侯爵の後継者
エリック・エル・リップマンはモンタギュ星系をはじめとした複数の星系を領有する大貴族だ。リップマン家の長男として生まれ、おおよそ考え得る限りの英才教育を受けたエリックは、帝国貴族として理想的な人生を生きてきた。
60の頃に最初の妻を娶り、最初の子供であるフィリップを得たのがその二年後のことだった。無難な成績で帝国貴族大学を卒業し、社交界に正式デビューしたのは彼が150歳のころだった。以後、社交界でいく人かの妻や内縁の妻を娶り孕ませ、ある種のハーレムを築いたエリックが家督を継いだのは彼が200歳を過ぎ、この銀河世界で中年と呼ばれる年齢に達した頃だった。
それは彼がリップマン家代々の覇権争いを引き継いだことを意味していた。彼自身が直接戦場に立ち、戦闘を指揮したことはなく、彼の代で四千年以上の年月を費やした争いに終止符が打たれることはなかったが、それはそれとして無難な形で次代に家督を継がせられると、彼は思っていた。
さりとて、その願いが幻想と化したのは今を知る者からすれば言うまでもない。
ここ数日、あるいは数週間の内にエリックは自分の息子の才能を疑問視するようになった。より正確には日ごろ、感じていなかった不安が顕著に表に出るようになった。
齢200を超える彼の長子、フィリップは極めて凡庸な貴族だ。自身に似て、さして特筆すべき点がない人物だ。出来が悪いわけでも、出来がいいわけでもない。どこにでもいる普通の貴族だ。
エリックが自分は200を超えた頃に家督を譲られたから、前例に倣ってそろそろ家督を譲るかと考え始めた頃、リップマン家をバルトアンデスの嵐が襲った。その嵐は数年に渡って吹き荒れ、決して小さくはない傷を帝国西部に残して、やはり嵐の如くどこかへと消えていった。
エリックがバルトアンデスの襲来に危機感を抱いたことは言うまでもない。彼自身は善良でもなく、かといって悪人というわけでもなかったが、荒廃した自身の領地を見て何も思わないほど、貴族としての矜持を忘れているわけでもなかった。
部屋の中、一人エリックが思い悩んでいると私室の扉をノックする音が聞こえた。入れ、とエリックが入室を許可すると、話題の長子フィリップがそこには立っていた。
「フィリップか。なんの用だ」
「はい、父上。今期の税収について概算が出ましたのでその報告にと」
「そんなものは通信かメールで事足りるだろう」
席に座りエリックはぞんざいに言い捨てた。しかしフィリップは物おじせずに手元のタブレットを机の上に置いた。面倒くさそうにエリックはそれを受け取り、中身を確かめた。
「減収か。まぁ仕方ないな」
タブレット内のデータを読み終え、エリックはため息を吐いた。
バルトアンデスの襲撃が毎年の他の三家との戦争に重なり、決して無視できない出費が続いている。おかげで30年前はまだ緑が残っていた基幹惑星モンテッキも今は荒れ果てて地表が露出していた。再生には1世紀以上を要するだろう。
加えてここ数年の鉱石市場の乱高下によって、主幹産業である鉱山業の不振が大きく税収に影響していた。いっそう安い鉱石が西部に入ってきてしまったせいで、西部産の鉱石の購入量が減少しているのだ。
「父上、このままでは貴族の生活もままなりません。もっと増税をすべきです」
「ふむ。具体的にはどのような案を考えている?」
「既存の税を少し上げるだけでも増収になります。出入りしている商会への関税も強化しましょう」
フィリップの発言にエリックはため息を吐いた。
「商会への税を上げるだと?それは次期当主候補としての発言か?」
「え、あ、はい」
「馬鹿者が!!!」
エリックの怒号が室内に響いた。室内が完全防音で、扉を閉めていなければ外に怒号が轟いただろう。
普段は滅多に怒らない父親の怒号にフィリップは顔面を蒼白させた。目を見張るフィリップに頭を抱えながら、エリックは苛立ちながら彼の発言の問題点を指摘した。
「商会のトップは帝国自由商人だぞ!それに規制を行うなど、帝国の歴史に泥を塗るつもりか!!」
帝国自由商人は他の商人と違い、帝国皇帝によって自由取引を認められた商人たちだ。その商取引が帝国を発展させたと言ってもよい。
商会はいわば、帝国自由商人の一大組織だ。それに課す税を増やすというのは、自ら絶縁状を叩きつける行為に等しかった。
それを理解していないフィリップにエリックは目眩すら覚えた。収入源たる鉱山業に陰りが見えるというのに、商会を敵に回してどうしようというのか、そのビジョンすらない息子に苛立ちを感じた。
だが、こんな息子でもすでに後継者としてレアンやセクター31の貴族に紹介してしまった以上、今更変更もできない。何か不祥事でも起こしてくれたら、嬉々として変更もできるのだが。
「お前は今一度、帝国について学び直すがいい。あるいはレアン陛下のもとで統治の勉強をし直すという手もあるな」
「ち、父上?それは何かの冗談でしょうか?」
「冗談であればよいな。ああ、そうだ。明後日の宴の仕切りはお前がするがよい。次期当主としての力を示すよい機会だ」
「え、あ、はい。父上にもお楽しみいただける宴を企画いたしましょう」
「お楽しみいただくのはレアン陛下だ。陛下がまず楽しまなければ宴を用意した甲斐もない」
もしこの場にレアンがいれば「楽しんでねーよ」と悪態をつくだろうが、エリックには知り得ないことだった。
辿々しい足取りで退室していく息子の背中を目で追いながら、エリックは大きなため息を吐いた。
*
その日のパーティーを俺は生涯忘れないだろう。
まさに俺の記憶に残る、歴史的なインパクトのパーティーだった。
パーティー会場に連れてこられた時、俺はその内装に息を呑んだ。
パーティー会場は一ヶ月前にリップマン家とバートン家の同盟締結を祝賀したドーム状の建物で、その中央には巨大な透明の球体が浮かんでいた。中央に置かれた反重力装置によって浮かんでいるそれはなにか、と俺が問うとわかりかねます、とテオは答えた。
俺の部下はもちろん、他の出席者もわからないのか、物珍しそうに彼らは球体の周りを取り囲んでいた。俺自身期待感から球体に近づき、一目で見渡せないその巨大さに圧倒されていた。
「へ、陛下。この度はお越しくださりありがとうございます!!」
見物をしていると、不意に聞き慣れた声が聞こえてきた。声がした方を見ると、俺の護衛数人を隔てて、フィリップ・エル・リップマンが立っていた。
「フィリップ殿か。いかがした?」
「は、はい。今宵の宴は私が取り仕切らせていただいておりまして、つきましては陛下には観覧席にて余興の見物をしていただきたく」
「ふむ。確かにここだと首が疲れるか」
ずっと見上げたままだと首が凝る。それに一目で巨大な球体の端から端まで見回せない。フィリップの提案はもっともだと思い、俺は言われるがまま観覧席という名のいつもの上座に案内された。
上座へ向かう道中、心配そうに中央の球体を見つめるリップマン侯爵とすれ違った。侯爵は俺に気づくと慌ててお辞儀をして、俺から半歩下がった位置に小走りで近づいた。
焦っていると一目でわかり、額に汗を滲ませる侯爵に俺はどうした、と問いかけた。すると侯爵は額の汗をハンカチで拭いながらはい、とか細い声で答えた。
「今宵の宴の仕切りを倅に任せたのですが、いやあのようなものを会場に持ち込むとは聞いておらず」
「すると侯爵もあれが何かはわかっていないのだな?」
「御意でございます、陛下。万が一を考えますと」
「ふむ。まぁどうなるかお手並み拝見といこうじゃないか」
楽観的に俺がそう言うと、リップマン侯爵は渋い顔を浮かべた。上座に設けられた玉座に俺が腰を下ろすと、失礼します、と言って侯爵は息子だと言う茶髪の青年を残して、球体の近くにいるフィリップのところへと走っていた。
「慌ただしい男だ」
「申し訳ありません、陛下。父上も兄上の行動に混乱しているのです」
去っていくリップマン侯爵の後ろ姿を見ながら俺がぼやくと、残った息子が俺に謝罪した。その顔には見覚えがあった。確か、ロメルと言ったか。年齢は俺よりも上だが、経緯を込めて俺は彼をロメル少年と読んでいた。理由はかつての、まだ「先生」に裏切られる前の俺と似た雰囲気を感じ取ったからだ。
「ああ、気にしていない。それにこうした珍しい趣向は嫌いじゃあない。どういう催しか、期待させてもらうぞ」
余計なプレッシャーをかけると、ロメル少年は愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
程なくしてバートン伯爵も会場に入った。会場に入ってすぐ、バートン伯爵は俺に挨拶をしにきた。ご機嫌麗しゅう、とかなんとかありきたりな美辞麗句を述べ、振り返りながらバートン伯爵は俺に球体のことを尋ねた。
「ご存じでしたか、陛下?」
「いや、まるで。非常に興味深いな」
玉座でふんぞり返る俺を見てバートン伯爵はそうですね、と答えた。そうして無駄話をしていると、準備が整ったのか、不意に会場の照明が暗くなった。
事前の通告はない。俺の周りの騎士達が身構える中、中央の球体が極彩色の輝きを放ち出した。
「お、始まったか」
球体の中で泡が起こり、それは不規則に姿を変えていく。最初は人型を取り、次に無数の魚の形状を取って、球体の中を泳ぎ始めた。それはパチパチと七色の輝きを放ちながら、ドーム状の空間に広がっていき、刹那何かがドームの床でゆらりと蠢いた。
それに気づいたのは俺だけではない。近くで眺めていたバートン伯爵やキリルらもギョッとして、剣を構えたり、席から立ち上がったりした。
蠢く影は無数の青色の気泡と共に壁の中から現れ、垂直にドームの天井へと沈んでいった。直後、ドームの天井が花開いた。巨大な花弁は開くと同時に胞子を撒き、その胞子は球体へと吸い寄せられる頃には無数の魚の群れと化していった。
それから先は驚きの連続だった。
球体が回転し、料理が置かれたテーブルの上を何かが動いていた。それはデフォルメチックな妖精で、会場を縦横無尽に飛んだり跳ねたりしていた。
それを可愛らしいな、と思ってると不意に会場の至る所から等身大のシルエットが飛び出し、飛んでいる妖精を捕まえ出した。それはどことなくピーターパンを彷彿とさせる衣装を着ていた。
しばらくその変幻自在に移り変わる景色を見ていて、ようやく俺はこれが一つの物語であることがわかった。いわゆるサイレント映画に近いそれは、効果音こそあったが、明確な説明台詞などはない。
ヴィジュアルコメディに近く、俺が知る中でそれは「ミスタービーン」とか「トムとジェリー」なんかが合致する。どちらも明確な会話セリフなどはない典型的な作品だ。
ショーは大体60分くらい続いた。驚くべきことに俺はその60分間、ずっとショーに魅入っていた。
ショーが終わり、球体の光が消滅した時、会場が静まり返ると、俺は一も二もなく真っ先に拍手を送った。この銀河世界に生まれて、こういった娯楽に触れたのは初めてで、その感動が込み上げてきた。
もちろん、俺だってこの世界の漫画や小説だって読む。テレビのアニメだって子供の頃はよく観たものだ。しかしそれらはアリーナの厳しい目を掻い潜ったものばかりで、俺自身が心から楽しめるようなものではなかった。
例えるなら思春期の少年男子に「コロコロコミック」を読むな、とか、「ジャンプ」を読むなと言うようなもので窮屈なことこの上ない娯楽生活であったことは言うまでもないだろう。
だから俺はフィリップに惜しみのない拍手を送った。俺が拍手すると、周りもパラパラと拍手を送った。決して大喝采ではなかったが、会場の隅々から拍手の音が鳴った。
「いいな、あれ。俺の領地でも上映したいな」
「でしたらまずは場所を押さえねばなりませんね」
テオの声に俺は頷き返した。
フィリップの余興のおかげで俺は上機嫌だった。余興の後は、いつものパーティーだったが、それを我慢し終始、笑顔を浮かべられる程度には俺の満腹中枢ならぬ、満足中枢はメーターがマックスを維持し続けた。
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それから一週間後、訃報がもたらされた。
リップマン侯爵が亡くなった。暗殺されたのだ。
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