思わぬ来訪者
リップマン侯爵領に逗留してから、一ヶ月が経った。
その間、ほぼ連日連夜のようにパーティーが執り行われた。騎士である俺はアルコールで酔うことはほとんどないし、よしんば酔っても酔い止め薬ひとつで、どうにでもなるのだが、それでも気疲れは起こすわけだ。
はっきり言おう。俺は疲れていた。
前世、「先生」の秘書だったころも連日の会食はあったし、それに付き合うことは多かった。けれど、俺はあくまで添え物で、本命は「先生」だった。料理を食べたり、話を聞いたり、酒を飲んだりするのも「先生」で俺ではない。
当時は大変そうだな、と他人事のように思ったものだが、いざ当事者になってみれば、その苦労が染み入ってきた。
まず話が頭に入ってこない。俺の、レアン・ハイラント・ソル・アルクセレスの脳みそはかなり優秀で、名前や文章を憶えたり、頭の回転が速い部類ではあるが、それをもってしても、収集がつかない程度には脳みそが沸騰して仕方なかった。
会話に脈絡はなく、意図が隠されているのかいないのかもよくわからない。おまけにこちらが話題を切り出そうとすると、話題を逸らしたり、別の人間が会話に入ってきたりと邪魔をする。懺悔室かキャバクラでもなければ起きないカカシ現象だ。いっそ、俺の代わりに精巧に作った人形を置いておいても成立するんじゃないか、とすら思う。
そもそも、俺に謝罪の手紙まで書いて、救援を求めておいてなんで肝心のオーデル家の話をしないのか、理解できなかった。今にもオーデル家が仕掛けてくるかもしれないのに、どうしてこうも能天気でいられるのか、俺には考えもつかなかった。
いや、正確には理由はわかる。
連中は俺を便利使いしたいのだ。便利使いして、俺を傭兵扱いしたいのだ。俺に主導権を与えたくないのだ。
オーデル家が攻めてきた、陛下助けてください役目でしょ、わーい追い払った、とこんな三流シナリオを脳裏で描き、共有しているのが容易に想像できる。そして俺は救援に来たという建前上、救援の依頼を断ることはできない。
断るのは簡単だ。しかし、断れば東部と南部の貴族からの信用を失うし、リノベル伯爵家も俺に失望するだろう。孤立無援、たった数千隻の艦隊で敵地に取り残された俺は宇宙の塵と化す。
「そんな未来を妄想してるー」
「バカなこと言ってないでどうにかしたら?」
ラナの罵声で俺の意識は現世に舞い戻った。ヒッタイトの船内にある俺の居室で眦を決しているラナを一瞥し、俺は愛想笑いを浮かべながら肩をすくめた。
テティスが煎れたコーヒーを飲みながら、俺は愚痴をこぼした。
「実際さ、どうしようもなくないか?向こうは俺と話す意思がないんだぜ?」
この一ヶ月、向こうのホームで戦うのはまずいと戦艦ヒッタイトの艦内にリップマン侯爵を呼び出したこともあったが、病気だと言って代理の長男をよこしたりとことごとく、スルーされていた。
長男ことフィリップ君に俺の要望を伝えはしたが、それに対する返答は「善処します」だ。善処します、と俺も前世で言ったことがあるが、あれをやり返されるのは中々に苛立たしかった。
「いっそ、あの屋敷に砲撃でもしちゃえばいいのよ」
「そんなことしてみろ、俺の信用が消し飛ぶわ」
「文字通り、塵山だものね、レアンの信用って」
ラナは冷笑する。俺は悔しさで下唇を噛んだ。
ラナが言う通り、俺の信用は塵を積み重ねて築き上げた信用だ。どれだけ立派でも塵は塵だ。風が吹けば平家物語の歌詞よろしく、ぴゅるるると吹き飛んでしまうくらい危ういものだ。
「けれど、今のままだと確かにまずいわね。このままだとレアンってただのお助けキャラだもの」
「そう思われたくはないな。便利使いされる未来しかない」
アンパンマンや、キャプテンアメリカじゃあるまいし。
俺とラナが唸る中、不意に通信のホロウィンドウが開いた。そこに映っていたのは通信室にいるテオだ。その表情は切羽詰まっているようだった。
「陛下、お休みのところ失礼します。火急の連絡を受けまして」
「どんな連絡だ?俺の休み時間を返上するほどなんだろうな?」
「御意。モンタギュ侯は長子であらせられるフィリップ卿よりの通達であります。五日後、バートン家当主であらせられるカラス伯ラッド・エル・バートン伯爵がモンタギュ侯の屋敷を訪れるとの由でございます」
その報告に俺は目を見張った。ラナも同じように瞠目していた。
西部四家の残る一家であるバートン家、その突然の来訪に俺は驚きを隠せなかった。しかも名代ではなく、当主本人が直接、リップマン家の領地に来るというのが驚きと混乱を加速させた。
「——なにを企んでいるんだ?」
俺はとっさにそうつぶやいた。ラナは怪訝そうに片眉を上げた。
「レアン陛下はなんかの謀略だとお考えなのですか?」
「普通は、そう考えるんじゃないか?」
俺が普通は、を強調して反論するとラナは、それもそうですね、と同意した。テオとの通信がつながっているからラナはいつものぶっきらぼうな様子ではなく、丁寧な部下としての言葉遣いで応じた。
「いずれにせよ、会わなくてはいけませんね、カラス伯には」
ラナの言葉に俺は頷く。至急リップマン侯爵と面会する予約を取れ、とテオに命じ俺は通信を閉じた。
窓の向こうに映る暗黒の宇宙を眺めながら、俺は一人混迷とした事態にある種の陰鬱さを感じていた。
*
セクター19の顔役である、カラス星系の領主ラッド・エル・バートンは左の頬に傷がある長身の男だ。髪色はクリーム色で、目つきは鋭く、口を開けばギザギザの歯を覗かせる、貴族というよりもどこかのスラムのチンピラのような、そんな外見の人物だった。
エレベーターから降りてきたラッドとその家臣団を俺地上基地のエントランスで出迎えた。降りてきて早々、俺の姿を見るや否や、ラッドは驚いたような素振りを見せ、小走りで近づいてきたかと思えば、俺の前で片膝を折った。
「皇帝陛下、ラッド・エル・バートンでございます。この度は陛下御自らによる出迎えによくしたる栄、まこと望外の喜びにございます」
その粗野な言ってしまえば、理性よりも感情を優先しそうな、脳みそダチョウサイズのような人物とは思えない丁寧な言葉遣いに俺は内心、驚いた。背後に立つリップマン侯爵を一瞥するが、侯爵もおどろいていた。さっするにこれが普段通りのバートン伯爵ではないのだろう。
俺が立つように命令するとバートン伯爵はすくりと立ち上がった。俺がまじまじとその時の伯爵の顔を見つめていると、気恥ずかしくなったのか伯爵はギザギザの歯を覗かせてはにかんだ。
「陛下、このような場では伯も心休まらないでしょう。まずは当家の屋敷でお休みいただきましょう」
リップマン侯爵の提案に、俺はそうだな、と頷いた。そしてその日の夜、例によって例のごとく大々的なパーティーが開かれた。
パーティーの出席者は主にリップマン家の人間、バートン家の家臣団、そして俺の家臣団だ。初日のパーティーのときよりもさらに巨大なドーム上の空間でパーティーは開かれた。
いつも通り、俺は上座に座らされ、バートン伯爵が連れてきた家族や、その家臣の紹介を受けていた。主賓だからということらしいが、こうも動きが制限されては我慢にも限界がある。
だから、と俺は会場にいるラナやテティスに目配せをした。俺が動けないのなら、部下を動かせばいい。考えてみればそれだけの話だ。
*
レアンの合図を受け取り、ラナやテティスと言ったレアンの家臣団はバートン家の家族や家臣団の、すでにレアンへの挨拶を終わらせた一団に接触を図った。
接触と言っても挨拶をかわしたり、談笑したりと差し障りのないレベルでの接触だ。時にはリップマン家の家臣を交えて会話を弾ませたりもした。
そんな中、テティスは自分と同年代くらいの子供はいないか、とあたりを見回した。さすがに子供が大人に話しかけるのは怪しすぎると思ったからだ。
しかし、リップマン家の子供は目に入っても、バートン家の子供は見当たらなかった。そもそも連れてきていないのだ。
こういった貴族のパーティーでは将来の縁を結ぶため、幼いころから子供同士を接触させることが多々ある。破廉恥な下世話ではあるが、幼馴染同士の政略結婚が往々にしてあるのが貴族社会だ。
バートン家が子供を連れてきていないことにテティスは、少し困惑した。どうやってバートン家の家臣団と接触しようかと悩む彼女は不意に誰かの背後から呼び止める声に気がついた。
振り向くと、そこにはちょび髭を生やした若い男が立っていた。肌の色は赤みがかっていて、見た目以上に歳をとっているように見えた。それでも、若々しく見えたのは男の青い瞳のせいだった。
男の顔にテティスは憶えがない。バートン家の人間だろうと判断し、とっさに彼女は離れようとした。
「えっと」
「ああ、お嬢さん。お嬢さんはこのパーティーを楽しんでいないのかな?」
「そのようなことはありませんわ。ただ」
「ただ?」
「少し、寂しいのです。周りは大人ばかりで子供もおらず」
しおらしくするテティスに男は笑いかけた。
「そういうことでしたら、私が話し相手になりましょう」
「そんな。何方か存じ上げませんが、お時間を取らせるなんて」
「良いのです。私は気にしませんよ」
そういう男は柔和な笑みを浮かべていた。男の声にはどこか、人を安心させる雰囲気があった。親しみ深さ、あるいは懐かしさを感じる声にテティスはしおらしい演技を解き、男に向かって微笑み返した。
「あれって、テティスか?」
「え?」
その様子をクリントが見ていた。傍には悪友であるジュリアスがいた。いくら高等教育を受けても、根がストリートチルドレン気質の二人はそこまで器用ではない。ラナがやっている探りには参加せず、二人は呑気に料理を楽しんでいた。
クリントに言われて振り返るジュリアスは、壁側の席に座り、談笑するテティスを発見した。その様子は年端のいかない少女そのものだった。
「あいつもああいう顔をするんだな」
「むしろ、ああいう顔をしてしかるべきだろ。まだ30歳くらいじゃなかったか?」
ジュリアスの言葉をクリントが否定する。彼らが同じくらいの年齢だった頃は、もっと擦れていた。目の前のテティスのような人懐っこい笑顔を浮かべることなんて、彼らにはなかった経験だ。
「つか話してるのってばーと、カラス伯爵家のやつだろ?いいのか?」
「子供と話したからってなんだって言うんだよ。別にいいだろ」
「一応あいつ陛下付きのメイドだろ」
「それがどうしたんだ。手懐けて毒でも盛るとか?」
ありえそうで怖いな、とジュリアスは苦笑する。発言者のクリントは、失言だった、と肩をすくめた。
*




