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三者会談

 翌日、酒の酔いも抜けた午前中の昼近くに俺とリップマン侯爵、そしてバートン伯爵を交えた三者会談が開かれた。


 会議のために用意されたのは侯爵の屋敷内にある庭園の一角に設けられた東屋だ。大きな泉のほとりに設けられた、極めて古典的な造りの東屋に俺が足を踏み入れる頃にはリップマン侯爵とバートン伯爵はすでに着席していた。


 俺が東屋に入ると二人は立ち上がり、俺が座る奥の席への道を譲った。二人の前を通り過ぎる時は俺は左右をそれぞれ一瞥し、二人の背後に立つ人物に目を向けた。


 リップマン侯爵の背後に立つのは屋敷の執事だ。この一ヶ月の月日で何度かあったことがある。バートン侯爵の背後に立つのは知らない男だ。青い瞳が特徴的な肌色の赤い男で、まっすぐ俺を見つめていたが、俺の視線に気がつくと視線を逸らし、対面の執事を見つめた。ちなみに俺の供回りはテオだ。ラナでも良かったが、こういうところはテオの方が都合がいいと考えた。


 二人を着席させたところで、早速リップマン侯爵が口火を切った。侯爵がバートン伯爵に尋ねたのは、来訪の理由だ。それに対してバートン伯爵はすんなりと、同盟のためだ、と答えた。


 「私は常日頃からこう思っていたのです。我々の長年の争いは、実を言えば解決するのにそう難しい話ではないのでは、と」


 バートン伯爵は語る。長年の争いに辟易していること、争うことは虚しい、と。それを聞いて、リップマン侯爵は訝しむように眉間に皺を寄せた。


 「争いを厭うと卿は言うが、他ならぬ卿の家門こそ、争いに耽溺しているのではないか?少なくとも、当家とオーデル家の争いに決まって介入してきたのは卿の家門であったはずだ」


 「悲しい誤解ですね。私どもの家門はただ、戦争の早期終結を図っただけでございます。それを横槍と呼ばれるのは心外です」


 いけしゃぁしゃぁと嘯くバートン伯爵に、リップマン侯爵は鼻を鳴らした。失笑なのか、義憤なのかは知らないが、ともかくも伯爵の説明を受け入れないという意思がありありと見て取れた。


 対して伯爵は余裕を感じさせた。何を言われても上手に返せる、という自信に満ち溢れていた。ここらあたりがいい塩梅かな、と俺は二人の会話に介入した。


 「伯爵はただ揚げ足取りを取るためにわざわざ数万光年の旅をしたのか?だとすれば、随分と燃費の悪い趣味をお持ちだな」


 「レアン陛下。失礼いたしました。ただ、私が平和を希求するという意思をお伝えしたかっただけなのです」


 「リップマン侯爵、ここらが潮時だ。いい加減、話を進めるべきだろう」


 バートン伯爵の言い訳を聞き流し、俺はリップマン侯爵に向き直った。侯爵は納得していない、と表情に出ていたが不承不承に引き下がった。


 リップマン侯爵を引き下がらせ、俺は改めてバートン伯爵に、どういう理由でこの星を訪れたのか、尋ねた。それに対して伯爵は笑顔を交えて、リップマン家と同盟を結びたい、と言った。


 「同盟とはどういうことだ?」


 「はい、当家とリップマン侯爵家による対オーデル家を見据えた軍事同盟です」


 「軍事同盟。おだやかな話じゃないな。まずは、どういう経緯でそうすべきという結論に至ったか、聞かせろ」


 はい、と仰々しく頷き、バートン伯爵は答えた。


 「ことの発端はおおよそ一ヶ月半前に当家を訪れたオーデル家の使者です。その者は我が家に対リップマン侯爵家を見据えた同盟を結ぶことを持ちかけました」


 「いい話じゃないか。その同盟に乗れば、少なくともリップマン侯爵家は潰せるだろう」


 なぁ侯爵とリップマン侯爵に話しかけると、侯爵は不愉快そうにだが、そうですな、と同意した。


 どうやら彼我の戦力差を考えられないほどではないらしい。ラナからリップマン家の金遣いについて報告を受けていたが、少なくとも当主になるような人間の教育はしっかりしているようだ。


 「ええ。これが単なる軍事同盟であれば私も乗ったでしょう。しかし、この話には裏があったのです」


 そう言ってバートン伯爵は背後の青い目の男からタブレットを受け取った。


 丸い石テーブルの上に置かれたそれを起動すると、保存されていた情報がホログラムと化して映し出された。


 映し出されたのは対リップマン家を見据えた、作戦計画書だ。それを読み進め、ある箇所で俺は目を細めた。


 「リップマン家を殲滅した後の作戦があるな」

 「はい。それをお読みになれば、なぜ私がこの場にいるかがわかるでしょう」


 言われるがまま、俺とリップマン侯爵は計画書を読み進めた。そしてそれを読み終え、揃って落ち着いた表情のラッドを見つめた。


 「オーデル家はリップマン家を潰す尖兵として、バートン家を使おうとした、ということか?」


 「御意でございます。陛下」


 オーデル家の作戦計画書は二段階からなる。第一段階、オーデル家、バートン家の勢力でもってリップマン家を殲滅。その際にバートン家に先陣の栄誉を譲り、自らの出血を抑制する。


 第二段階、その後傷ついたバートン家に対して総力を挙げて攻撃、これによる殲滅。戦力がすり減ったバートン家にこれを排除する手立てはない。


 作戦計画書をまとめれば、こういう概要になる。いい作戦かどうかはさておいて、バートン家がオーデル家を見限るには十分な理由なように思えた。少なくとも、この計画書が本物であれば。


 「リップマン侯爵、貴殿はどのように考える?」


 「げに許すまじきことでございます。裏切りを前提とした作戦など、貴族の風上にも置けません。あまつさえ、公爵位のものがそれをするなど、他の貴族への示しがつかぬことかと」


 一言でまとめれば、貴族様の戦いじゃない、と。リップマン侯爵はあからさまな憤りを見せ、顔をしかめた。


 「それにしてもよくここまで詳細を記した計画書のデータを入手したものだな、バートン伯爵。いっそ偽造と言われた方がまだ納得がいく」


 俺の言葉にリップマン侯爵は瞠目した。バートン伯爵は動じる様子を見せず、ははは、と乾いた声で笑った。


 「誓って、それは本物です。いかに皇帝陛下と言えど、そのような無体をおっしゃるなど」


 「すまん、謝罪する。この計画書の真偽を今ここで論じても意味はなかったな」


 皇帝に許せと言われて許せないのは反逆者か、革命家くらいなものだ。貴族社会に生きる人間であれば、皇帝かあの謝罪は「借りを作った」と捉えるだろう。


 バートン伯爵もそういう考えの持ち主なのか、快く俺の謝罪を受け入れた。それだけに俺はバートン伯爵への警戒心を強めずにはいられなかった。


 「時に、バートン伯。伯はこの同盟が仮になったとして、その後はどうする。その後というのは」


 諸々の話、同盟をするにあたっての取り決めなどを話合った後、リップマン侯爵が不意にそんなことを聞いた。バートン伯爵は俺の方を一瞥し、口元に微笑を浮かべた。


 「無論、陛下の傘下に加わりましょう。盟が成ったのならば、そのようにするのが当然でしょう?」


 バートン伯爵の言葉にリップマン侯爵は満足そうに、そうか、と頷いた。


 その日のうちにリップマン侯爵はバートン伯爵との間に軍事同盟を締結した。その夜は両家の同盟を祝ってのパーティーが開かれた。


 俺は相も変わらず椅子に固定され、時折挨拶やら、談笑のために高位の貴族が寄ってくる以上のコミュニケーションも取れずじまいだった。


 「あー、腹減った」

 「陛下、何かお取りしましょうか?」


 「それじゃぁ、なんかその辺から適当に持ってきてくれ」


 それを聞いたキリルがテオに目配せをする。数分後、皿に乗った料理を持ってテオが戻ってきた。立食形式のパーティーだったせいで、持ってこられたものはどれも冷めてはいたが、味はしっかりとしていて、不味くはなかった。


 「それにしても同じ顔ばかりで飽きるな」


 俺が愚痴るとテオが、愛想笑いを浮かべた。


 主賓である俺は否応なしに貴族に紹介される立場にある。それ自体は別にいいのだが、より鮮烈に俺の記憶に刻まれようとパーティーの度に挨拶にくる奴もいる。すでに名前を知っている奴から、まるではじめましてかのように挨拶されるのは、俺自身が忘れられているかのように感じるし、逆に痴呆少年かのように扱われているようで、鼻持ちならなかった。


 なにか目新しいものは、珍しいものはないかとパーティー会場を見回すと壁際に設けられた休憩用の席に座るテティスを見つけた。彼女の隣には今日、バートン伯爵の背後に立っていた青い目の男が座っていた。


 「なぁ、あの男はなんていう名前だ?」

 「は?どちらのことでしょうか?」


 テオはキョロキョロと会場を見回した。


 「壁際の席に座っている、テティスの隣のやつだ。ほら、今日の会議でバートン伯爵の後ろに立っていた男だ」


 「ああ、あの男ですか」


 ようやく俺の言っている男が目に入ったのか、テオは一瞬の沈黙を挟んで答えた。


 「ベンジャミン、と呼ばれていたことを憶えています。家名までは存じ上げません」


 「ベンジャミン。アメリカンな響きだな。避雷針かステーキハウスでも作りそうな名前だな」


 「はい?」


 「なんでもない。にしても、えらくテティスと親しげだな」


 そうですね、とテオは答えた。何か言いたげなテオの視線を感じたが、俺は無視した。


 その日はずっと座りっぱなしで、腰がとても痛くなった。戦艦の自室に戻った俺はベッドのマッサージ機能をオンにし、うつ伏せになって微睡から深い深い夢のるつぼへと落ちていった。


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