらもワープを使う。今の距離なら3時間くらいか?」


 「はい。レアン陛下に先んじて戦闘宙域に到達するものと思われます!!」


 ラッドの問いに答えたのはオペレーターだ。その返答に満足し、ラッドは不適な笑みを浮かべた。


 「よし、このままワープに移れ。そして戦域に到着と同時に攻撃開始だ」


 「敵は、どっちです?」


 意地悪く尋ねる部下に、ラッドは同じくらい意地悪な笑顔を浮かべて答えた。


 「もっちろん、同盟相手だよ」



 リップマン艦隊の旗艦、その艦橋に腰を下ろすフィリップはかつてない高揚感を覚えていた。


 フィリップはこれまで数えるほどしか戦場に出たことはなかった。いずれも父であるエリックの付き添いで参加した小規模な小競り合いだ。万を超える戦艦同士のぶつかり合いではなく、千隻規模の小さな艦隊戦しか経験していなかった。


 そのフィリップにとって、この艦隊戦は劇薬であった。無数の光線の応酬と、それによって爆沈していく光景は圧巻の一言につき、齢200を超えた中年男性に、少年の心を根拠なき全能感が芽生えたほどだった。


 「いけいけいけいぇ!!オーデル家のクズどもを撃ち払え!!!」


 フィリップの号令と共にリップマン艦隊は主砲を斉射する。すでに1日以上、彼らは撤退するオーデル家を追撃していた。


 彼らは勢いに乗っていた。防御に徹して撃ち返してこないオーデル艦隊を疑うことはなく、また自分達の勝利を疑わなかった。


 「オーデル艦隊の後方にワープアウトの反応を検知しました!」

 「ん?バートン伯爵の艦隊だろう。ははん、さては手柄を取りにきたな」


 オペレーターの報告にフィリップは鼻を鳴らした。フィリップにとってバートン家は決して敬意の対象ではなかった。少なくとも、レアンや自分の父親にむけている敬意以上のものを彼はバートン家には感じていなかった。


 彼の中でもバートン家とは、粗野な貴族もどきの集まりだ。上品さと優美さの欠片もない、野猿のような連中だと思っているフィリップにとって、バートン家が急いで戦場に現れるというのは、手柄が欲しい餓狼でしかないように思えたのだ。


 「気にするな、攻撃続行!!敵を撃ち潰せ。バートン家の奴らに手柄をくれてやるものか!!」


 リップマン家の砲火が圧力を増していった。後先考えていない捨て身の砲撃がオーデル艦隊に容赦無く浴びせられた。バートン艦隊が現れたのはまさにその瞬間だった。


 「ふ、勝ったな」


 勝利宣言をするフィリップは艦橋に設けた玉座から立ち上がり、バートン艦隊にも攻撃を開始するように求めた。それに対する返答は言葉ではなく砲撃でもって返された。


 それは唐突な一撃だった。


 オーデル艦隊ぼ分厚い防御陣の間から砲撃が飛んだ。それは攻めるにかまけて防御を怠ったリップマン艦隊を串刺しにするのに十分な威力だった。


 前衛で爆沈する自分の戦艦を見て、フィリップは目を見張った。何が起こったのかわからないと動揺する彼を置き去りにして、さらに無数の光線がリップマン艦隊目掛けて迫った。


 「な、なんだ。なんだというんだぁ!!!」


 慌てて防御姿勢を取れと指示を出すが、フィリップがその命令を下す頃には前衛の艦隊は多くが撃沈されるか、中波していた。


 混乱するリップマン艦隊目掛けてそれまで防御姿勢を取るばかりだったオーデル艦隊が進撃を開始した。それまでの雪辱を晴らすかのように苛烈に責め立てるオーデル艦隊に対して、リップマン艦隊はただ壊走するしかなかった。


 「く、クソ。これは、これは」


 旗艦の艦橋でフィリップは狼狽した。ホロウィンドウに映る彼の艦隊は目に見えて減っていき、それは時間を経るごとに増していった。


 フィリップは知らないことだが、戦艦のエネルギー量が不足していたのだ。一日中撃ち続ければ、戦艦のエネルギータンクはもう空と言ってもよく、生成されたエネルギーが補充されなければ、シールドを展開することもできなかった。


 「フィリップ様」


 狼狽するフィリップの背後から執事が話しかけた。涙目になる彼を執事は優しく見つめた。


 「ど、どうしよう。このままじゃ」

 「ご安心ください、フィリップ様。この老骨めに服案がございますれば」


 「おお、そうか。それなら、それ、え?」


 自分の言葉が切れたことを不思議に思いながらフィリップはゆっくりと視線を胸元へ落とした。彼の胸元には鋭く、小さいナイフが突き刺さっており、それは正確に心臓を穿っていた。


 「おい、おまえ」


 執事の両肩を掴み、フィリップは声を振るわせる。体がふらつき、うまく力が出なかった。何かの毒がナイフに塗られていた、とフィリップが勘づいた頃には彼は玉座の下に敷かせたカーペットの上に倒れていた。


 「おやすみなさいませ、フィリップ様」


 そう言って彼を見送る執事の瞳は青く光っていた。直後、彼らの乗る旗艦は輝く砲撃によって、艦橋を吹き飛ばされた。



 「フィリップ、殿が亡くなった?」


 立体投影された貴族に向かって俺は声を上げた。その貴族はリップマン家の人間で、リップマン家を代表する立場として俺に通信した、と言ってきた。


 顔には見覚えがある。何度かパーティーで挨拶をしたことがある。名前は確かべノーリオとか言ったか。


 べノーリオが通信してきた頃にはすでにリップマン艦隊の多くが撃沈するか、大破していた。撃沈された戦艦の中にはリップマン家の旗艦も含まれていた。残存している艦艇は半分以下の9千隻強だ。


 「フィリップ殿は戦死したのか?」

 『()()()()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 「そうか。なら、仕方ないな」


 『はい。これ以後は私が艦隊を』


 「——ここからは俺の指揮下に入ってもらおうか」


 『は、はい?』


 べノーリオは驚いたように目を見開いた。瞳孔が大きく開かれ、青い瞳が露わになった。


 「通信士、オープン回線でいい。全軍に星系からの撤退を指示しろ!」


 通信士に命令を下したあと、俺はべノーリオに向き直った。目に見えて狼狽し、額に汗をためるべノーリオは恐縮した様子で俺を見ていた。


 「べノーリオ卿。お前にはリップマン家の残存艦隊をまとめてもらう。速やかに艦隊を再編し、指定ポイントに集結しろ」


 『へ、陛下。これは軍権の侵害であります。ここは』


 「くどい。おい、戦術長、砲術長でもいい。こいつの乗ってる船はわかるか?」


 駄々をこねるべノーリオに俺は砲口を向けた。味方である以上、戦術データリンクを共有しているから、どこに誰が乗っているかが手に取るようにわかる。


 俺の隣ではロメル君がハラハラしていて、ラナとテオがため息を吐いていた。ヴァニカなどは言い様だ、と言わんばかりにニヤニヤしていた。


 『へ、陛下!!無体な』

 「俺にトリガーをよこせ。この聞き分けのない赤ん坊に皇帝の威厳を見せてやる」


 『ろ、ロメル!!陛下をお止めしろ!!陛下は乱心されたぞ!!』


 通信越しにべノーリオはロメル君に命令する。しかしロメル君は動けない。動けば殺す、と言わんばかりの殺気をラナが発しているからだ。


 「はいどーん!」


 渡された主砲の引き金を俺は躊躇なく引いた。放たれたレーザーは目標の艦艇の艦橋真横をかすめた。


 『ひぇ?』


 「ああ。外した。やっぱり俺射撃下手だな。よしもう一回だ、もう一回」


 『や、あ。やめ、やめてください陛下!!御意に従いますから!!』


 涙目になるべノーリオは必死に懇願してくる。初めから俺に従えば良かったのに、まったく人騒がせな男だ。


 「艦隊、指定ポイントにむけて動き出しました」


 「よし。さて、諸君。悪いが俺達は貧乏くじだ。リップマン艦隊が撤退するまでの間、殿として時間を稼ぐ」


 「陛下、殿の指揮はぜひ、(わたくし)にお任せください」


 名乗りをあげたのはヴァニカだ。蠱惑的な笑みを浮かべる彼女は、自信があるように見えた。


 「いいだろう。だが、しくじるなよ」

 「もちろんでございます。なるべく艦隊の損耗を抑えて撤退してみせましょう」


 その言葉の通り、ヴァニカの撤退戦は見事なものだった。


 猛追を続けるオーデル・バートン連合艦隊に対して、エネルギーに余裕がある俺の艦隊の優位を活かし、ゆっっくりと敵のレーザーの射程から逃れていった。


 戦闘を行った連合艦隊にすでに余剰戦力はなく、戦艦のエネルギーも払底していた。オーデル艦隊は元より、バートン家も三日以上の航海による疲労、ワープによるエネルギーロスによって攻撃は決して苛烈ではなかった。


 それでも戦力の二割を損耗し、ようやく俺の艦隊は指定ポイントに到着した。


 「さて、これからどうするか」


 「リップマン家に向かうのではないのですか?」


 ラナの問いにキリルが首を横に振った。


 「我々はバートン家の領地を通ってセクター14に入った。セクター19かセクター20、いずれかを経由しなくては我々はセクター31へは帰れんよ」


 「あの、陛下?」


 ゼルドリッツ兄上が手を挙げた。全員の視線が兄上に向けられた。


 「リノベル伯爵の領地へ逃げ込むというのはどうでしょうか」


 「兄上、それは難しいでしょう。リノベル伯爵は争いを嫌っているんですから」


 俺の前でわざわざそう公言したリノベル伯爵だ。ぞろぞろとリップマン家の艦艇を連れていった俺を領地には決して入れようとはしないだろう。


 その場にいたゼルドリッツ兄上もそれを理解しているはずだ。


 「ええ。ですが、陛下の艦隊であれば話は違うはずです」

 「俺の艦隊なら?それはつまり」


 会議室に集まった人間は視線を窓の向こうに見えるリップマン家の艦艇へ向けた。俺もその船体に刻まれた家紋に目を向けた。


 言いたいことはわかる。だが、ゼルドリッツ兄上にしては随分と面白い策を考えるものだ。さっきまで自室に引きこもって、撃沈しませんように、と神様にお祈りをしていた奴とは思えない豪胆さだった。


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