混乱の渦中
「ふざけるな!!」
会議室にフィリップ・エル・リップマンの声が響いた。
場所は広い会議室だ。フィリップをはじめとしたリップマン家の面々は俺から見て右手側に、バートン伯爵らバートン家の面々は左手側の席に座っていた。俺の家臣団は上座に座る俺の両脇に控え、両者が取っ組み合いの大喧嘩を始めないように見張っていた。
リップマン家の当主、エリック・エル・リップマンの死が発覚したのは一昨日の朝のことだった。執事が侯爵を起こすために部屋に入ったところで血まみれになって倒れている侯爵を発見したらしい。侯爵は胸を刺されていて、ほぼ確実に殺害されたとわかった。
それからは悪い意味でお祭り騒ぎだった。事態を俺が知った頃、父の死で混乱したフィリップがバートン家が間借りする屋敷へ向かって軍隊を動かそうとしていたのだ。
バカをやるんじゃない、と俺と俺の軍が間に割って入らなければおそらく軍事同盟も解消されていたじゃない。両者の間を取りもち、どうにかして話し合いの席につけた俺の手腕はなかなかのものじゃないか、と自画自賛しつつ俺は会議室の隅々を見渡した。
怒れるフィリップを筆頭に、決してリップマン家の面々の表情は穏やかではない。いずれもほぼ例外なく眉間に皺を寄せ、対面に座るバートン家の面々を睨んでいた。
対してバートン家も決していい表情を浮かべているわけではない。一様に表情は険しく、リップマン家の奴らを睨みつけていた。唯一、バートン伯爵だけは真顔で沈黙しながらフィリップの声を聞いていた。
「我が父の暗殺は貴様らの所業だろう!!このような卑劣な手段を取るなど、貴族の誇りもないのか!!」
「ふざけるな!!我々はやっていない!!やっていないことをやっているかのように語られるのは看過できん!!」
「そうやって被害者を気取って。では貴様らは我が家中のものが御当主を弑したというのか!?」
「紳士を気取るな!!まずはそちらの身内を調査すべきではないか?」
両貴族の言い合いは止まらない。お前らが悪いと互いに言い合うその姿はとても醜く、非生産的だった。両者が取っ組み合いの喧嘩にならないのは俺と俺の部下がこの場にいるからだ。
ため息を吐き、俺はテオにリップマン侯爵の死体見分に関する調書をよこすように言った。テオ自身、生産的な会議が開かれると思っていくつかの資料を持ち込んでいた。こういう事態になるのは予想外だったんだろう。
「手足に押さえつけた跡、か」
「はい。こうやって両手を重ねる形で動きを止めていたと推測されます」
説明しながらテオは自身の両手を重ねた。片方の手をもう片方の手の甲に乗せる形だ。
「だとすると、実行者も含めて全部で五人か」
手足一本につき一人、実行者一人と計算するとそうなる。しかしテオがすぐ首を横に振った。
「陛下、こちらをご覧ください。声が出ないように布を噛ませた跡がございます。ベッドにも複数人が乗っていた皺の跡が」
「じゃぁ6人だな。随分な大所帯で殺したものだな」
「はい。ですがいずれも指紋はなく、毛髪や皮膚片なども残っていなかったようです」
「手袋をして、ついでに帽子でもかぶってたってことか。それにしても侯爵の寝室ってそう簡単に入れるものなのか?」
「どうでしょう。普通はありえないとは思いますが」
だろうな、と俺は吐き捨てた。複数の星系を統治する大領主を簡単に暗殺できます、では今までリップマン侯爵は何度も代替わりをしてなくてはいけなくなる。
「詳しく調べる必要があるな。これをノクトに伝えておいてくれ」
「了解しました」
テオを下がらせ、俺は再び会議に意識を向けた。相変わらず酷い喧騒で、俺はため息をこぼしながら立ち上がり、両者に静かにするようにジェスチャーを送った。
皇帝である俺の姿を視認すると、途端に彼らは静かになった。俺を見たら静かにするだけの理性は失っていなかったようだ。
「全員、まずは冷静になれ。フィリップ殿、お父上を亡くされて憤る気持ちはわかるが、まずは冷静になれ。貴殿のすべきことは相手をただ無為に糾弾することではないだろう?」
「し、しか。いえ。はい。陛下のおっしゃる通りです」
フィリップは不承不承といった様子で俺の言葉に納得し、乗り出していた体を席に戻した。着席するフィリップを確認してから、俺は反対側のバートン伯爵に向き直った。
「バートン伯爵。このような事態になり貴殿にとっては大変不本意であろう。だが、事態の解決のためにも貴殿にも協力をしてもらおうか」
「我が家門の無実を証明するためでしたら喜んで。もっともそれはすぐにわかることでしょうが」
「ほぉ。それはなぜだ?」
「こちらの会議室に来る前に我が側近にこの数日間の、我が家門の動向を調べるように言い含めました。五日もあれば調べ終わるかと」
「それは夜間の行動も含めてか?」
もちろんです、とバートン伯爵は答えた。相当に自信があるように見えるその佇まいからは、自分達が不利になる要素なんて絶対に出てこない、という余裕が感じられた。
前世、俺はそういう余裕を感じさせる政治家を何度も見てきた。いずれも腹に一物を抱えているような人物で、中には実際に不正を行っている奴もいた。そういった奴ら特有の自信に満ちた余裕を感じさせるバートン伯爵を俺は警戒せずにはいられなかった。
その日の会議はそれでお開きになった。そしてリップマン家、バートン家の内部調査を行った結果が、双方で揃ったのはそれから三日後のことだった。
簡潔に言えばいずれの家中の人間も殺人が起きた当日はこれといった行動を起こしてはいなかった。捜査の手はリップマン家は屋敷の人間全員に、バートン家は搭乗していた戦艦の乗員全員にまで広がったが、いずれも当日はリップマン侯爵の部屋に近づいてはいないことがわかった。
監視カメラなども見たが、これといって何かが写っているわけではなかった。だらだらとなんでもない映像が続き、翌日の朝になって執事が侯爵の部屋に入る映像で終わっていた。
「これは、外部の犯行を疑うべきでしょうね。少なくとも我が家中のものは無罪であるということですから」
「では、誰が我が父を弑逆したというのだ!!
バートン伯爵の言葉にフィリップが吼える。この三日間でだいぶ憔悴したのか、眉間の皺が濃くなっていて、目の下には隈ができていた。
「わかりかねますな、フィリップ殿。いずれの家門でもなければ外部の犯行、例えば暗殺者などの線を追うべきかと」
「ふん、そんなもの最初かがら考えていますよ!!だが、暗殺者を捕らえたからと言ってなんだと言うんですか?」
「拷問でもして誰に雇われたかを吐かせればいいのです」
「それを誰がやるのか、と私は問うているのです。まさか貴殿らではあるまいな!!」
再び会議室に怒号が飛んだ。俺はため息をつき、テオから受け取ったノクトの報告書に目を通した。
ノクトからの報告でも当日、怪しい動きをしていた人間はいないという。あくまでもノクトとその一族が人伝に聞いた情報だけで、確証はないらしいが。
報告書は他にもあった。当日のセキュリティログを見たところ、ある時間帯のログに改ざんの跡があった。つまり、その時間帯に侯爵が暗殺されたということだ。だからなんだ、という話ではあるが。
この時間帯の各員のアリバイも確認したが、アリバイがない人間はいなかった。おおよそ不自然なほどに全員にアリバイがあった。
「——むしろ、これは策謀では?」
意識を会議に戻してみれば、バートン伯爵が何か言っていた。前後の会話の内容が抜けていて、どうしてそんなことを言ったのか、まるでわからなかったが、話を聞いていたラナが俺に耳打ちをした。
「フィリップ殿の敵意剥き出しの言動に対してのバートン伯爵の言です。これはオーデル家の策謀なのでは、と」
「随分突拍子もない話だな」
ひそひそと話しながら、俺はバートン伯爵の言葉に耳を傾けた。
「かかる事態はひとえに貴殿らリップマン侯爵家と我がバートン家の軍事同盟が成ったからであると、私は考えます。この事態を最も不愉快に思い、叩き壊したいと思うのはどこか。懸命な方々であればすぐに思い至ることでしょう」
「オーデル家の策謀だと貴殿は言う。だが、その証拠はないのでしょう?」
「状況から推察ください。リップマン侯爵家にも、バートン家にもエリック殿が弑された日の夜にアリバイのない人間はいない。増して、いずれの家門もここでエリック殿を弑することで利益を得るわけがないのですから」
バートン伯爵の話は一見すると理屈が通っているように聞こえた。バートン家の立場を早々に明かし、助けを求めてこの星に来た、という背景を信じるなら、バートン家の人間がリップマン侯爵を殺す理由はない。同様に特別、何かしらへまをしたわけでもないリップマン侯爵を怨恨だとか、積年の恨みだとか以外でリップマン家の人間が殺す理由も見当たらなかった。
だが、すべてをオーデル家のせいにするというのも、どこか筋書きめいたものを感じてなんだか気乗りしなかった。何よりこれは俺の書いたシナリオではなかった。
他人はシナリオの通りに動かしたいが、他人のシナリオで動くのは嫌だ。少なくとも、俺は自覚的に行動したいと思っている人種だ。
「オーデル家が関与しているとして、そのオーデル家がどうしてこのような暗殺騒ぎを起こすのです」
「考えられるのは両家の不和を引き起こすことでしょう。我らの共倒れを狙った卑劣な策であるとしか思えません」
「それは、そうかもしれないが」
フィリップの表情が曇る。その可能性が強いんじゃないか、と心が揺れているようだった。
さて俺はどう行動すべきだろうか。このまま、状況を見守ってもいいが、それだといい予感がしない。出しゃばるつもりはなかったが、皇帝として動くべきだろうと考え、俺は席から立ちあがろうと腰を浮かした。
その時だ。会議室の扉をノックする音が聞こえた。扉が開くと、そこには侯爵の執事が立っていた。執事は汗を流しながら小走りでフィリップに近寄り、小声で耳打ちをした。
直後、フィリップの顔色が変わった。ギョッとして目を見開き、蒼白した表情を浮かべた。何を聞いたのかはわからなかったが、それだけの情報ということだろう。通信で伝えなかったのは秘匿性を考えてだろうか。
ふらふらと机を乗り越え、会議室の中央に立つフィリップはマイクを手に取り、ボソボソと話し出した。
「半日前、当家の管理するワープゲートで、不審船が拿捕されました。その船で発見されたある男は、検問を行った職員へ暴行を働いたようです。拘束されたその男は当初は黙秘していたようですが、自白剤を投与した結果、こう漏らしたそうです。自分はオーデル家が雇った暗殺者だ、と」
その言葉に会議室がざわめいた。俺自身、驚いて瞠目してしまった。
「無論、これが狂人の妄言である可能性もあります。しかし」
恐る恐るフィリップはバートン伯爵を見つめた。言外にオーデル家が暗殺の最有力候補であることを訴えるその瞳は、わなわなと震えていた。
「陛下、かかる事態において陛下はどのようにお考えですか!?」
不意に話を振られ、俺は面食らった。予想外の行動だったからだ。しかし、救援に来たという名目でこの惑星にいる俺は首を横には振れなかった。
「もしことが真実であったのならば、惜しみなく協力しよう」
直接加勢するとは言わなかったが、ほぼ加勢すると言っているような俺の言葉に、フィリップは救いを得たかのようにほっとして、安堵が混じった笑みをこぼした。
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それから二日後、正式にリップマン侯爵を暗殺したのはオーデル家の暗殺者だということが公表された。リップマン家の憤りは頂点に達し、征伐を叫ぶ声が強くなった。俺は納得できない気持ちを抑えながら、無駄に興奮するリップマン家の奴らの背中を見つめざるを得なかった。
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